ばたばた調理タイム
一五二八年(享禄元年) 十二月中旬 尾張国 勝幡城 本丸御殿厨 十川廉次
勝幡城の台所こと厨は、十畳ほどの土間に大きめの調理台と竈が三つ並んだ質素なものだった。といってもこの時代の城の竈を見たことがないので基準がおかしいのかもしれないが。
俺が厨で厨番と打ち合わせをしていると、菊之助が相撲を取っていた兵の手を借りて厨まで食材と道具を積んだリヤカーを運んでくる。
「お待たせしました」
「おう、外に材料を置いといてくれ」
承知しましたと言って菊之助は兵たちと一緒に食材と道具を厨の外に積み下ろす。俺はその中から複数のアヒル肉を取り出して、調理台の上に並べた。
「そういや、もう飯は作っていいのか?」
「岡田助右衛門様と池田宗傅様が未着ですが、宴会の始まりは変えぬとのことなので調理を始められてもよろしいかと」
「おし、そいじゃ調理開始だ。厨番も随時指示飛ばすから頼む。まず、米を炊くぞ。準備が終わった奴から俺に指示を仰ぎに来い」
俺の言葉に厨番である三人の精悍な男が低い声で「はっ」と答えて、羽釜に米を計量して入れ、井戸水を注ぎ研いでいく。冷たいのに顔色一つ変えずに米を研ぐのはよく訓練されてるぜ。少なくとも俺はこの水温で米研ぎはいやだ。だから八宝鳥に逃げさせていただきやす。げへへ。
それはともかく。俺は事前に骨を抜いておいたアヒル肉一つ一つへ丁寧に刷毛を使って醤油を塗っていく、塗り終えたら少し時間をおいてミックスしたスパイスと塩、紹興酒にごま油を上からかけて刷毛でムラなく塗りつぶす。鳥はこれでOK。
次は中身の八宝を作っていく。ちなみに、ここで言う八宝とは日本の五目と同じ意味で具だくさんを表している。まな板でシイタケや干し鹿肉、タケノコなどを炒めて香りを出して、紫のもち米と一緒に炒める。いい感じに火が通ったら前もって水筒で持参したチキンスープを混ぜ合わせて火を通し、それを鴨の腹に入れてひょうたん風にする。最後に土鍋に入れてやわらかくなるまで蒸せば、一品目の八宝鳥完成。になるので、菊之助に並行して土鍋の火加減を確認させる。
「私がですか!?」
「流石に張り付いて確認できないから頼むわ。吹きこぼれなけりゃいい」
「……承知しました」
そこからは怒涛の作業になった。
包丁番の三人に適宜指示を飛ばしながら、ユンヨン炒飯や酢豚にワンタンや焼売、小籠包に清蒸石斑魚を調理して持参した大鉢に盛っていく。ひいひい言いながら調理をしていると、ここで包丁番の一人から疑問が飛んできた。
「大鉢に盛ると膳に収まりません」
「……あぁ、そうか。食卓とかないよなぁ……」
そう、この時代の武家は毒見やらがあるので個別の配膳が普通であり、中華料理のような大皿から取って食べるなんてことはしないのだ。
予期してなかった問題に悩むこと数秒、俺が大声で叫ぶ。
「孫三郎ぉ~!」
俺の呼び声から数十秒して、ドタドタと廊下を駆ける音がした。もちろん奴だろう。
「何事だぁ!?」
「ウチの屋敷にあるテーブルを覚えてるよな? あれみたいな台を評定の間で作ってくれ」
「どれぐらいまでに作ればいい!?」
「あと一刻で頼む!」
わかったと言って、ドップラー現象と共に廊下の先に消えていった孫三郎に頼もしさを覚えながら、レトルト加工された和食を鍋に入れて温めていく。
「大陸飯だけではないのですね」
八宝鳥を焦がさないように温度管理するという大役を終えて鍋やらを洗っていた菊之助が俺に尋ねる。確かに、先ほどまで俺が作っていたのは中国料理ばかりだった。菊之助が疑問に思うのも不思議じゃない。
「口に合わない奴がいるかもしれないからな」
人の味覚は味蕾の発達に左右される。かの夏目漱石は養子で貰われた先で酷く甘やかされた結果、味覚が育たずに大の甘党かつ脂っこいものばかり好むようになってしまったとか。
基本的に甘味のないこの時代で現代基準に合わせて作った中華料理が歓迎されない可能性もあるので、日本に昔から存在した素朴な味の和食レトルトを事前に用意していたってわけ。これならば食べられないなんてことはないはず。
筑前煮やゴボウの梅和えや長芋の数の子練揚げなどのレトルト温めている間に、九マスに仕切られた食器プレートへあらかじめ分けておいた中華料理を盛り付けていく。
様々な具材が詰まった八宝鳥、豚肉にピーマンと玉ねぎが山盛りの酢豚、茹でたワンタンをラー油に付けた紅油抄手、日本人が言われたら想像するグリーンピースが一つだけ頭に存在する焼売、魚を蒸し白髪ねぎをのせて白煙が昇るまで熱した油を掛ける清蒸石斑魚、俺がつまみ食いして肉汁で火傷した小籠包、香味を持ってくるのが面倒でレトルトにしたら激辛だった麻婆豆腐、アヒル鶏と玉ねぎのトマトソースとシーフードホワイトソースが卵炒飯の上にかかったユンヨン炒飯、そしてスープの酸辣湯。以上九種九品を毒身代わりに包丁番三人と菊之助に食べさせる。
作ってはいたが見たこともない食事に菊之助以外の三人は、いざ食すとなると怯んでいたが、菊之助は屋敷で俺の料理に慣れているので躊躇うことなく木匙を手に取り、手始めに麻婆豆腐へ手を付けた。
そう、麻婆豆腐にだ。
「かっっっらぁ!!」
「あ、悪い。めっちゃ辛いんだわ麻婆豆腐。すまん」
食卓代わりの机をバンバン叩きながら苦しむ菊之助に、俺は心から謝罪した。




