孫三郎との夕飯会議
焦土作戦。武田が取ろうとしているであろう作戦の名前である。
まず、武田は村上たち北信濃衆を徹底的に排除し、統率を取れなくした信虎は信濃の民を菜種のように搾り取ることで甲斐の戦力を充実させ、その戦力でもって長尾を狙う。実に狡猾でスマートなやり口である。恨みさえ考慮しなければの話だが。
「今川と武田は現在同盟中かつ、今川の当主が若く、祖母である寿佳尼が実質的な支配者である以上同盟破棄なんて危険な判断はしない。唯一の救いは傍の上杉が内訌で使い物にならんことで妙な横やりなどはないことか」
屋敷奥にある密談用の個室で、俺からの知らせを聞いて飛んできた孫三郎と夕餉を取りながら、天神領の今後の予定について話す。信秀に対しては大橋さんが伝言してくれているはずなので、早馬で呼び寄せた孫三郎への説明は俺の仕事だ。今は難民となった信濃の集団の今後と武田の動きに関して孫三郎に詳しく解説しているところである。
「まとめると、武田にとって今の長尾は豪華な飯が盛られた据え膳上げ膳なわけだ」
茶碗に盛られた白米の上にイカ明太をのせて頬張りながら孫三郎に言う。孫三郎はそんな俺の真似をしてイカ明太と白米を一気に口に含み、抑えきれない笑みをこぼす。美味しいよなイカ明太。俺がわざわざ家から持ってきたもので数が少ないので、俺と孫三郎だけが食べられる秘密のおかずだ。
「しかし、そこまで上手くいくものか? 見通しが甘いと思うが」
「戦は水物、勢いがあるほうが勝つことも多い。それに、信濃と長尾の領地を掠め取れば、飢えが跋扈する甲斐の国でまともに飯が食えるようになるだろう。飯を目の前にした飢えた獣は怖いぞぉ」
「なるほど、確かに腹が減ったら凶暴にもなるか……」
「言っておくが、お前の想像する飢えよりも数倍酷いものだぞ」
甲斐は洪水に加えて山岳地帯で立地も悪い、収入が米という選択肢しかない戦国の農業では、とてもじゃないが一日分の食事なんてほとんど取れないほどに民たちは困窮している。商いで潤っている弾正忠家で育った孫三郎の考える「腹減ったなぁ」程度の飢えとは格が違うのだ。
「それで、天神領としては武田に対してどう出るつもりだ」
孫三郎が切り分けられた沢庵を三枚ほど掬い取り、一気に口に入れてボリボリと音を立てながら俺に問う。俺はすぐには答えず、味噌汁を一口啜って、
「まず、商いは白紙に戻す。些細なことだが、白米や酒に甘味が津島を通して多少は流れているはずだ。褒美として下賜されるものを手始めに消す」
「そうは言っても横流しする者はおるだろう」
「あぁ、故にこちらから手を回す。通常の数倍高い吹っ掛けた銭で武田にそれらの品物を売ってやるのよ」
そこまで言い、俺も沢庵を噛みしめる。孫三郎は一瞬動きを止め、全てを理解したのか呆れた表情で口を半開きにし、
「なるほど、武具や馬に銭をかけさせるよりも、腹の中に消える食料へ銭を使わせるのか」
「そのとおり。一度覚えた贅沢はやめられんぞぉ」
「確かに、このもちもちとした白米を取り上げられたらたまらんな」
といって、茶碗の中へ急須に入った出汁を注いだ。古米とは言え、品種改良された米と戦国に蔓延っている原種では味の質が段違いだもんな。俺も出汁茶漬けにしようっと。
「銭をむしり取るのはわかったが、こちらから打つ手はそれだけか?」
「直接来るなら二度と歯向かわないほどにボコボコにしてやるんだけどな、いかんせん相手との距離が遠すぎる。北条に武田と同盟したら取引停止なって釘を刺すぐらいか」
「ははは! そりゃありえんじゃろ! 上杉と組んであれだけ荒らしておいて虫が良すぎるわ」
だと思うじゃん。武田って利益になるならターゲットを簡単に変更するから、誰とでも手を結ぶんだよなぁ……




