語源はコイツでよくないか?
一五二八年(享禄元年) 十二月中旬 尾張国 勝幡城 本丸御殿奥の院 十川廉次
山科がやってきたと連絡を受け、応対の準備をしなければいけなくなった信秀と別れて、勝幡城の本丸御殿にある当主の家族が住むエリア奥の院へ信秀の小姓を伴い向かう。
信秀が応接してくれた評定の間から歩くこと五分ほどで目的地に着いた。かなり勝幡城の本丸御殿は大きい、田舎の小学校ぐらいの大きさはある。あれ、大きいのかソレ?
「十川様、こちらです」
「案内ご苦労。先ほど伝えたように贈り物の近くで待機している菊之助に赤子への土産を持ってこいと言付けてくれ」
「承知しました」
信秀に直接目録は手渡したが俺の勝手な判断で赤ちゃんへのお土産は勝手に渡させてもらうぜ。
ちなみに、贈答品の目録は本来小姓なりに預けるのが基本だが、あまりに珍しい品ばかりだからチョロまかされないように直で渡した方がいいと菊之助にアドバイスしてもらった。数人で結託して中抜きするってことがままあるんだってさ。
閑話休題、走り去った小姓を見送って評定の間の襖とは違って木戸なドアをノックする。
一瞬、わいわいと騒いでいた戸の内が静まり、若い女性の声で「どちらさまでございましょうか」と返ってきた。
「歓談中すまんな。自在天神が使いの一人、十川と言う者だ。是非とも赤子を祝福したくてな、入室してもよいか?」
「み、御使い様!? しょ、少々お待ちください!」
一気にドタドタと騒がしくなる室内。うーん、絶対俺が出産を祝いたいって社交辞令だと思われてたんだろうなぁ。
数分ほど廊下で庭の冬景色を眺めていると掠れた声で「お入りください」と声がかかった。
邪魔をすると言って木戸を開けて中に入ると、室内にいた七人が全員平伏して俺を出迎えた。
「頭をあげよ。平伏は不要である」
「し、しかし……」
「祝いだ、俺に赤子をよく見せておくれや」
なるべく男相手には使わないような柔らかい声色で女性陣に語りかける。それが功を奏したのか、一番立派な着物を着ている女性から順々にゆっくりと顔を上げた。
全力のアルカイックスマイルで全員を見回して、意味ありげに頷いて穏やかなトーンで一言。
「赤子を見せてくれるかね、なぁに、抱いたままで構わぬ」
「は、はい」
部屋の一番奥で赤子を抱いていた女性、恐らくは乳母か女中の女性が緊張した面持ちで赤子を抱えたまま俺に寄ってくる。赤ちゃんはこのバカ騒ぎなど気にしないように眠っていて、一角の男になる片鱗を見せつけてくれた。
礼服代わりの白学ランの袖を手繰って、ゆっくりと産毛の生えた赤ちゃんの頭を丁寧に撫でる。すっごいかわいいわ。
「いい顔だ。名は?」
「道三郎と」
きりっとした一番立派な着物を着た女性が答える。確か史実では長男の織田信広は幼名が三郎五郎だったはずだが、どうやら信秀は天神様の名前から一字いただいたらしい。
「いい名だ。励めよ」
「ありがとうございます。この子にとって末代までの誇りになるでしょう」
「そうかそうか。今しばらくすれば俺の土産がここに届く。それぞれの使い方を書にしたためて同封しているのでな、ありがたく使うように」
たいそう偉ぶって笑いながら部屋の外に出て木戸を閉める。すっげぇ居心地悪いわ。女の園って独身男性特攻突き刺さってる。
学ランの両袖に手を入れて外への道を歩きながら、学校生活の時に女子グループへ用事があって話しかけるときってあんな雰囲気だったよな、とどこか懐かしい気分に浸る。別にお前のことなんか興味ないつーのに周りがクソ囃し立てるんだこれが。
そんな昔のことに想い馳せていると、御殿の外へ向かう廊下で上半身裸の孫三郎と出会った。
「何やってんだお前」
「相撲じゃ!」
「このクソ寒いのに?」
「おうよ! 寒いからな!」
ときおり、孫三郎が多少言葉の話せる猿なんじゃないかと思う時がある。今がその時だ。
「さよか……。外に出るなら菊之助に厨へ食材と道具を運ぶように伝えてくれ。厨番に色々作業手順を教えたい」
「任せろや! その代わり、美味い飯を頼むぞ!」
見るからに凍えそうな格好のまま、ガッハッハと大股で再び外に駆けだした孫三郎を見て、ある言葉が頭をよぎった。
馬鹿は風邪ひかない。




