おつかれんじ
「こいつは便利な道具っすね」
「木地師なり番匠なりに構造を教えて量産してもらえ。別に真似られようと俺は困らんからな」
物珍しさで村の連中がリヤカーを弄り倒している中、俺は隅に寄せられたテーブルで厨番に頼んだコーヒーを啜っている。本当に温度差がひどすぎて頭痛がする。
そんな不機嫌な顔をしている俺に喋りかけてきたのは志能便の一人である駄衛門。元は懐に入り込んで情報を得る役をしていたからか、志能便の中でも妙に話しやすい男だ。
「それにしても、よくこれほどの物を集められましたね」
「相応に銭は使ったがな。あとは明日の朝に新鮮な食材を持ってくるだけだ。お前さんは朝一で牧場に水鳥の肉を取りに行ってくれ、数は黙阿弥に既に伝えてある」
「御意に」
軽く頭を下げて厨房に向かう駄衛門。おそらく酒でも貰いに行くんだろう。
リヤカーを見てまだまだ騒ぐ連中に、俺ははぁ、と一つ嘆息し。パンパンと手を鳴らて注目を集める。
「そろそろ解散せよ。明日に向けての積み込みが控えている。夜回り番のそろそろ交代の刻限だろう」
「あ! そうでした。行くぞ五助!」
俺の言葉で数人が屋敷を飛び出していく。
彼らは雇用の一環としてギルドの依頼でスリーマンセルを組ませ、夜の村内を定期巡回させる自警兵。この村が豊かであると近隣には知られているからな、ときおりおかしな考えをもって村に侵入してくる人間がいるので彼らには抑止力になってもらっている。
自警兵の装備はさすまたと脇差、百均のランプに緊急用の笛。ランプは道々にガーデンライトを挿しているからあまり必要ではないんだけどな。
一生懸命にリヤカーへ積み込みをしている自来也や志能便の面々を見つつ、ノンアルコールビールを飲んでいると、厨房から戻った駄衛門が俺に皿を差し出してきた。
「つまみか」
「ええ、蓮根のきんぴらです。一口いかがです?」
「少し貰おうか」
駄衛門から差し出された箸を使い、五ミリほどの輪切りにされた蓮根を齧る。砂糖と醤油がいい塩梅で実に美味い。
「美味いな。今日の厨は誰だったか」
「静です。源八の妹の」
「ああ、あの娘か。あとで褒美に銭を一枚やっといてくれ」
駄衛門が承知しましたと言ってきんぴらをむんずと箸で大きく掴んで口いっぱいに頬張る。突然の行動に俺は唖然とした。
「おいおい、とんでもない食い方をするな、お前は」
「御使い様。とんでもないなんてことはございません。これが正しいのです」
「正しいだと? 確かに食事のとり方など各々に任せるが」
「違いますよ。このように食いものを口いっぱいに含むなど以前はできません出来ませんでした。ですが、今はできる。これが贅沢、人である証拠。
我々は御使い様に人にしていただきました。しかし、その御使い様が倒れられては我々は困ってしまいます。酒はそこまでにしてお休みいただけませんか?」
……遠回しに酷い顔をしていると言いたいのか駄衛門は。
「そんなにひどい顔か」
「それはもう、臓腑を抜かれた死人のようで」
「さようか。なら休むか、明日も早い」
「それがよろしいかと、御使い様の健康を願わぬものなどこの村にはおりませぬので」
駄衛門のおべっかを聞き流しながら、リヤカーの積み込みでパズルをしている面々に後は頼んだと告げて、俺は二階の自室に向かった。
◇
翌朝。窓辺から入り込んだ寒気に目が覚める。窓代わりの木戸をずらし、外を見ると薄っすらと雪が積もっている。真夜中に多少降ったらしい。
部屋着を一枚羽織って階下の酒場に降りていくと、そこには既に仕事を求めた村人たちで溢れていた。仕方ないよな、この時代の人間の起床時間は三時とかだし。おはよう諸君と俺が声をかけると皆が皆、笑顔で挨拶を返してくれる。
外の井戸で顔を洗って酒場に戻り、時間が時間なのでまったく活用されていないテーブルに腰を掛けて、俺の指示を待っていた給仕係にスープを持ってくるように頼む。
大して待たずに届けられた木椀入りのスープを啜りつつ、酒場に置かれたままのリヤカーたちを見る。見事に積み込まれ、麻縄できっちり固定された荷物の山に、俺は一種の感動を覚えた。俺はこんな綺麗に詰めない。
「兄御、積み込みは完了しています」
「ご苦労さん。今日はあっちで一泊する予定だ。何か問題が起こったら乙名の白太と相談して解決するように」
「はっ、命に代えましても」
自来也の忠誠が重いんだよなぁ。愛想笑いで誤魔化して、リヤカーに積まれた物の最終確認をしていく。昨夜部屋に帰る前に指示していた通りに二つだけ空荷のままにしてくれている。
まず一台目と二台目。これには調理に使用する道具が載っている。ツーバーナーのアウトドアガスコンロに折りたたみのテーブル、それを四セット。人数がいるだろうから何かあったときように多めに持っていく。地味にコンロの風防なんかもスペースをとるんだよな。
次いで三台目と四台目。三台目には山盛りのベビー服、四台目にはベビーベッドを分解した状態で積載して上から三台目に収まらなかったベビー服を無理やり載せている。
五台目は古着屋で買いそろえた洋服や靴下に靴、六台目はサッカーボールやビブスなどの遊び道具。七台目には勝幡の屋敷に置きっぱなしにするガスコンロや保存食の山を、八台目にはそれ以外のリヤカーで詰めなかったものが混載になっている。
本当、俺が関わらなくてよかったわ。積み込み担当してくれた人に銭あげとこう。
「素晴らしい積み込みだ。俺は最後の二台に積む食材を天上の国から持参する、自来也は積み込み担当者に銭を配っておいてやってくれ」
「承知しました。ついでに織田の兵と同行する村民に召集をかけておきます」
「よきにはからえ」
さぁ、いよいよ宴会だ。まずは美味しい魚を仕入れないとな!




