長島ぶらり
伊勢国長島。坂手・北島・小島・遠浅・長島・松ケ島・出口の七つの小曲輪が存在したことから古くは七島と呼ばれており、それがいつの間にやら長島となったと言われている。そんな長島は織田弾正忠領の津島から南西に存在しており、願証寺が枝を伸ばして一向宗が根付いていたために手を出しにくい面倒な地だったのだが……。
「ようこそおいでくださいました」
「我ら願証寺穏健派は十川様の来訪を心より歓迎いたします」
なんか、高舜に連れられて長島城に入城したら坊主の山に囲まれて頭下げられて、廉次さんったら大混乱よ。俺は長島城の広間で彼らの挨拶を受けていたが、状況が呑み込めないので傍に控えていた信秀に小声で問う。
「どうなってんのこれ」
「ありていに言いますと、坊主の癖に魚肉を食らい淫乱にふけっていた願証寺の寺主である実恵に我慢ならなくなった清き坊主が御身に挨拶に来ただけですな」
「信じられないほどに面倒だな」
なんで仏門の僧が神の使徒に頭下げてんだよ。教えはどうした教えは……ん?
「おい、その実恵ってのはどうなったんだ?」
「山門で晒し首になっておりますな。民たちには小便をかけられているとか」
「……実恵を殺したのは誰だ?」
「目の前にいる坊主たちですな」
さらっと坊主が殺しをしてんじゃねぇよ。御仏も浄土で呆れとるわ。俺は滅茶苦茶な長島の現状に疲れを感じながらも、信秀に願証寺の上役である本願寺の態度を聞く。
「不気味なほどに静観しておりますな。もとより奴らは津島で酒などを買い込む破戒僧ばかりですので、下手に苦情を申して商いを止められるほうが困ると言ったところでしょうが」
「堕落極まれり、か」
「雷で焼かれますか?」
「いや、雷なんかより火計のほうが効率がいい……ってなに言わせんだ」
「先だって計略を聞いておきませぬと準備に時を要しますので」
誰も好き好んで寺社仏閣を焼こうとなんて思ってねぇが!? ……いや待て、こいつは第六天魔王信長の親父だぞ。主義主張的には寺社に対してフラットな視点を持っていると言っていいはずだ。つまり、ここで俺にこんな話を振るということは……
「弾正忠」
「はっ」
「俺の名前は好きに使っていいが、後始末はキチンとするようにな」
俺の言葉に、信秀は一瞬硬直し、
「畏まりました」
といって、裂けるかと思うほどに口角を吊り上げて返事をした。
◇
「あー、堤が低すぎるな」
「やはりそう思われますか」
「銭出して住民の生活を下支えすると同時に洪水を耐えられるように高く堤を築くぞ」
ぐちゃぐちゃに家屋が倒壊している長島東側の居住地域に隣接している木曽川の川原を高舜と一緒に眺める。見ているだけで水害の恐ろしさがわかる光景だ。
「十川様、御身の力で木曽川を治められましょうか?」
「できると言えばできるが……今は無理だな」
俺の言葉に高舜は、ほうと一息吐いて。
「それは、何故でしょう」
「治めるなら上流から川の流れを変える必要がある。つまり、弾正忠が美濃を獲ればやってやる。それまでは今言ったように堤をできるだけ高くして対処するしかないな。ついでに川浚いで水深を低くすることもやるが、まぁ、上流からの水量を考えると焼け石に水だろう」
木曽三川がまともに治水ができたのは明治時代に入ってオランダからの技士を呼んでからだったはずだし、なによりお金がかかりすぎるので俺の手出しになるであろう大規模工事はあんまりやりたくない。
「とにかく、できるかぎりの試算はしてみるが期待はするな。民にもそう知らせろ」
「周知は致します。しかし……」
「信じるかどうかはそのものに任せておけ。それよりも我らにとっては税になる作物や産業の方が重要、せっかく海に出るのに大きな入口が手に入ったのだ、弾正忠と以前話した大型船を建造する計画も進めたいところだな」
「……津島よりも大きな港を作ると、おっしゃりたいのでしょうか?」
「結果的にはそうなるだろうな。織田大商圏、なかなか素敵な言葉じゃないか」
うんうんと頷き、木曽川の澄んだ水を見る。あ、鮎だ。
「この長島に売るものが?」
「そんなもん山ほどあらぁな。無いならないで商材は作るもんさ」
ぶっちゃけ、港作って経済握ればそれで終わりそうだけどな。




