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戦国天神伝~神騙りスローライフ~  作者: 菅原暖簾屋


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肥え太らせる

 一五二九年(享禄二年) 二月初旬 尾張国 天神領 十川廉次


 佐治と水野が天神領を訪れた次の日、以前企てた段取り通りに信秀が俺の屋敷へやってきた。偶然、そう偶然、知多を治める者たちと織田弾正忠家のトップが出会ってしまったのである。だから三家が顔を合わせたことを主家の織田大和守家がグダグダ言ってきたところで、会ったら挨拶ぐらいするだろ礼儀知らねーのかカスって返せる、これが実に大きい。相手に非があると大声をあげられる状況にすれば、謀叛を起こしてもそれを理由に他の勢力が首を突っ込んで来ることが難しくなるからだ。

 現状において、領地の豊かさや導入できる兵力は弾正忠家に軍配が上がるが、立場としてはどうしても主家である大和守家が上であり、謀叛人という汚名は受けずになるべく綺麗に主家より立場を上回りたいと考えるのは戦国の武将としては当然のこと。家の格以外劣っているものがないのだから、蹴落として目の上のたん瘤を排除したいのも弾正忠家にとって当たり前の気持ちと言える。応仁の乱から続く下剋上の風潮は絶えないねぇ。


「どうなされました十川様、某を見てお笑いになられて」

「いや、なぁに、物事は順調に進んでいるなと思ってなぁ。聞いているぞ弾正、色々裏からバラまいて大和守家傘下の豪族を引き入れているのだろう?」


 俺の言葉に、信秀は口角を少しだけ吊り上げ、ふっと小さな吐息を漏らしながら笑う。孫三郎や尾張の屋敷を管理している清心からの報告で、まるで真綿で首を締めるように大和守家と弾正忠家の勢力図がじわじわと弾正中家優勢に移り変わっていると聞き及んでいる。金も力も物もあり、不足しているものがないお膳立てで自身の能力が試されているであろう今の状況を信秀は楽しんでいるように俺は感じた。


「弾正、いや、信秀。楽しいか?」


 あえて俺は官位でなく諱で信秀を呼ぶ。昨日、知多半島の二人と挨拶を交わした部屋で俺と信秀の視線が交差する。信秀は諱で呼ばれた意味を瞬時に理解したのか、胡坐を掻いたまま背筋を伸ばして言う。


「楽しゅうございますな」

「そうか。これからお前はどこへ行く」

「まずは尾張一国を」

「知多半島も西も抑えた、すぐにでも雲に手は届く。次はどうする」

「無論、肥えさせます」


 俺と信秀の強い視線同士が宙でぶつかり、


「二度と痩せぬほどに、この尾張の国を肥えさせます」


 強い、強い決意の表情を信秀は浮かべて、そう言い切ったのである。





 俺と信秀、佐治と水野の四人で顔を合わせた密談は知多の二人が信秀の下につくことで決着した。二人は信秀ではなく俺の下につくことを望んだのだが、それは許さずに信秀の直臣として扱うことで彼らを納得させた。その代わりと言ってはなんだが、彼らにyは領地の改善案について相談したいことがあればいつでも訪ねてくるがいいと約束した。まぁ、彼らにとってそんなことよりも、手土産に渡した木綿の帆のほうが遥かに重要だったようだが。いくつになっても新しい仕事道具というのは人の目を輝かせるもののようだ。

 とにかく、面倒ごとも片づけたので領内の整備をしなくてはならない。大雪の爪痕はまだまだ残っている。まずは最初の大仕事である、山の上にある水鳥牧場へ無線機を持っていくという仕事を俺と自来也、村の若い奴らの十数名で挑む。壊れないように個別にパーツ分けした無線機と非常用の食料と燃料を総出で抱えていまだ雪の残った道を歩く。ある程度は黙阿弥たちが道筋を作ってくれてはいるが、それでもいつもの数倍の疲労が俺たちを襲う。朝早くから出立したのに到着は中天、牧場にたどり着いた時には登山者全員がもうクタクタである。


 到着からしばらくして俺はポータブル電源が置いてある小屋へ、自来也は他の若者を引率して雪かきをすることに。牧場の人員だけではとてもじゃないが雪かきにまで首が回らないらしく、黙阿弥からは非常に感謝された。……感謝はいいのだが、黙阿弥は見事に機械音痴で、無線機の使い方をまったく理解できずに他の志能便が代役として覚えるハメになった。別に構わないのだが、責任者と直接話さないといけないことも多いので、ただでさえ少ない山の上の人員が無駄に手間を取られることになるのはいただけないんだよなぁ……

 簡単な方法は自来也を牧場担当にすることだが、その場合は天神村で待機することになるガキンチョたちが泣き叫ぶことになる。いやぁ、ままならないもんだね。




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