二か月後
一五二九年(享禄二年) 六月下旬 伊勢国長島 長島城 十川廉次
「おい、弾正忠」
「……いかがなされましたか」
「もう限界だ、天神村に帰りてぇ」
「某も城で子供に会いとう御座いますな」
俺と信秀は顔を見合わせて、どちらともなくコクリと頷き。
「逃げるか」
「早速支度を致しましょう」
「なりませんぞ、お二方」
いそいそと城から脱出して領地に帰ろうとする俺たちを音もなく入口の戸を開けた高舜が咎める。俺たちは心底、形容するなら毛虫を見るような表情で高舜を睨みつけ、溜まった鬱憤を吐き出す。
「高舜、俺たちは二月近くも毎日毎日仕事をしているんだぞ! もういいだろ、正味な話俺は別に長島がどうなろうと知ったことではないし!」
「俺も十川様に同意する」
俺たちの猛抗議に、高舜は肩を落として強烈な溜息を吐き出しながら、
「長島の復興はいまだ道半ば、家臣に譲るにしてもまだまだ織田弾正忠家の銭と十川様の采配がなければ罰ともとられぬ毒饅頭の地でございます。対処に時のかかる治水はともかく、民の生きる地や田畑は整えませぬとまた冬に大量の死人がでますぞ。お二方、仮にも統治者ならご理解いただいておりますな? 加えて、今年の霜月には大嘗祭が斎行されます。大嘗祭の行われる地は伊勢神宮、銭を出した我らの領地を見て見たいと貴族たちが訪れることも十二分にありえます。それ即ち、都に対しての伝手が弱い我らが後ろ盾を得る好機、なればこそ、今は耐えてくださいますよう」
正論を説かれ、俺と信秀は歯をむき出しにしてグヌヌと耐えることしかできなくなる。そう、ここで弾正忠家の手腕が認められれば、主家に下剋上したときに風聞が主家が盆暗だから仕方ないと勝手に納得してくれる後押しになるはず。いや、確実に高舜たちがそう持っていくはずだ。
「ということで、信秀様には上申書を、十川様は港に運ばれてくる食料の配給を指揮していただきたく」
「またかよぉ。配給のとき拝まれるの苦手なんだけど」
「十川様の采配ならば場が荒れぬので伏してお頼みいたします。十川様が抑止力になってくださらねば粗暴な者が配給者に強請ることもありえますので」
「そうなんだよなぁ」
長島の民は基本的にみんな飢えてるからガタイのいい男が奪ってでも腹を満たそうとする。力で抑えるには人手が要りすぎるし、俺が出張れば最低限のコストで済む。面倒だが、俺が顔を出すことで丸く収まるのだが……とにかく、暑い。配給の関係上、運ばれたものをその場で配るので港の海に近いところでの作業になる。俺たち配給係は一人一人に容器を与え、それに食料やらを配るのだが季節は六月下旬だ、日陰の下で作業するとはいえとても暑い、クーラーが欲しいほどに。俺がごねる理由の九割がこれである。
「そういえば、検非違使を置く話はどうなったんだ弾正忠」
「そちらに関しては人員の選別に時がかかっております。長島で唯一まともに飯が食えるので民が殺到しておりまして、なかには女や子供まで応募するほどでして」
「そいつはいい。巴御前や牛若丸が紛れているかもな」
検非違使、本当に簡単に言ってしまえば平安時代の警察みたいなものだ。いつのまにか時代に流されて廃れていったのだが、これを俺たちは警察機構の代替として鄙検非違使として復活させることに決めた。鄙は僻地って意味で、都のやってたことパクったけどアンタがたが上ですよって遜るためにわざわざつけている。いちゃもんをつけられるのは面倒だ。
「ともかく、検非違使が決まるまでは配給に関しては十川様に御出馬いただく他ないかと」
「……わかったわかった、とっとと行くぞ高舜。弾正忠は無理して倒れない程度に死ぬ気で仕事しろ」
「心得ました」




