注目の的
二〇二二年(令和四年) 六月上旬 十川邸 十川廉次
ジャンヌと俺は夜通し言葉を交わした。会話の内容は婆さんのことばかりで、俺の知らない婆さん、ジャンヌの知らない婆さんを互いに教え合い、気づくと日が昇っていた。
顔を洗ったジャンヌは俺の作った朝食を食べ、骨董堂えるめすへと帰宅した。今日は身内だけの食事会をするらしい。俺も誘われたが、まぁ断るよな。
徹夜した分を昼寝で補い、起きたのは午後四時。近所の子供が田んぼで遊んでいる声で目が覚めた。どうして子供の叫び声というのは耳に刺さるのか。
Tシャツの間から腕を差し込んで背中を掻きながら、喉の潤いを求めて冷蔵庫の麦茶を取り出す。紙コップにトポトポと薄茶色の液体を注いで一気飲み、冷たい感覚が口から食道を通る。夏しか味わえない最高の感覚を味わい、資料の散らばる居間のフロアの上で寝転がる。
「俺、最近働きすぎでは?」
不意に頭をよぎる真実。戦国時代でのギルド立ち上げから天神銭の増産、冬に入ったら仕事の目減りで食い詰め者が出ないように雇用を生み出し、挙句には織田家宴会のレクリエーションまで考えてる。どこからどう見ても働きすぎだ。ガッデム。
決めた。今日から明日から三日間は完全休暇とする。何にもしないぞ俺は!
まずはお気に入りのラーメン屋に行って、この前出たはずの新作ゲームを買って、それからそれから――――。
そこに無慈悲な通知音。俺のスマホが鳴っている。とても嫌な予感がする。良い予感は外れるが悪い時間は当たるもんだ。スマホを確認すると、通知名は爺。ほら来た。諦めて受話する。
「もし」
『なんでぇ、やけに意気消沈してるな』
「俺の用事がないのに爺から電話がかかってくるってことは面倒ごとだからな」
『おう、喜べ。お前の持ってきた刀、あれがどこぞの美術館のお偉いさんの目についちまったらしくてな。情報提供を強要してきたんでひと悶着あったんだわ。
一旦は引いたが、商店街で熱心に聞き込みしてやがるらしいからよ。なるべく商店街に近づくな、駅前もヤバいからそっちも駄目だ』
……俺のお気に入りのラーメン屋は商店街の中にあり、付近のゲーム屋は駅前にしかない。
「……大体いつまで我慢すればいいんだ?」
『さてな、どの程度の奴が動いてるかによる。国の手下ならしばらくは引き下がらんぞ。終わったら連絡する』
俺は頭を抱えて、分かったとしか返すことができなかった。
一五二八年(享禄元年) 十二月中旬 尾張国天神村 十川廉次
「あれ。兄御お疲れですか?」
「あぁ、自来也。倉から道具全部出しとけ……」
結局、爺の連絡が来ることはなく、だからと言って遠出する気分にも到底ならなかったので三日間家で寝て過ごした。働かないと決めたからには意地でも婆さんのノートや天神伝のまとめをするつもりはなかったからな、たまっていたドラマや漫画を消化することにした。
娯楽を消費しているときほど無為に時間が過ぎていくもので、食っちゃ寝を繰り返しながら居間でゴロゴロとしていたら、あっという間に三日が過ぎてしまった。その間に配送でリヤカーや赤ちゃんへのプレゼント、織田家家中にくれてやる洋服や靴が揃い、あとは食材だけとなったので戦国時代の時間を進めるためタイムトラベルしてきた。
こちらは十八時過ぎぐらいか。周囲はすでに暗く、屋敷の裏口から入った俺を酒場の喧騒が歓迎してくれている。俺の指示をいつでも聞けるように自来也が裏口の横で待機していたので指示を出してリヤカーなどを運ばせた。
量が量なので倉から運び出したものは酒場の中のテーブルを端に寄せて、スペースを広くとって陳列された。そう、見せびらかすのではなく積み込み作業があるのだ。俺は倉ことガレージに雑に突っ込んだだけだからな。
自来也や村に常駐している志能便の駄衛門、菊之助、利平、十三郎、力丸の六名がひっきりなしに倉と酒場を行ったり来たりして持ち込んだものを床に敷いたブルーシートの上に並べていく。
うーん、改めてみるととんでもない量だ。
「十川様、この箱はいったいなんです?」
いつも熱燗を頼む村の男がリヤカーを指さして俺に尋ねる。
村の人間はわからないことがあれば俺に聞くことが多い、知識欲が育っている証拠だ。
「こいつはリヤカー、簡潔に言えば楽に大量の荷物を運べる道具だ。清、琴、菊、箱部分に乗ってみなさい」
『はーい』
村の女衆が三人を抱えてリヤカーの箱部分に載せる。俺が引き手を握ってグッと動いてみる。流石に女児三人程度なら余裕で動かせるな。
「こんな感じだ。やりたい奴は好きにしな」
俺の言葉に、村の連中はリヤカーに群がった。見たこともない品はなんであろうと注目の的になるらしい。




