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信秀会談

 一五二八年(享禄元年) 十二月中旬 尾張国 勝幡城 本丸御殿 十川廉次


「十川様、ご到着にございます」


 閉じた襖の前で俺を案内した小姓の良く通る声が響く。一瞬、周囲から音が消え去り、襖の内から「お入りください」と信秀の声が聞こえた。

 小姓が音もなくスススッと襖を開くと二十五畳ほどの部屋で信秀が俺から見て向かって右側の中央に座っていた。奥には一段上がった上座もあるが、そこには誰もいない。俺と信秀だけの空間であえて信秀は上座に上がっていない。

 俺が部屋中に入ると、小姓が再び襖を無音で閉める。うーむ、俺が上座につくかどうか信秀に試されているのか? 俺にとってはどうでもいいんだが、この時代だと重要なことだよなぁ。もう、めんどくさいわ。信秀の対面に座ろう。


「どっこいしょ」

「上座が空いておりますが」

「遠慮しとく。俺とお前の間で上下はなしだ。自在天神様の使いと織田弾正忠家は良き隣人。これでよろしく」


 胡坐で信秀の前に腰を下ろした俺との問答で、信秀は突然笑い出した。


「いやはや、御使い様には敵いませぬ。如何に過ごせばそのように度量の大きな御仁になれるやら」

「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らずって奴だよ。天の国の福沢って男の言葉だ」

「それは……、なかなかに攻めたことを口にしますな」

「まぁ、その後に続く言葉をぶつ切りにされた結果誤って広まったんだがな」


 世の中には頭の言葉だけが知られているが、しかし賢い人と愚かな人、富豪と貧乏人、高貴と平民がいて、雲泥の差がついている。だからこそ、その不平等な差を埋めるのに、生まないように、勉強しつづけて自分自身を磨かないとアカンよ、って言葉が続くんだよな。決して権利平等を説いた慰めの言葉じゃない。そもそも天は~の下りはアメリカ独立宣言の引用だし。


「天の国にはそのような知恵者が多いので?」

「結構いるぞ。そうだ、今度軍略書を持ってきてやる。ナポレオンとかハンニバルとか」

「なぽ……? んんっ。楽しみにさせていただきます」


 お、仏頂面の愛想笑いだ。孫三郎と似たような顔をしやがる、流石血を分けた兄弟といったところか。

 そういえば、親父さんの信定を見たことがないな。何をやっているんだろう。信秀に問うと、彼は困った顔で溜息をついた。


「親父、いえ、奴は津島で屋敷を構えて商売に精を出しております」

「はっ? 隠居とはいえどまだまだ織田弾正忠家の大黒柱だろうに」

「城に隠居が居座ると家中が割れると言っておりましたが、あのたわけは津島で十川様の卸された酒や肴で自由に飲み食いしたいだけです。以前、十川様より暖かい飯について説いていただきましたが、まさか親父があれほどまでに熱中するとは」


 暖かい飯の話って、山の社に住んでた時に信秀に暖かい飯はいいよって教えた話だよな。なにがどう巡り巡ったら織田弾正忠家の前当主が商人まがいのことやってんだ。


「本来でしたら親父は隠居後、某に後見の必要なしと見たら犬山に映る手筈でしたが、ご覧の有様ですので代理として犬山城には与次郎(織田信康)が詰めております」

「いやぁ……。駄目親父だな」

「ええ、大いに。大いに!」


 うわ、信秀ブチ切れてる。責任から解放されて自由にしたい信定とまだまだ家のために役立ってもらいたい信秀、両方の気持ちがわかるから俺からはノーコメントにしとこうか。触らぬ神になんとやら。俺が神様側だけれども。

 腹にたまった怒りが信秀の腹を割いて産まれてきそうだったので話を逸らすために山科と塚原について尋ねる。

 気を遣われたことを自覚したのか、信秀は今一度咳払いをして話を仕切りなおした。


「まず、山科卿は十日ほど逗留しておられ、連歌や蹴鞠を家臣に伝授していただいております。歳のほどは某と変わりませぬが、公家とは思えぬほど気さくで付き合いやすい御仁ですな。このようなことを口にするのはよくはないですが、昔に畿内で公家と言葉を交わしたことがございます。そのときには所詮は鄙の者と邪険にされましたが、奴と山科卿を図らずとも公家としての在り方を比べてしまいますな。

 少なくとも山科卿は戦国の習いに順応した公家の生き方で以て帝を支えるために奮戦していると見えます」

「随分と高評価だな」

「頭の切れる御仁は対応が楽ですので。口数少なに察する山科卿はとても付き合いやすいですな」

「あぁ……、口下手だもんなお前さん」


 俺とはよく喋るんだがなぁ。孫三郎曰く、口数が少なすぎる上にいつも仏頂面だから家臣がよくビビってるって言ってたわ。織田信長も結論を急ぐタイプだったって聞くし、これも血筋かね。


「塚原殿については?」

「卜伝殿は文月に弟子たちと尾張を訪れた後、伊勢、近江を抜けて畿内に入り、京の有様をご覧になったそうです。京の知り合いを見舞った後、畿内の諸将には付き合いきれぬとトンボ返りで先日尾張に戻られました。

 詳しくは卜伝殿からお聞きになられるのがよろしいかと。彼も十川様との会談を楽しみにしておられましたので。何やら四倍までは極めたと言っておられました」

「へぇ……」


 四倍って、勝幡の俺の屋敷で見せてくれたあのクソ速い斬撃を一瞬で四回出せるようになったってことか? 俺よりよっぽど人間やめてるじゃんアイツ。



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