かけごと
「きったねぇぞオイ」
おかしなところに飯が詰まったようで、三人とも胸を叩いて苦しそうにしている。
それはともかく、やっちまったね。脚気とかの予防法って秘密にしといて切り札にするのがベターだったわ。まぁ、原因を知ったところで食い物が用意できなくて死ぬってのが二十世紀頭まで続いていたからあんまり関係ないかもしれんけどね。
「脚気が治るとは真ですか!?」
山科が吼える。卜伝は手を叩いて笑いこけており、信秀は眉間を揉んで辛そうな表情をしている。不治の病が治ると言われたらこのような反応になるらしい。
まぁ、そんな反応など知ったことはないので、ハタハタで作った清蒸石斑魚をほぐして口に運びながら極めて冷静に山科に言葉を返す。
「真だ」
「いや、言葉が軽すぎますぞ! 不治の病を癒せるとなると天神様も医神として祭り上げられましょうに!」
「そういうのいいから」
間接的に俺の仕事が増えそうだし。それよりも山科ったら興奮しちゃっておじゃおじゃの言葉尻が消えてるでおじゃる。
ポカンとして俺を見つめる山科に俺はもう一度。
「そういうのいいから」
念押しして炒飯を食す。うまい。
「……御使い様は変わっておられる」
「よく言われる」
「脚気の治し方など天上の国では知られたことなのでしょう。山科卿、気になるのならばのちほど席を設けます故」
「ちょっと待て弾正忠。この後はサッカーをだな」
「さっかーですか? できれば山科卿とよしなにしていただくことを優先してほしゅうございますが」
信秀からの圧がすごい。まずい、このままでは飯食った後も真面目な話に付き合わされる。俺は遊ぶためにここに来たのに。……あ、閃いた。
「わかった、山科の。俺とサッカーで勝負しようじゃないか。その勝負で貴様が勝てば、素直に天神村に招待しよう。そこでならばじっくりと言葉を交わす時間が取れる。逆に負ければ……」
「負ければ、なんです?」
「……別に思いつかなかったからいいや。そうだ、貴様は主上のために献金を募る旅をしていると聞いているが」
突然俺に献金の話を振られて、山科は訝し気な表情を浮かべるも。
「いかにも、織田を辞した後は今川を経由して北条まで赴こうかと」
「それを無しにしてくれ。心配するな、今上の帝の即位式は後柏原帝の葬儀を優先するために行われていないと聞いている。その即位式の資金を俺が出そう」
何度目かわからない山科の驚愕に、さすがに信秀と卜伝がまたかよといいたげな表情を浮かべる。
「た、確かに主上は即位式を行われておりませぬが、それほどの資金を出していただけるので?」
「額によるけどな、一体いくらぐらいかかる」
「……践祚までは行われておりますからな、先帝の喪はすでに明けており、遅れながら御大典を行うとなると……うぅむ、ざっと二千貫と言ったところですかな」
「なんだ、そんなものか。わかった、山科、貴様が勝負に勝ったらその金を献金しよう。あぁ、その場合主上の顔に泥を塗ることはないように、両細川を黙らせることに尽力しろよ」
突然降って湧いた朝廷への献金に、顔色を白黒させながら山科は料理を口に運ぶ。
どうだ、それが無茶振りされる側の気持ちだ。せいぜい楽しんでくれよ。
一五二八年(享禄元年) 十二月中旬 尾張国 勝幡城 本丸御殿 織田信秀
さっかー勝負とやらの準備をするために山科卿と十川様は食事を終えると参加者を求めて評定の間へと旅立っていった。どうやらさっかーとやらは人数がいる勝負のようだ。
「卜伝殿。十川様の態度、どう見ます」
「どうもこうもありませぬな、心底公家などどうでもいいと思っているでしょう」
「アナタもそう思いますか」
「然り。十川様は世俗の戦には興味が薄く、しかしながら主上への忠誠は天におわす自在天神様よりきつく誓わされているのでは? おそらく、山科卿が勝負とやらに勝ち、村に招待されましても適当に理由をつけて銭を渡されるのではないでしょうか。
……それにしても敗ければ銭を受け取って京に帰れとは、不可思議な提案をされる方です」
ふっふっふと穀物蒸留樽酒をグッとあおる卜伝殿。かなりキツい酒だが、彼にとっては酒も敵ではないらしい。
それにしても、勝っても負けても損をする勝負事など正気ではない。しかし、その話を持ち掛けた理由を俺は知っている、世の中にはふざけた事象があるものだと聞いた当時は思ったものだ。
「……弾正忠様は訳知りのようですな」
「わかりますか」
「はい、まるで悪童のような表情でしたぞ」
いかん、日頃孫三郎を叱っているというのに、この様ではアヤツに強く出れぬ。
「銭で床が抜けたらしいのです」
「……は?」
「天神村には数多くの商人が商品をもちやってきます。それを天神銭や物々での交換をしていくと従来の銭があぶれてくるのです。天神村の製品は高価で、酒や食い物などの消え物が多いですからな。
すると、倉に銭が貯まる貯まると。孫三郎曰く、倉三つ分。数えてみれば六千貫は軽く超えているとのことで。どこかで消費しなければと悩んでいたらある日床が抜け、それはもう金庫番に酷く嘆かれたとか」
「……いやはや、銭というのはあるところにはあるものですなぁ」
……天神村との取引の間に入ることで織田家がそれ以上の利益を得ていることは内々の密である。




