事は起これり、しかして我らに影は無し。
一五二九年(享禄二年) 四月中旬 尾張国 天神領十川屋敷 十川廉次
「はぁ? 正気か?」
「無論、既に事は起こり、終結しております」
久々に労働した疲れを民たちとの戯れで癒やそうと屋敷で料理を作ったり、屋敷の前で縄跳び大会を開催して遊ぶこと数日。今日は屋敷前でバーベキューだと意気込んでいると、不意に大橋源左衛門こと大橋さんがとんでもない知らせを持ってきた。
――津島南部河内を治める服部党、住民による一揆により壊滅。
「なにがどうなったんだ、それは」
「どうも、川を挟み人として何も心配することなく生活できる津島を羨んだことが発端だそうで」
「あー……確か、塩の値段ひとつとっても三倍近く違うとか言っていたな」
「それも白塩と素塩が、です」
三倍安い俺の提供する塩と、この時代の塩と砂が混ぜられた交易品じゃ勝負にならんわな。ちなみに白塩ってのは精製された塩のことだ、普通の塩と同名にすると交易上面倒らしいので別の名前になっている。
「織田弾正忠家と服部党は敵対関係にあるとはいえ民たちは行き来するのです。環境の違いが不満に繋がるのは不思議ではありません」
「だが、奪うという選択肢もあるぞ。武士を害するよりは余程楽だ」
俺の言葉に大橋さんは口を大きく開けて大笑いしながら一言。
「自在天神様の使徒が直々に下げ渡したものを略奪など民草には恐ろしゅうてできますまい」
あぁ、津島にはいわゆる名前の盾ができあがっていたのか。別名ケツモチともいう。
「……ん? ってことは桑名と川挟んでお見合いになったってことか」
「左様ですなぁ。願正寺はなにも言うてきませぬが焦りを感じていましょう、桑名を焚きつけるやもしれませぬ」
「面倒な」
「長島が降ってきたことが一番の面倒でございますよ」
「それもそうか」
二人ではっはっはと笑い飛ばし、俺はバーベキューの準備を再開する。女衆が運ばれてきた鳥肉たちを切り分けて鉄串に刺す。今日のバーベキューは俺の奢りなので人手は多く、段ボール一杯に詰め込まれた野菜たちを丁寧に切っていく女衆もいる。肉も野菜も米もある、戦国時代ではかなり贅沢な食事になるだろう。俺の担当は夜のビンゴ大会用の準備、カラーボールに油性ペンで数字を書いて箱の中に入れていく。実はこのビンゴという遊びは一五三〇年ごろに発案されたらしく、この世界では俺が発祥ってことになるかもな、がはは。
「それはどのような道具なので?」
「これはな、一手ごとに玉を取り出し、その数字が渡した台紙に書かれておればそこを抜くのだ。最初に縦横斜めの五つが連結して抜ければ、ビンゴと叫んで賞品がもらえる。それだけの遊びだな」
「……ほう、面白い遊びですな」
大橋さんったらすぐに商人の目をするんだから〜。
「して、商品はなにを?」
「遊びだからな、子供には駄菓子詰め合わせを、大人には酒の瓶を一本早い者勝ちだ」
そこで大橋さんに耳を近づけて、コソコソと耳打ちする。
「実は子供たちのほうは全員がもらえるように数を揃えておる、ナイショだぞ」
「……ふふっ、十川様はお優しゅうございますなぁ」
「その分、大人たちには二〇本しか用意しておらん、言葉通りの早い者勝ちだ。源左衛門も参加していくといい」
……などと会話をしていく中で、俺の脳内で弾かれたように打算が生まれた。奇しくも大橋さんもなにか閃いたようで……
「おい、源左衛門」
「はい、おそらく同じことを考えておりますな」
「必要は発明の母というが、例外もあるのだな……」
宙ぶらりんになっていた天神銭回収計画、ビンゴで成り立つかもしれない。




