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一五二八年の異物

 一五二八年(大永八年) 四月 尾張国勝幡城


 勝幡城の評定の間にて、城主である織田弾正忠信定を上座に置き、左右に車座になって月代頭の男たち十一人がズラリと胡坐のまま座っている。

 険しい表情をした壮年の男性、河村九郎大夫慶満が眉間をガリガリと掻きながら車座の中心にある黒い布に覆いかぶされた物を睨みつけて口を開く。


「弾正忠様、御説明いただけるのでしょうな?」


「おう、全員揃ったらな。源左衛門がもうすぐ登城するからしばし待て」


 快闊とした笑みを浮かべた信定に毒気を抜かれるように慶満は視線を上にやった。それと同時に評定の間に向けてドタドタと慌ただしい音が近づいてくる。


「来たか」


 信定の右に陣取っている嫡子の織田三郎信秀がボツリと零す。自ずと皆の視線は評定の間の入り口に向かった。


「遅参もうしわけありませぬ!」


 バタバタと入室してきたのは大橋源左衛門重一。ふくよかな身体を揺らしながら愛嬌のある笑みを浮かべて上座の信定に向かって頭を垂れた。


「やめよ源左衛門。織田弾正忠家の当主は既に三郎だ、頭を下げる相手が違う」


「あいや失礼しました。そうでございました。申し訳ございませぬ、若様」


 信秀へと頭を下げなおす重一。信秀は眉をピクリと一瞬動かしたが、ひどく落ち着いた声色で。


「許す。だが若様はやめよ」


 ははーっと大げさな振りをして流れるように車座に加わる重一。そんな重一の様子に信秀の横に座っている信光は大きく嘆息をすると。


「遊びはもういいか? 重要な話なんだが」


 少し苛立った棘のある口調で信光が言葉を紡ぐと、評定の間の空気が一気に引き締まった。

 信光はゴホンと咳払いをして、会話の主導権を父親である信定に視線で譲った。


「まず、この話はここにいる者だけの内密な話にしてもらいたい。既に知ってしまった者には口止めをしているほどの重要な話だ。

 一手間違えれば今川の侵攻を招くやもしれぬ。それだけは心得てくれ」


 参加している面々が静かに頷く。それを確認すると、信定は中心にあった黒い布を取り払う。隠されていた物を見た何も知らない参加者たちの表情が驚愕に歪む。

 布の下にあったのは木笊いっぱいに盛られた干し椎茸の山、弁当箱サイズの木箱に収められた角砂糖、色付けされたガラス瓶に詰められたウイスキー。人生の中で見たこともない品々を目にした人物が取る行動は一つ。


「これは一体!? 弾正忠様!」


 いの一番に口を開いたのは慶満だった。津島神社禰宜家である彼は港に入ってくる品物を目にすることが多い。それ故に一目見た物の美しさや価値を一瞬で判別できたのだ。


「……干した椎茸ですか。木箱のものは塩ではなく砂糖。色付きの容器は噂に聞く玻璃の器ですかな」


「流石の目利きだな源左衛門。そうだ、我らの財布では賄うことなど土台無理な品々だ。

 玄蕃允、誰からの贈り物だと思う?」


 玄蕃允と呼ばれた髭を蓄えたこの時代でも大柄の男、織田玄蕃允秀敏。信定の弟でもある彼は鋭い目つきでウムウムと悩みこみ、数瞬の後に一言。


「わかりませんな」


「はっはっは! だろうな!」


 楽し気な笑みを浮かべた信定はジロリと車座の面々を見まわして。


「こいつは天神様の使者殿からの贈り物だ」


 家臣たちの訝し気な視線に、現当主の信秀は胃が痛む感覚を覚えた。







 一五二八年(大永八年) 四月 尾張国 十川廉次


 孫三郎襲撃事件から一週間が経った。あれから変わったことはなく、穏やかな戦国時代山中スローライフを満喫している。実際は電化製品がポータブルバッテリー頼りなので、ソーラー充電で間に合わない機材の充電をするために家にはちょくちょく帰宅しているんだけどね。あれだ、徒歩二分のキャンプ場みたいな感覚。

 今やっているのは燻製。近所の人がもう使わないからとくれた結構大きく立派なスモーカーを使って試してみる。

 スモーカー内部の二層式の網に事前に用意しておいたスペアリブを並べていく。この段階に至るまでに大変だったんだこれが。まずスペアリブをソミュール液と呼ばれる調味液に漬けて一日、さらに塩抜きで一日、それから風で乾燥させ一時間。時間が余っているからこそできる贅沢だよなぁ。


 スモーカーの下部にあるチップボックスに桜のチップを入れ、スモーカーの外から風防付きガスバーナーで加熱開始。あとは時折様子を見ながら調節して二時間ほど待つだけだ。

 中天の日差しが眩しいので社の前のスモークゾーンから社の屋根の日陰に避難。スマホでタイマーセットして買ってきていた小説の続きを読む体制に。


「おーい! 十川ォ!」


 好事魔多し。一週間前に聞いたクソガキの声が聞こえる。

 社に立てこもって居留守を決め込もうにもスペアリブの燻製中なのでこの場を離れることはできないし。嫌らしいタイミングで訪れてくれるな、あのガキは。

 渋い顔を作っていると件のクソガキは社正面の辛うじて整備された山道を登り切って、俺の顔を見ると笑顔を見せてきた。

 

「ああ、おるわおるわ! 暇なのかお前!」


「暇じゃねぇよ、ぶっ殺すぞテメェ」


「カッカッカ! そういうな、土産を持ってきたから歓迎してくれや」


 孫三郎はからからと笑いながら右手に持った風呂敷包みを俺に見せつける。そのままスモーカーに近づき、不思議そうにスモーカーの周りをぐるりと回る。


「こいつはなんだ?」


「下手に触るなよ。火傷するぞ」


「下にあるのは……。凄いな! 薪もないのに燃えている!」


「あー! ちょっと落ち着け!」



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