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好きになったのは、空に一番近い塔の猫  作者: アレクサンドラ・シュロート


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15/21

15*捜索隊

(ちょっと、待て!)

(リボンの数は……個だ、出発してから、何分経った?)

(ああ、次のリボンはどれだ! どっちが正しい方向なんだ!)


 つい先ほど、次のリボンを確認したばかりなのに、わからなくなった。

 頭上で雨が降っている。葉に当たる雨音がやかましい。ここにくるまでに、これはこんなにも大きな水音だったのかと思うくらいに。塔を出たときの小降り状態は、とっくに終わっていた。

 濁った泥水が足元を流れている。髪にも顔にも跳ねた泥をつけ、雨具はもっとひどく汚れている。千切れた苔が靴やズボンを汚し、一度転んだだけとは思えない豹変した旅人の姿だ。


 泥まみれのみすぼらしい姿のまま、ひとり旅人は座り込んでしまう。即座に次なる行動を決めることができず、気持ちが滅入ってくる。その上に、謎の現象が起こってもいる。

 これでは捜索隊を探しにいくどころではない。自分が遭難しているといわれても過言でない。

 思いがけずパニックに陥ってしまいそうになる。

 旅人は、ひたすら冷静になれと己に叱咤する。


「こっちで、何か音がしたぞ!」

「鳥じゃないのか? さっき番つがいらしき猛禽が飛び立っていったじゃないか」

「いや、それとは別の、なんか地面に近いところで……」


 人の声が雨の空気の中からきこえてきた。

 はじめ、願望がきかせた空耳かと思った。

 だが、声が複数の男性のもので辻褄の合う会話で交わされていれば、あれは探し求めていた捜索隊の声である。

 俄かに旅人の中で気力が復活した。


「おおーい、こっちだ!」

「僕はこっちにいるぞ!」


 ひとまず消えたバックパックの荷物は別にして、旅人はあらん限りの声を張り上げたのだった。



 †††



「本当に、宿屋の親父のいうとおりだったなぁ」

 約束を守って、宿屋の主人は捜索隊を要請した。なんでも旅人から破格の宿代を頂いていれば、そのまま『きかなかったこと』にできなかったそうだ。

 破格の宿代など、旅人は支払った覚えはない。ただ宿の支払いのときに、この国の通貨を持ち合わせていないかったから、故郷の通貨で故郷の一般的な宿代を支払ったまでである。

 異国の通貨交換レートによる魔法で、旅人が支払ったごくごく普通の宿代がこの国では大金と化していたのだった。


「すまない、足を挫いたようだ。何か棒のようなものがあれば貸してほしい」

「にーさん、これを使いな」

 ぽんと杖が投げ渡された。

 転んだ動揺で座り込んでいた旅人だったが、実は足を痛めていた。気持ちだけのせいでなく、体も負傷していたのだ。

 怪我といっても軽いねん挫であるのだが、捜索隊のメンバーに指摘されてはじめて旅人は自分の状態に気がついたのだった。


「申し訳ないが、この先に高い塔が建っていて、そこに病人がいる」

「え? 塔?」

「病人?」

 口々に捜索隊メンバーが疑問の声をあげる。

「ここは地図に乗っていない森だから、無理もないと思う。僕は都へ向かう途中でその塔で一泊したんだ。そこには天文学者と猫が住んでいて、天体観測の仕事を行っている」


 クリスティーネのことは、猫にした。銀の髪のきれいな王女が真の姿なのだが、旅人はそのことを誰にも知られたくなかった。それに普段の彼女の姿はシルバーグレイの猫である。ライナルトの魔法が復活している保証はないけれど。


「そうなんだ~」

「いや、にーさんを疑うわけではないのだけど、塔なんて初耳だよ」

「なにせ”迷いの森”から出たという人に、俺は一度も会ったことがないから……悪いが、そういうことだ」


 旅人のことは宿屋の主人の依頼で探しにきたが、その先のことまでは責任を負いかねるという。

 無理のない話だと、旅人だって思う。でも、ライナルトは重体で、クリスティーネが旅人と捜索隊を待っている。

 今きた道を引き返そうとする捜索隊に向って、旅人はお願いした。


「嘘だと思うのなら、僕と一緒にこの先のリボンを辿ってほしい」


 屈強な男性ばかりの捜索隊メンバーに、こうもいって旅人は挑発する。


「僕は一週間前に森の向こうの都まで、森を横断した。御用を済ませてからこちらの宿に戻るところだったんだ。リボンは確実に都まで続いている。どうだ、僕と一緒に都までいってしまえば、この森に道ができる。一緒にいくだけで、あなた方は森の開拓者として、名誉と褒章に与ること間違いなしだぞ」


 ただでさえ雨の中の捜索である。褒美をチラつかせてみたが、果たしてうまくいくだろうか?


「塔から出て、三十分ぐらいだ。そんなに遠い場所ではない」

「とにかく雨の森の中で、宿を貸してくれた恩人なんだ」

「その彼を見捨てて森を出るわけにはいかないんだ!」


 頑として、自分と同行するように旅人はいい続ける。でも捜索隊メンバーの反応は、よろしくない。雨ということもあれば、もう目的を達成できたのだ、早く帰りたいが本音である。

 困惑する隊員らの顔をみて、旅人は覚悟する。最悪の場合、薬を分けてもらって自分ひとりが引き返すと。


「うーん、参ったな~」

 隊長が困った声で、こう提案した。

「報酬の有無とは別にして、捜索隊が救助を求める人を拒むことはおかしな話なのだが……なにせ、この雨にこの悪路だ。では、こうしよう」

 彼はざっとメンバーを見渡して、

「隊をふたつに分ける。このにーさんのいう病人を救助するチームと帰還して事態を告げるチームにだ。どちらに入るかは、各自に任せる」

 と、今後の行動をメンバー自身の意思に委ねたのだった。


 黙って旅人は、捜索隊の様子を見守っていた。

 隊員らそれぞれが顔を見合わせ、短時間で決断した。出来上がったチームは、ほぼ同人数のもの。捜索続行チームのリーダーが隊長であれば帰還チームは副隊長という具合に、構成も理想的であった。


「うちの隊は、なかなか優秀だな~」

 などと、自分が振った提案の結果に隊長はご機嫌だ。その横の副隊長は涼しい顔で、

「お気をつけて。先に戻って、いろいろ整えておきます」

「おう、頼んだぜ」

 規模は小さくなったが、旅人は捜索隊をライナルトの塔まで連れていくことができたのだった。



 †††



 雨は降り続ける。視界が曇っていることに、依然変わりない。

「ここから新しい色に切り替える」

 そういって隊長は黄色のリボンを取り出した。

 どういうことかと、旅人は森を見渡した。すると、赤いリボンと青いリボンが目に入る。同じ枝にそれは括られていた。

 その青いリボンは、捜索隊が結んだもの。旅人が赤いリボンを結んで“迷いの森”に入ったのと同様に、彼らも帰り道とすべく目印のリボンを使っていたのだ。混乱しないように、赤色でなく青色のリボンを捜索隊は使っていた。

「色の変わったところが、発見ポイントいうことで」

 隊長は、今まで旅人が辿ってきた赤いリボンのそばに黄色のリボンを括りつける。次に赤色だけのリボンの枝を探し、到着すれば黄色のものを結ぶ……という具合に、旅人と捜索隊は塔への道を歩み始めた。


 杖をつきながら、旅人は歩く。軽いねん挫なのでそこまで歩行が困難というわけではない。だが滑りやすい雨道では、ときに隊員らの手を借りる。

 ざんざんと雨は降っている。足元はさらにぬかるんでいる。

 三十分ぐらい歩いて、一度休憩を入れる。さらにもう三十分歩いて、休憩を入れる。

 休憩の度に水分と食糧を口にした。

「俺らを探して森を歩くにしては、にーさん、軽装過ぎないか?」

 バックパックを背負っているのに、そこに何も入っていない旅人へ隊長が問う。

「転んだ際に中身が飛び出てしまって、台無しになったんだ」

 そんな嘘を旅人はついた。

 だってそうだろう、二日分の食料を持って出たのに、いつの間にかなくなっていたなんて。一体、誰が信じるだろうか。

 捜索隊に出会うまで、旅人は誰にも会っていないし野生動物に襲われてもいない。ただひとり、雨の森の中を歩いていただけである。

 目的の救助隊と遭遇できて、そのまま救援要請してといろいろあった。いまやっと旅人は消えた荷物の謎を思い出したのである。

「それは、踏んだり蹴ったりだな」

 深く追及されずに、その話題は終わる。隊員らは、旅人が道しるべリボンをつけてあったことから思慮のない人間とは思わずに、運が悪かったのだと信じ込んだ。


「ところで、その天文学者っていうのは、どんな具合なんだ? 怪我か? 病気か?」

 衛生係らしき隊員が、到着した先での活動に備えて質問してきた。


 ――どんな具合なんだ? 怪我か? 病気か?


 あれっと、旅人は思う。出発直前の眠るライナルトを思い出す。

 静かに静かに、ライナルトは眠っていた。

 そして、クリスティーネは兄の魔法が解けたといった。衰弱して魔力が弱ったということで、クリスティーネが猫から人間に戻ったのは間違いない。

 では、なぜライナルトは衰弱したのか?

 体調が悪いといって横になる前に、彼にそんな兆候を旅人は見つけることができなかった。


「よくわからない」

「よくわからない? あー、もしかしたら、隠していたのかもな。客人に要らぬ心配をかけさせないために」

 そういわれると、そんな気がする。ライナルトが動けなくなって旅人が家事仕事を代行すれば、彼はひどく申し訳なさそうにしていた。

「森の中でひとり暮らしていたのなら、栄養不足かな? 狩猟とかしていなければ、タンパク質不足になるだろうし」

 あの塔には銃器のようなものはなかった。定期的に食糧が運ばれてきて、狩りにいく必要はなかった。そう旅人は認識している。

「とりあえず、本人を拝んでみないことにはなぁ~」

 この話題も、休憩が終わると同時に切り上げられた。


 そうして、再び歩き出す。

 杖をついて歩くのに慣れてくれば、一行の移動スピードは速くなる。

 赤いリボンの横に、黄色のリボンがどんどん結ばれていく。

「これだけしっかりつけておけば、道は拓けたも同然だな」

「そうそう! やっとこの森に直通街道が敷けるってことさ」

「そうなれば、宿屋のおやじ、商売繫盛だぜ。あのおやじ、喰えねぇやつだ」

 からからと笑いながら、一行は歩む。

 雨は依然として、やむ様子がない。リボンを追って進む森の中も、雨にぼやけた緑の視界のまま。


 自分が杖をついているからと、ずっとそう旅人は思っていた。でもそれにしても、塔までこんなにも時間のかかる道程だったのか?

 三回目の休憩を入れたときに、旅人は気がついた。

 捜索隊ははじめての道であれば、特にそんなこと、気にやしない。淡々と、赤いリボンを追い、黄色いリボンを結んでいく。

 休憩を終え歩みを開始して、しばらくした頃だった。

「お、みえてきたぜ!」

 先頭をいく隊員が、終わりを告げた。


「ああ、にーさんのいったとおりだ!」

 雨に滲む緑の視界の隙間から、茶色い壁がみえる。それはしっかりとしたレンガ造りの、みたことのある城壁で……

「リボンの道しるべ、素晴らしいな!」

「ヒャッホー、森の向こう側へ出たぜ! 道が通ったぞ!」

 雨に濡れた赤いリボンが最後のひとつとなり、そのすぐそばに数日前に御用で訪れた都の城門が建っていたのだった。

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