路上の拝謁
一五二九年(享禄二年) 四月下旬 伊勢国長島 十川廉次
「あの、坊主の死体多くない?」
「根切りになったとお伝えしたかと」
「……いや、願証寺とかの大きな寺あったろ? 根切りなんて無理じゃないのか」
「それに関しては自治を保ちたい門徒と織田家に降りたい門徒でそれはもう凄惨な同士討ちがあったそうです。こわいこわい」
「絶対焚きつけたのお前らだろ……」
実は津島初来訪の俺が長島へ渡る船を待っていると、何故か船乗り場にいた高舜が同じ船に乗り込み同乗することになった。船旅の道すがら、有志の手によってまとめられた主だった支配者層の死者をまとめた書類を眺めていると、まぁ坊主の死体が多いこと多いこと。その理由を高舜に尋ねてみると同士討ちが起こったなどと嘯いて笑顔を向けてくる。間違いなくこいつらが原因だろう。
「……まぁいい。弾正忠とは向こうで落ち合う手筈だが、場所は聞いていないんだ。お前がついてきたのはそういうことだろう?」
「はい、弾正様は数日前から現地入りし、荷之上城で差配されております。どこもかしこも食い物が足りぬようですので」
「城主がそんなに城を開けて大丈夫なのか? 清州の上司は短慮なのだろう」
「ご安心を。勝幡には柴田土佐守様と前田蔵人様が留守居役で詰められておりますし、常備兵も五百ほど控えておりますので」
柴田と前田……勝家や利家の親父や祖父だろうか? 間違いなく親類ではあるだろうが。
「さよか。そういえば長島まで俺を呼んでなにをさせるつもりだ? 食いもの程度ならお前らだけで用意できるだろうに」
「確かに、今の織田家ならば食いものはいくらでも用意できましょう。しかして、我らが十川様に望むのは水を治めていただくことでございます」
「治水? 異な事を言うな。俺になんの水を治めろと言うのだ」
高舜がなにを言いたいのかわかっているが、耳には入れたくない。そんな藁にも縋る思いで高舜へと向けた言葉は、当然のように聞きたくない言葉で返答される。
「無論、雪解けで増えた荒川たちを、でございます」
◇
俺と高舜が長島のボロボロな港に着いたとき、そこには大勢の人間が訪れており、全員が何故か、そう何故か目元に涙を溜めて俺に両手を合わせて泣いていた。
あどけない子供、身重の女、何日も着替えていないであろう海の男、杖を突いた老夫婦、全員が俺に対して拝んでいるのだ。居心地が悪いったらありゃしない。
「おい」
「なんでございましょう」
「やめさせろ」
「おや、御身の尊さを理解している素晴らしい民たちではございませんか。今しばらくご尊顔を見せてやるのが使徒様としての勤めでは?」
わかる。自分のこめかみに青筋がビキビキッと立っているのが。
「……帰るぞ」
「はっはっは、ほれ、お主ら、拝むのはやめにして各々の仕事に戻れ。安心せい、使徒様は幾日も長島に滞在なされるのだ、またお目にかかることもある」
流石にまずいと思ったのか、高舜は道をふさいでいる民たちに散るように命じる。長島の民たちは最後まで俺に手を合わせながら方々に散っていく。居心地悪いなぁ。
それにしても、どうしてこんなに俺を崇め奉るのやら。何気なしに高舜に目を向けると、彼は一つ頷いて、
「何故、彼らに歓迎されているか分からぬご様子ですな」
呵々と笑って俺に言う。俺はそんな高舜の態度に少しイラっとしながらも、同意の言葉を彼に返す。
「全ては天下の回りもの……とは、自在天神様の御使いにかけるのは不適切な言葉かもしれませぬが、先の大雪は記憶に新しいのではないですかな。あれが全ての始まりでございます」
「天神領でも向こう脛まで積もったあれか」
「いかにも。長島はあの雪で凍死者がかなりの数、実数にして二百近い者が死んだそうです。服部党はその様を見てなにをしたと思います?」
「……おいおい、まさか」
「はい、織田家に備えるために物資の徴発を行いました。抵抗した村が三つほど消えたそうですよ」
服部党というのは想像以上にバカだったらしい。味方を痛めつけるとはどういうことだ。
「さらに、追い打つように雪が溶ければ川上からの増水で多くの家屋がダメになり、民たちは精魂尽き果てておりました。そこで、我らが十川様の登場です」
「……俺は何も知らんが」
「そうでしょうとも! 全ては弾正忠様と大橋様の手腕ですので。御仁たちは弱りはてた長島の民たちに十川様からの救済品と謳った名目で秘密裏に物資を流しました。おかげで、ええ、おかげさまで死者はグッと減ったようですなぁ、いやよかったよかった。そのうえで、ちょいとばかり誰かがボソリと呟いたようですよ? 十川様に付き従えば鬼畜生の服部党などに頭を垂れなくても済む、とね。そこからは急転直下、各村にしきりに使いが回りに回り、流れの傭兵が何故か無料で手助けしてくれることになり、服部党は長島から叩き出されたというわけですね」
うーん、このわざとらしい高舜め。結局絵図を描いたのはお前らってことじゃないか……待て、だったらなんで信秀は長島併合に苦心しているんだ? それを高舜に尋ねると。
「いやはや、坊主も服部党も即座に殺したい程度には嫌われていたんでしょうなぁ」
どうやら、あまりに無法を働きすぎてなるべく早く殺したいと思われていたのが誤算だったようである。俺はこうはならないようにしよう。




