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好きになったのは、空に一番近い塔の猫  作者: アレクサンドラ・シュロート


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1*迷いの森

久しぶりの連載になります。まだリズムが取り戻せていませんが、お話を思いついたので。

更新は3日で1回で、全20話ぐらいの予定です。

ゆるゆるとお付き合いいただけると、嬉しいです(^^♪


 とある国の森の中に高い高い塔が一本建っていて、そこにはお姫さまがひっそりと住んでいるという。

 それは、おとぎ話のことなんだと、無条件に信じ込んでいた。

 そして、よくある童話であれば、きっとその姫さまはいわれなき罪で幽閉されている。 

 さらに、よくある展開であれば、そばを通りかかった王子によって姫さまは助け出される。

 ついでに王子は姫さまを閉じ込めた悪人を成敗して、ああ、めでたしめでたしという流れ。

 お約束である。




 ***




「この先は“迷いの森”だから、迂回したほうがいい。確かに、お前さんが目指す都へは森を抜けるのが最短コースとなるが、きっと“迷いの森”に捕まって出られなくなるから」


 とある宿場町で一夜の宿を取ったとき、先の道案内を尋ねたらそう返ってきた。親切な宿の主人の言葉である。


「迷いの森?」

「このあたりじゃあ、有名な難所だよ。普通、森っていうのはいろんな種類の木々が入り交ざって生えているが、その森には一種類しか生えていない。だから方向をすぐに見失って、永遠にさ迷うことになるんだ」


 主人のいうことを分析すれば、理論的に辻褄が合う。危険だと、警告するのも納得がいった。

 急ぐ旅でもなければ、目的の都へはずっと先の期日までに到着すればいい。期限があるようなないような旅であれば旅人はふらふらと寄り道をして、のんびりと放浪していた。


「仮に、目印を付けて森に入っても、迷うものなのか?」

「というのは?」

「森の向こうの都で御用を済ませたら、僕は依頼主のところまで戻らなくてはならない。都でUターンして、またここで宿を取って帰郷するつもりだ。行きも帰りも同じ道をたどるから、森を通った道に目印をつけていけば迷うことはないんじゃないかなって、思うんだけど」


 森の中を進みながら枝に派手な色の布切れでも括りつけていれば、即席の軌跡となる。御用を済ます間に多少、風や動物によって失われてしまったとしても、たくさんつけてあれば問題ないだろう。

 都へいってここへ戻ってくるまで一週間ぐらい、そう概算した。そのくらいの期間の目印であれば、簡単に無くなってしまうことはないと思われた。


「うーん、どうかな? 目印をつけていくなんて、そんなことをいう旅人は、お前さんがはじめてだよ」

「はじめて、って?」

「大体、“迷いの森”って名前をきいた段階で、皆、迂回ルートを取るからさ」

「ふーん。時間に関係なく、普通はそうするものだな」


 再び、いう。この旅は急ぐ旅ではない。依頼主もそう。この御用についての期限はかなり先で、実質切られていないようなもの。

 少し考えて、本当に少しだけ考えて、旅人は告げた。


「ちょっと面白そうだから、その“迷いの森”を探検してくるよ」

「え!」

「目印をつけておけば、後続の役に立つだろう。うまくいけば、“迷いの森”でなくなるかもしれない」

「まぁ、そうなれば、ありがたいことで。でも、お前さんはいいのかい?」

「なにが?」

「その、ボランティア精神には感服するが、なんていうか……お前さんに利益があるのかどうかって思うと……」


 ご丁寧に、宿屋の主人は旅人の身の上を心配する。

 入ると二度と出てこられない森なのだ。この町の住人は、都に用があるときは森を避けて遠回りしていた。決して、森には入らない。

 もし今回の旅人の申し出が成功すれば、森の中に新しい道ができることになる。町としては大いに助かる。

 だが逆に旅人が失敗すれば、その迷った旅人を助けにいくことはできない。町は森中へ救助を出すことはできないのだ。


「僕が勝手に森に入るんだ。気にしなくていいよ」

「でもよ、こちらとしては、後味のいいものでなくて……」

「じゃあ、こうしよう」


 旅人は、こんな提案をした。


『森に入って二週間たって僕が戻ってこなかったら、目印を頼りに捜索してほしい。もちろん、自身の身の安全が確保できる範囲で。見つからなかったら、別ルートで僕は帰郷したということにする』


 やめろと警告した住人に反して森に入った旅人を、こういう条件で捜索すると決めておけば、完全に見殺しにしていないことになる。できる範囲で捜索したという実績が残れば、行方不明者が見つからなくとも住人の良心の呵責は薄らぐものだ。


 そんな提案を出しても人の良い宿屋の主人は、旅人が森に入ることを渋る。

 勝手にすることだからと再度主人に念押しし、再会したときはぜひ御馳走を振る舞ってくれよと約束をつけて、旅人は“迷いの森”へ入ったのだった。



 †††



 天気は上々だ。”迷いの森”なんて名称に、とても似つかわしくない。

 宿屋の主人が用意してくれた赤いリボンを要所要所で枝に括りつけながら、旅人は森を進んだ。


 ”迷いの森”とはいいながら、とても明るい森である。下草はそこまで深くないし、入ってしばらくは獣道もしっかりある。上に視線を上げれば、枝のすき間から明るい夏の空がみえた。手つかずの森とは思えないほど、枝も木の幹も程よい間隔がある。

 つまり、見通しがいい。

 しばしば後ろを振り返りながら、旅人は赤いリボンを結んでいった。


 そうして進むこと、三十分ぐらいだろうか?

 さすがにここまでくれば獣道はほとんどなくなっていた。前後左右を見渡せば、同じような高さと太さの樹木ばかりで、宿の主人のいう”迷いの森”の様相になっていた。

 後方の赤いリボンの位置を確認して、旅人は同じものを丁寧に枝に括りつける。最初の頃に比べれば、その間隔は短くなっていた。


 太陽の高さと残りのリボンの数、懐中時計の時刻と針の向きを確認し、地図を広げて現在地点を推測する。

 当初の予測では、そろそろ森の三分の二を過ぎたころだ。都への入り口となるふたつの岩崖、これは山脈の切れ目を形成していて、両脇から延びる岩山のすき間から都に入る形となるのだ、がみえてくるはず。


 いま立つ現在地が森の最下区域となっているようで、上方を見上げても夏葉の繁る木々に邪魔されて岩崖は望めない。後方の赤いリボンを確認すれば、方向を外れてしまったとは思えない。

 岩崖はみえないが、絶対に間違っているとも思えないので、旅人は歩みを継続した。


 歩む旅人にまったく不安がないわけではなかったが、それはすぐに消えた。進行方向先の木々のすき間から明るい光がみえだしてきたからだ。しばらくすると森が拓けた。

 ぽかんと下草だけの広い空き地に出た。上空の茂みが消えて、抜けるような青空が仰げた。

 いま立つ下草だけのエリアはきれいな円形で、ぐるりと樹木が囲っている。まるで精密に設計された庭園のようだ。陽射しがさんさんと降り注ぎ、その下草庭園は明るく光り輝いていた。


(こんなところに伐採地があるだなんて!)


 急に拓けた場所に到達して、慌てて旅人は地図を広げた。地図といっても道を表わすラインなどなく、森全体の輪郭しか描かれていない。紙面に緑一色が塗られているのみだ。


(あ、そうか、下草だけになったといっても緑地に変わりないか)


 ”迷いの森”といわれている場所なのだ、生還者はほぼいない。大まかな森の広さはわかっていても、森の内部の詳細は不明のままである。

 旅人は後ろを振り返り、赤いリボンを確認した。太陽を仰ぎ、懐中時計をみる。地図に現在地点の✖印をつけて、再び正面をみた。


「あれ?」


 前方は下草だけのエリアだと思っていたら、塔が建っている。

 それは下草エリアの中心部に建っていて、とても高い塔。頂上を見上げるには首を傾げなければならないほど。


 旅人は思う。

 こんなに高い塔ならば、ここにくるまでに気がついてもいいはず。

 さらに旅人は思う。

 こんなに高い塔ならば、森の外、そう昨晩泊まった宿屋からでもみえるはず。さらに、地図に載っていてもいいはずだ。


 でも旅人も、宿屋の主人も、気がつかなかった。

 こんな目立つ塔のことを話題にしないわけがないのに。


 みえているものがみえない――これが“迷いの森”の効果なのだろうか?

 “迷いの森”というぐらいなのだから、内からはもちろん、外からもみえないものがあるのかもしれない。


 ここでは、どういう選択を取るべきなのか?


 この塔は通過地点のひとつと考えて、素通りする。これだけ大きな塔なのだ、目印の赤いリボンの代わりになる。手持ちのリボンは思いの外、減っていて、残りの本数が心許なくなっていた。

 しかし、素通りするにはこの塔は後ろ髪を引かれるものがある。“迷いの森”の神秘さに魅せられて旅人は森に入ったが、ここまではそう特に変わったものではなかった。だが、この塔はそうではない。ひどく旅人の好奇心に訴えている。


 旅人は、少し迷う。そして、少しだけ迷って、塔を調べてみることにした。

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