金の匂いってのはわかるやつにはわかるらしい
二〇二二年(令和四年) 四月 愛知県 十川宅 十川廉次
「一四三一……。お、キタキタキタキタキタ!」
開いた! 時間にして百分くらいか? ノートパソコンに数字を打ち込みながらやったから思ったより時間がかかったわ。時間が余っているフリーターでよかったよかった。
金庫のノブを回して中を確認すると、そこにはまたしても三十枚つづりのノートが。開いて書いてあることを読み込んでいく。
「婆さん、仕様書は一つにまとめてくれよ……」
ノートに記載されていたのはタイムトラベルする場所を変更する方法だった。そりゃ変更できるよな、離れができる前はどこから移動してたんだって話だし。
場所変更の手順は、ノートによると離れの中にマーキングされた石、聖気石と言うらしい物が床下にあるらしいので、それを茜で真っ赤に染める。その後に茜に染まった石を持ったまま変更したい場所に安置して時間移動の祝詞を唱える。すると石が消えるので場所変更が完了するとのこと。オカルトすぎないか?
注意点として、変更後はその時代で季節が一回りするまで再度の変更ができないこと。できるようになったら石が再び生成されるので探すようにと書いてある。あまり大きな家屋を転移する場所にすると大変だぞ、とカワイクナイウサギモドキのイラストとともに注釈されているが、もうちょっと条件を詰めて書いてほしかったな。
「ともかく、拠点問題はどうにかなったし、次は品物の調達だな……」
数多い注文品の塩なんて計算したらトン超えるんだが、果たして俺は運びきれるのだろうか。
死んじゃう。そう思った。
注文された品物を離れに置いてはタイムトラベルし、現地にブルーシートを置いて保管を繰り返すことこちらの時間で十日、ようやっと運び終わった。あちらには自来也達がいるからともかく、こちらでは俺一人なので酷使された俺の身体はもう限界である。
そんなわけで、中身が心もとなくなってきた財布を手にお出かけで心を癒すぞい!
「じゃから、教えられるわけなかろうがい! 客商売を舐めとるんか貴様ァ!」
流行りの映画を堪能して、昼食目当てに地元の商店街の食堂へ向かうところで、そういえば≪えるめす≫の爺に礼をしてなかったなと思いだした。
爺の確かな目利きと忠告がなければ今頃は変な奴が家に訪ねてきて面倒なことになってたかも知れないし、いっちょケーキでももって遊びに行こうと骨董品店えるめすへ訪れたところ。なにやら爺が大声を出して怒鳴っているではないか。いや、怒鳴ってるのはいつもなんだがキレるにも程度がある。今回はガチギレのそれだ。
有名なケーキ屋の綺麗な箱を両手で抱え込んで店内を覗き見る。中には爺と黒服の男が二人が。パリッとアイロンがけされたスーツで明らかに只者じゃないな。
何で揉めてるか知らんが、割って入ったら奴さんら帰るか? 怒鳴りっぱなしじゃ血圧上がって爺がおっちんじまうや。
あ、爺がちらっと俺のほうを見た。目で入ってくるなっていってら、コイツは俺が巻き込まれると面倒になる話ってことか。しゃーない、先に飯食ってくるか。
「アイツらは成金のカスの手下だ」
うわ、ひでぇいいよう。
商店街の食堂でこの前食べることができなかったかき揚げ丼を腹いっぱい食べた後、えるめすへ再び戻ってくると例の黒服連中は既に去ったようで、店内には機嫌の悪い爺と以前に会った佐那と呼ばれた女性が何やら相談しているところだった。
入口からその光景を見て、面倒くさそうなのでもう寄らずに帰ろうかとしていると、目ざとい爺にその姿を発見され、お茶に誘われたのでしぶしぶ付き合っていると出るわ出るわ暴言の嵐。
なにやら奴さんらは俺の売却した刀、大野木のくれたやつな、それを見てかなりの品だと見抜いたらしく、他にも存在するのかと爺のところに押しかけてきたとのこと。
「眼だけは本物らしくてな、あの刀が打っただけの飾りじゃなく何人もの血を吸った本物だって理解したみてぇでな。それで他にもないのかって手下を顎で使ってここまで来たってのよ」
「へぇ……。そんなことわかるもんなんだな」
能天気な俺の発言に爺が呆れて嘆息し、人差し指を俺の眼前に突きつける。
「たりめぇだ。刀を戦場で使い、血を拭うまでにどれほどかかると思う。刀身はともかく、拵えなんかについた血は乾いた後じゃ取り切れねぇ。下っ端の前線に出る侍なら特にな」
ほう、大野木の奴は祐筆だって言ってたが戦場に出ることがあったのか。戦国の習いは知らねぇが大した奴じゃないか。今度美味しいもんでも食わせてやろう。
そんなことをフワフワと考えていると、爺が大きな咳払いをして俺の意識を引き戻す。
「ともかく! これでわかったろ、テメェがどこでブツを仕入れてるかは知らねぇがここ以外に持ってくるんじゃないぞ。成金野郎のことだ、最悪の場合拷問してでも聞き出すかもしれねぇ」
ここは法治国家なんですが。
俺の言いたげなことを理解したように、爺は大きなため息をつきながら。
「力を持った奴ほど自分を特別視するもんだ。いいか、力ってのは膨らませることはできるが容量ってのは変わらねぇ。圧力でいろんな形に変化はするが最後には破裂する。盛者必衰の理ってやつだ」
平家物語か。俺が遊んでるのは室町時代なんだよなぁ。