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残したもの

 二〇二二年(令和四年) 四月十日 愛知県 十川宅 十川廉次


 婆さんが死んだ。八十歳での老衰だった。

 昨日、婆さんの葬式が執り行われ、近所の仲の良かった爺さん婆さん達が参列者として参加してくれた。葬式の後の精進落としで、次は俺かもなガハハと隣の家の爺さんが笑っていたが冗談じゃすまなさそうなのが笑えない。

 家は俺と婆さん二人暮らしだったので、頑張ってお婆さんの分も家を守ってねとはす向かいの久地川さんが泣きながら応援してくれたことが印象によく残っている。

 周りの人から見ると俺はこの家を引き継いで守っていくことが決定事項のようだ。二十四歳にもなって定職にもつかずにフラフラしていたら当たり前か。

 婆さんの見送りが終わり、クタクタになりながら帰宅したこの家は一人で暮らすには大きすぎる六LDKの離れと納屋と蔵付き。田舎の地主特有の管理することなんて考えていない巨大な家屋である。

 大きな家持ちだからと言って裕福というわけではなく、むしろ俺たちは貧困に喘いでいた側だ。田圃や畑を貸し出して金はもらっているが、それも年に数百万程度の収入にしかならない。年金暮らしの婆さんとプータローの俺の日雇いバイトでは日々生きていくだけで精一杯だった。


「何も残せなくてごめんね、廉次」


 婆さんは消えそうな命の灯を揺らめかせながら最期に俺に謝った。

 そんなことはないのに。ガキの頃にクソ親どもが心中して、親戚に盥回しにされそうになったとき、俺を無理やり引き取ってくれた婆さんに感謝すれども恨むことなんてあるわけないだろうに。

 畳敷きの八畳の和室から起き上がり、ボロボロのスニーカーで勝手口から蔵に向かう。蔵には入ったことはないが何か金目の物があるはずだ。なんとしても見つけ出してやる。

 婆さんが何も残してないなんてことはないと、俺が証明してやるよ婆さん。



 蔵の金属製の引き戸を開ける。錆びているせいかいやに重い。

 蔵の中は真っ暗闇で埃っぽい空間だった。頭に巻いていたタオルを口元に巻きなおしてマスク代わりにする。いやはや、天窓もないので全く見えない。スマホの頼りないライトで中身を物色していく。

 変色した古い書籍、錆びたボロボロの刀、メッキの盃、エトセトラエトセトラ。余りにも古すぎて歴史的価値があるかもわからない代物ばかりだ。今度知り合いの古物商の爺さんに見てもらおうかと考えていると、そう広くはない蔵の奥に鎮座する大きな金庫を見つけた。型落ち品ではあるが新しめのそれは明らかに重要物品が仕舞われているであろうサイズだ。簡単に言うと俺では持てなさそうなビッグサイズ。

 鍵ではなくボタンをプッシュして開けるタイプの金庫であるそれに近付くと、天板の上に何かが書かれている。


『最愛の人の産まれた日で開く』


 黒い金庫の天板に目立つよう白い塗料で刻まれているその文言は誰に向けて書かれたのだろうか。

 左手にスマホを持って右手でボタンを操作する。一、二、一、二、そしてエンターを押す。十二月十二日が爺の誕生日だった気がする。俺が産まれる前に死んで会ったことさえないが。これは違うらしい。

 続けてクソ親父の誕生日を入力する、これもダメ。次は俺の誕生日、こちらもダメだ。ちょっとショック。婆さん、クソ母親の誕生日も入力するが全滅。うーん、思いつかない。

 足の悪かった婆さんに俺に黙って不倫なんて出来るわけもなし。業者に頼んで壊してもらうか? でも金庫に何もなかったら大赤字だしなぁ。


「最愛の人の誕生日か……」


 ……もしかして、四桁じゃないとか? ボタンを押せるが何を押したかは表示されないし、銀行のパスコードとかの先入観で四桁だと思っていたけど全然桁数が違えば開かないよな。俺以外の生年月日まで詳しく覚えていないので、とりあえず自分のものを入力する。一、九、九、九、零、七、零、六、エンター。

 ガチャリと金庫から音が鳴り、金庫の扉についているノブが少し下がる。どうやら開いたようだ。


 正直、もうこの時点で俺は満足していた。婆さんが俺のことを愛していてくれたのだと再認識できたので金庫の中身なんてどうでもよくなっていたのだ。

 それでも、一応中身だけは見ておこうと金庫のノブを引いて検分する。中にあったのは一冊の大学ノート、それとベビーパウダー用の缶らしきものの山。スマホのライトだけでは見にくいのでノートと缶を一つだけ持って母屋に戻る。


 母屋に戻り、時計を確認すると時刻は十七時。そろそろ食事を作らないとなと思考しながら八畳の畳敷きの和室でゴロリと横になりながらノートを開く。婆さんがいたら埃が舞うから先に風呂にはいれと怒るだろうか。怒るだろうな。

 自分の生み出した思い出に笑いながらノートに目を落とす。そこに刻まれた文字は「時を越える魔術」。


「何も残してないって言ってたけど、これはないんじゃないか婆さん」


 俺の苦情の声は大きな家の空間に溶けていった。




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