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大人げないから釣れないのでは

 一五二八年(大永八年) 五月末 尾張国 十川廉次


 社の北側には小さくはない川が流れている。俺の住んでいる社のある山は低山で流れも緩やかなので、今までも暇つぶしに釣りに興じてきたことがあったが全て坊主、一匹も釣れたことがない。それはなぜか! 竿が悪かったからだ! 故に現代の技術を全てつぎ込んでいる高級竿で川の魚を根こそぎ釣ってくれるわ!


「あっ! つれたー!」


 ガキンチョ集団の年長、菊が二匹目の鰻を釣った。


「アタシもアタシもー」


 ガキンチョ集団一の泣き虫、琴も三匹目の鰻を釣ったな。


「アタイもー」


 ガキンチョ集団で一番元気な清も鮎を釣ったな、大金星だ。


「俺も釣れたぞ! 七匹目だ!」


 年長でも六歳の集団に混じったこの時代では成人扱いの孫三郎も七匹目の鰻を釣りやがった。これでアイツがトップスコアだ。


 ……キレそう。川には俺と自来也、それにガキンチョ六人組に加えて、織田信光こと孫三郎の合計九名でやってきているが、見事に俺だけ坊主。しかも、俺以外の奴らは百円均一で売っているちょい投げ用の竿、俺の竿とは数百倍の値段差があるのに! ちくしょう!



 陽も高くなってきたので帰宅時間になってしまった。またまた俺だけ坊主だ、俺と最下位争いをしていた自来也も一匹釣っているのに。

 ガキンチョたちに慰められながら社に帰る、ミチミチに魚の詰まったクーラーボックスを自来也が担ぎながら孫三郎と何やら話しているが荒み切った俺の耳には何も届かないわ。

 

「廉の兄御、今日の夕食はこの魚をお使いに?」


 社までもう少しといったところで自来也が俺に聞いてきた。なんでも喜んで食う自来也が飯のことを聞くなんて珍しい。それにしても兄御はやめてほしい、輩みたいだ。

 俺は顎に手を当てながら、冷静にクーラーボックスの中身について考える。鰻がうじゃうじゃ、三十匹ぐらいか。その他は鮎が三匹。鮎は焚火で炙って塩焼きにして、他のおかずは何にしようかな……。いや、自来也は献立を聞いてきたわけじゃないわ。


「釣れたのはほとんどが鰻、それ以外は鮎が三匹だろ? 鰻は泥抜きしないといけないから今日は無理だ」


 ガキンチョたちから「ええーっ」と非難の声がとんでくる。美味しく食べられないからしゃーないだろ。

 何故急にそんなことを聞いてきたのかを自来也に尋ねると、代わりに孫三郎が答えた。


「いやな? 兄者が天神の御使いに会いに来ると言うので食事はどうするかと思うてな」


 いきなり何言ってんだこのアホ。もしかしてこの魚たちを使って歓待しろってか?


「来るっていつだよ」


「明日の早い時間だ。政務の空きがその時しかないらしくてな、物の融通に感謝の意を述べたいと直々においでになるそうだ」


 あ、ダメだ。俺の右手がゲンコツの準備をし始めてる。


「それを伝えに馬をとばして来たのだが、釣りが楽しくていうのを忘れてしもうていた。すまんすまん」


「おバカー!!」


 グーじゃなくて手刀に変えてぶん殴ったのは、自分のことをほめていいと思う。



 孫三郎はあまりにも帰りが遅かったことを心配して社まで登ってきていた傅役の林八郎左衛門にしっかり絞られて下山していった。八郎左衛門たちお付きの者にはすぐに戻ると言って待機させていたらしい。それ自体はうちのガキンチョたちのためであるからありがたくはあるが、それにしても伝言を忘れて遊ぶのはダメだろ。


「ガキンチョたちは落ち着いたか?」


「ええ、とはいっても以前のように泣き出すわけではないですから楽になりました」


 社の前で飲んでいると飯も食って落ち着いたガキンチョたちを寝かしつけた自来也が疲れた表情で戻ってきた。

 出会ったころのガキンチョたちは大人と顔を合わせると泣き出してしまうほど大人が苦手だった。野盗に襲われたときのことがトラウマでフラッシュバックしてしまうのだろうと自来也は言っていたな。

 じゃあなんで俺には怯えないのかと聞いたら、身なりが結びつかないからであろうと自来也は推測した。俺はなるほどと思ったよ、私服だとTシャツにジーンズだし、正装だと白い学生服だもんな。この時代の人物とは結びつかないってのが警戒されなかった大きな要因であるのは間違いないな。


「ところで明日はどうなさるので?」


「適当に茶を出して礼は受け取ったぞ、じゃ! ダメか?」


「論ずるに値しませんね」


 自来也先生の厳しい採点が俺を襲う。

 孫三郎から受け取った文には謝辞の他にこちらを訪ねてくる人数と礼の品の目録が記載されていた。遠回しに歓待しろよって言われてるなこれ。

 つか、厚かましくない? 勝手に来て歓迎しろって。


「武士とはそういうものです」


 実感の籠った自来也の発言に閉口する。やっぱ封建制ってクソだわ。

 実際の問題として奴さんたちをどうやって接待すりゃいいのかねぇ。自来也に聞いてみる。


「兄御のお好きになさればよいのでは? 神の使徒であられる兄御と地方領主の織田家首領で格が吊り合っているとは思えません。正直、昨日の今日で来訪しますは舐め腐ってるとしか言えません」


 自来也の正論パンチがあったこともない信秀を襲う!

 まぁ、実際に会ってみてからじゃないと信秀がどんな人間か判断できないしなぁ。織田信長もせっかちだったってよく聞くし、そういう性分なら少しは譲ってやるのが現代人のゆとりってもんじゃないか。



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