51話 さよなら
「っ!」
衝撃に目を瞑る。
巨大な風に煽られるも転がることもなく、業火に見舞われることなく終わった。
「……エール」
変わらず、私の目の前には、エールの背があった。
手を伸ばそうとしたら、ぐらりと傾きこちらに倒れてくる。両手を身体の脇にいれ後ろに倒れながらもなんとか支えた。
「エー、っ!」
惨状を理解するには充分だった。
エールの先には前に倒れぴくりともしない男がいる。魔石はどこにも存在なく、喧騒の中、私達にとどめをさそういう輩と退避だという輩で意見が別れ、聞き知った声の勢いに押された後、退避を選ぶまでよく聞こえた。
音が遠いのによく聞こえる。その間、エールから目を逸らせなかった。
「……フラル」
「!」
名を呼んでくれたものの、その後声がでない。急いで治癒をかけた。
「エール!」
治癒をかけても治りにくい。初歩の魔法なんかじゃ意味がない。理を覆す治癒が、クラスの治癒じゃないとだめだ。
「エール」
その後のことはあまりよく覚えていない。
城に向かう間、治癒を扱えるものがエールにずっと付きっきりで、エールは城に戻ってすぐ別室に連れられていった。その間意識は戻らなかった。
「……」
外傷は治癒で治した。あとは自然に回復して目覚めるだろうという。
付きっきりで介抱する医療の人間がつかなくなった夜、私はエールの部屋に入った。当然見張りはいるけど魔石を使えば認識をずらせるから気づかれずに入れる。
「エール」
静かに寝ているけど生きてて息を吐く。
最後にやらなきゃいけない。だからここにきた。
「フィクタ、出てきて」
魔石が光る。
目の前の景色が変わり、かつて話をした小説のフィクタが目の前に現れた。
「やっぱり魔術を仕込んでたの」
「そうじゃなきゃ、どうやって統合すんのよ」
「こう……自然に?」
すっごく嫌な顔された。
「同一人物とは思えない程に馬鹿ね」
「ひどい」
「いいわ。で、やっと一つになる気になったの」
「ええ」
サクに言われたことを考えていた。私がフィクタでフィクタは私。記憶や嗜好は別人のものが影響してるだけ。初めの頃に比べると私はだいぶ小説のフィクタになったと思う。話し方とか立ち振舞いとか。悪役という役割が抜ければフィクタはただのご令嬢だから、推しカプ以外については少し強気な女の子でしかない。
「まあそこまでクリアな思考になってるならいけるわね」
「エールを助けたい。それにはフィクタが必要だから」
「私が持ってった魔術ね。まあこの分じゃ中身ぐちゃぐちゃだもの。全快まで時間かかるわね。ステラモリスを呼べばよかったじゃない」
「私のせいでエールが傷ついたから私が治したい、じゃだめ?」
眉根を寄せた。不快だと言わんばかりに。
「あんたのせいでも私のせいでもないわ」
「知ってる」
余計嫌な顔をした。フィクタが私なら、私がやりたいという思いを分かってくれているはずだ。
「……ふん、ことその男に関しては羨ましいやり直しだったわね」
「エールが?」
「最初の私は誰かに愛されたり、愛したりしなかったもの」
そんなことはない。フィクタが囲んだ集落の子達に関しては小説の中、すなわち一周目においては、好かれていた。双子だって道を誤ったけど慕ってくれてたからあそこまでしてくれていた。
「言わなくていいわよ」
「分かるから?」
「そう」
まあいいわとフィクタはため息を吐いた。私を見て呆れている。
「逃げるの?」
「ええ」
逆に応える私は爽やかだ。やることを決めたからだろう。
「フィクタ、お願い」
「はいはい。まあ統合したところでメインはあんただもの。今とさして変わらないわよ」
「それって、悩むのお前なって言ってるようなもんじゃないですか」
「そういってんのよ。少しは気張りなさい」
「うへえ」
ふん、と高飛車に笑う。さすがフィクタ。
「二度も後悔するんじゃないわよ」
「手厳しい」
「当然よ。私だもの」
そう言って戻ってきてくれた。目の前の景色も変わる。
エールは変わらず眠っていた。あまり時間は経っていない。
「……」
頭にフィクタが把握していた魔術が戻ってきた。これならエールを治せる。
魔石共々自爆した男は外傷は当然だけど、エールの中身まで攻撃していた。簡単に言えば魔法を使う神経みたいなものを引き裂いたというところか。これが傷つくと治りが悪い。時間をかければ治るけど、この事態を招いたのは私だ。だから責任を取る。
「なんてね」
そんなの建前で本音は違う。私はエールが大切だから今すぐ治したいだけだ。
「さよなら、エール」
一通り魔術をかけて治し、聞かれてもいない別れの言葉と約束の魔石を置いて部屋を去った。
あとは時間との勝負。
クラスの治癒なら中身もばっちり治りますが、城レベルだと外傷しか治せません。魔術とはいえ、中身を直せるフィクタって実はすごいんですよね~まあ事象を否定して現実を変える治癒の仕方と、ただ神経を繋げ治すだけの治癒の仕方を比べたらフィクタにとっては前者が最高なものになるんですよ。仕方ない。




