ジャンヌ
二〇二二年(令和四年) 六月頭 十川邸 十川廉次
時刻は十九時を少し回ったところ。俺の目の前には金糸の髪を揺らしながら日本茶を啜る外人が一人。
最初の挨拶を交わしたときに滑らかな日本語でジャンヌ・安藤と名乗ってもらったが、婆さんにこんな美人で若い女性の知り合いがいるとは思えなかった。
とりあえず、仏壇を置いてある和室にて応対をし、ジャンヌさんが日本茶を飲み干すのを待つ。……気まずい。
「君は今、幸せかな?」
「はぁ……?」
なんかいきなり宗教勧誘みたいなこと言ってるってこの人。爺の頼みだから相手しているけど家からもう叩き出したいくらいなんですけど!
「君は今、幸せかな?」
「botかオメー」
はっ! 思わず辛辣に突っ込んでしまった。いかんいかん、これでも婆さんと爺の知り合いなんだ。大人になれ、十川廉次よ!
「あー、それでお姉さんとウチの婆さんはどのようなご関係で? えるめすの爺ともお知り合いみたいですけど」
「うーん。わからないかな? ちょっと考えればピンとくると思うのだけれど」
「婆さんはともかく、爺とお姉さんの年齢差で知り合いってもう事案だよ」
またやってしまった。俺の発言に彼女は困ったように微笑む。ジャンヌさんはなんだか婆さんに雰囲気が似ているから口が滑ってしまうな。
それにしても、ジャンヌさんは見た目二十代、八十過ぎの爺と仲良くやるには、ちいとばかし歳が離れすぎている。そういう感想が出てきてしまってもしょうがない、うん、俺は悪くない。
「本当にわからないかな」
「いやぁ、さっぱりさっぱり……」
唐突にフラッシュバック。金庫の番号。一四三一。ジャンヌ。
まさか……。
「アナタはジャンヌ」
「ええ、そうですよ」
「婆さんの知り合い」
「知り合いというか、恩人ですね」
「……アナタ、御歳は?」
ジャンヌさんは俺の言葉にクスリと笑い。
「七十九歳って言ったら、信じる?」
思わず力任せに和室の座卓を叩いて立ち上がる。到底信じられない話だった。だが、前例はある。俺自身だ。
婆さんの遺したノートに書かれていた情報にあった一つ。タイムトラベル中は歳をとらない。ジャンヌさんはどう見ても七十九歳の見た目じゃない、小皺もなければほうれい線も見当たらない、若年のコーカソイド系の人種だ。
心臓が高鳴る、まさか、まさか。
「本物のジャンヌ・ダルク」
「はい、正解です。もうちょっと早くに勘づいてほしかったかな」
「無茶言うな」
もはや取り繕うこともやめて、俺は再び和室の畳の上に腰を下ろす。
はぁ、と深く溜息をつく俺を見て、ジャンヌさんはコロコロを鈴を鳴らすような声で笑いながら、携行品のビジネス鞄から薄い何かを取り出した。
よく見るとそれはノートだった。それは凄く見覚えのある字でアラビア数字の三が大きく書かれているノートだ。間違いない、婆さんのものだ。
「これ、久さんから」
「どうして、ジャンヌさんがこれを?」
「なんでだと思う?」
「質問に質問で返さないでください。
……婆さんに対して、決して裏切らない人物に託したかった情報が詰まっているから。違いますか」
「正解。中身はあとで見てね。先に私の自己紹介からさせて」
ジャンヌさんはスクッと立ち上がり、右手を胸元に当てながら高らかに名乗る。
「我が名はジャンヌ・ダルク。一四三一年の折、十川久様に命を救われしもの。大恩ある恩人の令孫にこの命を賭して報いることを誓いましょう」
おお、顔がいいから大袈裟な動きがよく似合う。
中世の騎士の誓いってこんな感じだったのかな。ジャンヌ・ダルクはその騎士をブチのめして回った側だけど。
「そいつはどうも。詳しく聞きたいこともあるんだけど、先に聞いてもいいか?」
「なんでしょうか」
「えるめすの爺との関係は?」
問いの答えに、俺は先ほどまでのことなどどうでもいいほどの衝撃を受けた。
「骨董堂えるめすの店主、安藤丈二は私の夫でございます」




