42話 マジア侯爵邸へ訪問
「おお、来たか! この日がずっと待ち遠しかったよ!」
「ええ、御父様。私もです」
「ふふ、今日は屋敷が一段と華やかになるわね。さあ、マーロン侯爵もこちらへ」
「ありがとうございます」
来たくなかったとこだなあ。
私は今、エールと共にマジア侯爵家に来ている。今まで避けに避けてきた場所だ。学院時代は学院寮、城への出向の時も城内のあてがわれた部屋を使っていた。顔を見せることはあっても養子になって泊まりは初めて。
「たとえ一泊でも断ればよかったわ」
「フィクタ、私がいますよ」
「いやエールが泊まる方が問題じゃないの?」
「侯爵夫妻の許しを得てますし」
「だからって」
「別部屋ですよ」
「当然でしょうが」
なぜマジア侯爵家に訪問することになったかというと、ぶっちゃけついでだ。帝都視察の仕事が入ったついで。
帝都視察とはいっても小説のフィクタがやらかしたように酒に毒を入れて市場に出したり、水路に毒を撒いたりなんてことは起きていない。精々治安の悪い所にテコ入れするぐらいだ。
推しカプの一組、第二皇子ヴォックスとユースティーツィア率いる騎士団も現場で協力してくれてるし、第三皇子からの後援もあったから非常にスムーズだった。これって私がやらなくてもいいやつでは?
ともかく、その帝都視察の話が来た時、どこで話を聞いたのかマジア侯爵夫妻がぜひ家にくるようにと言ってきた。一度は断るもめげずにぐいぐい来て、結局私が折れて一泊を了承した流れ。でもエールがついくるなんて聞いてない。
「まあいいわ。仕事中のヴィーてやとユツィたやの姿思い出してにやにやしよ」
「ああ、ユラレ伯爵令嬢の人気はすごかったですものね」
「プレケスの英雄はだてじゃないわ」
小説通りプレケス戦は出現した。国ではなく蛮族が相手だからもあるだろう。その前に大規模な戦争が起きなかったので蛮族たちの規模がだいぶ小さくなっていたけど、小説通りユースティーツィアが一人でプレケスを守りきってしまったので当然英雄になった。
にしても、遅れてプレケスの英雄話がくるなんて物語の修正力すごい。私も死亡フラグに気を付けないと。
特にこの屋敷にいる下働きは一方的に知っている顔ばかりだから尚更だ。小説では全て辞めさせて追い出している面々。小説では当然フィクタに良い感情を抱いてなかった人間もいたし危険だ。きっと私が養子になったことをよく思ってない人間は少なからずいるだろう。気を付けないと。
「……」
「フィクタ?」
出されたお茶と睨めっこしていると、お茶が冷えますよと言われる。このお茶を出してきた侍女は確かフィクタがマジア侯爵夫妻に遅効性の毒をいれ始めたことに気づいていた。だから先駆けてクビにしたはず。なんで貴方が今、私にお茶をいれるの。フラグ回収が今?
素敵な庭でのティータイムが生き死にの剣の上を歩いている感じね。よし、覚悟を決めよう。
「……飲むわ」
「そんな決心固く飲むものではないと思いますが」
こちとら命がけなのよ。逆に毒を盛られてもおかしくないもの。
「侯爵夫妻は席を外してくれたのね」
「食事の時以外は自由にするようにと仰ってましたよ」
「そうだっけ?」
「ええ」
来た時に話していたらしい。残念ながら全然耳に入っていなかった。
「今日は侯爵夫妻の隣領地が懇意にしている商人がいらっしゃるようなので、それで席を外しているのでしょう」
「商人……」
タイミングよろしく馬車が入ってきた。あの馬車には見覚えがある。思わず席を立った。
「フィクタ?」
「トゥロー」
「え?」
馬車に駆け寄ると止まって人が降りてきた。年はとったけど間違いない。
「ああ、やっぱり!」
「トゥローさん、フィクタです」
「久しぶりだな。あの双子から学院に入ったとは聞いていたが……あれ双子は?」
「あの子達は帝国騎士団に入ったんです」
「大出世だな」
こちらの集落から帝国まで取引をしている商人と再会するなんて中々ない。ついでなので集落の情報を聞けると思い、そのまま屋敷まで案内することにした。隣にはエールがきっちりエスコートしてきたけど、邪魔はしてこないあたり本当よくできた子だと思う。
「嬢ちゃんの計らいで学院行けた内の何人かが戻って集落の復興作業をしているな。土木関係の技術者になったやつもいるし、人脈作ったやつがこっちの良いもん入れたりしてる」
早い子達は卒業したばかりだと思ってたけど、集落に戻る子もやはりいると思っていた。幸い争いはないようでほっとする。今度手紙でも送ろうかしら。今ならきちんと届きそう。
死亡フラグだろうけど一度ぐらいは行ってあげてほしかった@マジア侯爵邸。まあフィクタの心情としては行きたくないよねえ。死亡フラグど真ん中がんばれ!




