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戦国天神伝~神騙りスローライフ~  作者: 菅原暖簾屋


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大雪の後で

 一五二九年(享禄二年) 一月下旬 尾張国 天神村十川屋敷 十川廉次


 大雪がやんでから三日後に孫三郎たちから知らせが入った、孫三郎たちも大事はなかったらしい。

 天神村以外の村々では大きな家に個別でまとまり、身を寄せ合って暖を取ることで凌ぎ、食料は事前に倉に蓄えておいた天神村ではあまり食さない稗や粟を粥にして食べていたとのこと。栄養状態は悪いが死に瀕するものは少ないと孫三郎の元へ偵察に向かってくれた駄衛門が教えてくれたので、あとで孫三郎たちに追加の保存食の備蓄を届けてもらおう。

 そこまで考えたところで屋敷内の酒場でスタッフに入れてもらった紅茶を啜る。対面に座っている菊之助はコーヒーを注文したようだ。


「それにしても今回の大雪で天神村の弱さが見えたな」

「弱さとは? 死者が出ぬ素晴らしい災厄の乗り越えかただったと愚考しますが」

「それだ菊之助、死人が出ていない以外で褒められたものがない」


 びしりと菊之助を指さして難しい表情を作る。

 ビニールハウスは駄目になったし、連絡網がないせいで緊急時に備えて結構な人数が昼夜問わずに起きていなければならなかったし、家が潰れて無くなった村民を保護する施設もない。利益が出る事業ばかりやってきたツケがここで来たな。災害に備えてセーフティーネットを用意しないと。


「決めたぞ菊之助、今年は天神領に講堂を持たせた寺社と学校を作る。そこを緊急時の避難場所にする。天神領には寺がないからな、どの道宗教の施設は必要だったが前倒しで建設するぞ」

「……寺社はともかく、学校ですか。それは足利学校のようなものですか?」

「いや、俺が教材を用意する。実利に満ちた学校にするぞ」


 足利学校とは現代で言うところの栃木県足利に存在した日本最古の学校である。

 足利学校は古代から存在したが歴史に出てくるほどに再興されたのは室町中期、山内上杉家八代目当主の上杉憲実が行った。山内上杉家ってのは室町の重職である関東管領を世襲する家で一五二九年時点では上杉憲寛が当主になっている。ちなみに、この二代後が有名な上杉謙信である。

 それはさておき、足利学校は学問こそ無料で教えるものの、現代の学校とは違い教える内容は偏っている。儒易兵医の学問、この四つだけだからな。


「詳しくは知りませぬが、儒学や易学を習えるのはよいことなのでは?」

「……うむ、天上の学問を知らないとそうなるか、いいだろう全て説明してやる」


 口頭で菊之助に対して足利学校のよいところと悪いところを説明していく。

 まず、教育の中心が儒学であること。よく勘違いされてしまうのだが、日本の儒学とは儒教を学問としてとらえたもので一種の帝王学的教育であり、神道や仏教などと違い宗教として意識されることはほとんどない。つまり、日本においてトップを育てるための教育学問なのである。これに関してはよくもあり悪くもあるよな、トップに立つのは才能と経験がなければできないことだから、ソースは現在四苦八苦している俺。

 次に易学、占いのことだな。易学は儒教の中に含まれていたりする。これに関しては学ぶ必要があるかどうかでいえば、ハッキリ言ってないと言える。理由としては陰陽の対立やら森羅万象の変化を読み解くやらは未来人の俺が科学的に説明できてしまうから。別に俺が教えないが、それ以外は知ったことではないし、俺の管理下にある学校では易学より直接人生に役立つ数学を教えるわ。

 三つ目は兵学、この時代だと孫子とかを読み解く学問だ。これは俺には教えられないので孫三郎に頼んで軍略に自信のあるやつを引っ張ってこよう、あいにく書籍なら現代で探せばいくらでもあるからな。時代が時代だしこれも良し悪しは決められん。

 四つ目の医学は最重要学問だ。矢傷を尿で洗ったりする時代だ、キチンと学べばいったい何人救えるかわからん。俺でも理解している現代医学を教えることに間違いはない。


「……すみません、結局のところ足利学校は悪だということですか?」

「んなことはない。学びたいものに学ばせる時点で学校としては正しい。究極的に言えば学び方さえ知っていれば学校にいけなくなっても独自で学べるからな。それを知ることが一番の学問である」

「……さすがは自在天神様の使徒といったところですか。素晴らしいお考えだと思います」


 どこか興奮したように菊之助が俺の言葉を肯定する。こいつがここまで感情を見せるのも珍しい、激辛麻婆を食った時以来じゃないか?

 そんなことを思いつつ、紅茶を飲み干した。





「報告が遅れ、誠に申し訳ございません」

「それぐらいのこといいっての。むしろ雪が除去できるまで単独で誰も下山させなかったのはいい判断だ。最悪の場合があるからな」


 黙阿弥が報告のために屋敷を訪れたので、最近の定位置となっている酒場のテーブルに座って報告を受ける。


「水鳥牧場は残念ながら結構な被害を受けてしまいました」

「だろうな。あの雪だ、五体満足とはいかんだろう。どれほど死んだ?」

「三百ほどが寒さに耐えきれず……ご安心ください、全て解体して外で冷凍しておりますので」

「は? あのクソ寒い中で解体したんかおまえら」

「命を無駄にするわけにはいきませんので。水鳥牧場にいた五人が順繰りで休憩しつつ、死に体の水鳥を優先して解体しました。もう少しで山上から荷車が通れるようになるので随時保存食の加工所に運び入れます」

「わかった、妙にも話を通しておく。それよりも少し休め黙阿弥、目の下のクマが酷いぞ。菊之助、部屋を用意してやれ」

「承知しました、頭領こちらへ」

「あぁ、スマンな菊之助……」


 菊之助に案内されて連れていかれる黙阿弥を見送り、今後の展望について考える。

 とにかく、戦国時代の弱点として連絡手段が乏しい。問題一つでにっちもさっちもいかなくなることが多すぎる。黙阿弥の疲労だってそうだ、電話の一つでもあれば水鳥なんて捨ておいて身の安全を第一に考えろと伝えられたのに。

 ……そうか、電話か。戦国時代に電話があればいいんだよな。


 一考の余地ありだな。



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