40話 卒業パーティー
「フィクタのポステーロス城文官勤務の内定が決まりました」
「私申し込んでないけど?」
「私も採用されましたよ」
就職先が勝手に決まった。
「私に意思確認しなさいよ」
「言ったら断るでしょう? 最初だけですよ。その内コロヌベーマヌに行くのもありですし、外交職に変えて諸外国を回ってもいいですね。勿論、マジア侯爵位を継ぐなら、私はマーロン侯爵位を兄に譲渡してそちらについていきます」
内容はさておき、就職に関してはエールがやらなくてもイグニスやマーロン兄、マジア侯爵夫妻がやるだろうと思ってたから予想通りではある。
エールがそういう役を買って出たあたりは真面目なのよね。だから怒る気にはなれない。そんな私の足元見てるのは気に入らないけど。
「仕事の件は分かったわ」
「ありがとうございます」
「……で? エール、距離とってくれる?」
「お断りです」
「随分強気ね」
「そうでないとフィクタに敵いません」
あのエールの宣言から何があったかというと、人前でも触れてくるようになった。髪に触れる、手を繋ぐは日常当たり前で隣に立つにしても前より近い。
「私がフィクタを愛してることが伝わらないと」
「充分よ」
こうした告白も増えた。学院にいるとこうしたシーンを見て女生徒は楽しいみたいできゃっきゃしてるけど、公の場でそういうことはよしてほしい。
人前はやめてと何度言ってもだめだった。
「帝国ではしてないですし」
「学院だって公の場よ」
「牽制しないと」
今までそれなりにしてたけど、さらに牽制する目的があるらしい。
「卒業だからだとフィクタに告白する人間が増えます」
「実際一人も告白しにきてないし」
「防ぎましたので」
学院での時間、常にエールが側にいた。二十四時間体制の監視に数年も耐えるって私すごくない?
「そうだ。フリーゴスとカロルのことありがとう」
「私に利点もありましたので」
双子を帝国騎士団にいれてくれた。ついでに言うならそのうち設立する中立な騎士団、すなわち国際平和騎士団の創立メンバーに内定されている。これがあったから私の文官という仕事先が決まっていたのを飲んだ。
「卒業パーティーも出るんでしょ?」
「フィクタが出ないなら私も出ませんが」
「いいわ。出るから」
「おや、珍しいですね」
学院理事長のメンツもある。私をここに通わせてくれて帝国への研修生としても抜擢してくれた。同郷の子たちの受け入れもしてくれてる以上、デビュタントと違って無下にはできない。
「デビュタントとは事情が違うから。でもすぐ帰るわ」
* * *
卒業パーティーは華やかなものだった。こういうとこに身を置きたがっていた小説のフィクタの気持ちが分からない。ああ、でも私自身なのよね? サクの言うことは正しいのだろうけど、いまいちしっくりこない。
「婚約破棄イベントでもあればいいのに」
「は?」
いけない、声に出てた。
周囲には当然聞こえていない。なぜならバルコニーでエールと二人きりだからだ。
バルコニーの端に少し寄りかかって会場内の明るい光ぼんやり眺め喧騒に耳を傾けていた。こういう学院ものの卒業パーティーイベントでは婚約破棄がメジャー。ヒロインの立場によっては断罪イベントも並行で破棄を言い渡す側が立場あると死刑やら国外追放が待っている。
「今、なんて?」
「聞かなかったことにして」
「聞き捨てならないことでしょう」
エールが持っていたグラスをバルコニー欄干に置いたので隣に置いた。お説教だろうな、これ。
バルコニーにもたれ掛かりながらエールと対面した。
「婚約破棄なんてしませんよ」
「そう」
私を囲うように腕が伸びる。
壁ドンじゃなくてなんだろう。バルコニードン? 略してバルドン……流行らなそうね。
「また余計なこと考えてますね」
「いつものことよ」
「知ってます」
でも今は、と腕を曲げて距離を詰めてきた。顔をあげてエールを見たら珍しく笑っていない。
「今は私に集中して下さい」
エールってば少し照れた。室内の眩しい光が照らす耳が赤くなっている。
「……背、こんなに高くなったの」
私の言葉に気の抜けた顔をした。眦を少しあげる。
「珍しいですね」
「何が?」
「いえ、私のことを気にしたので」
「集中しろとか言っといて?」
「フラルはいつもおしかぷと死亡ふらぐばかりではありませんか」
「そうねえ」
しょっちゅう言ってたからエールが用語を覚えてしまった。由々しき事態。
「おしかぷは解決しましたね?」
「うん」
「死亡ふらぐは?」
「全然解決してない」
「それならフラルの憂いを払い続けないといけませんね」
嬉しそうに言う台詞じゃない。そもそもマーロン侯爵である限りエールも死亡フラグなのに。
「……まあまだ死んでないし」
「はい」
「エールと十年以上一緒にいるから」
「証明されました?」
私がフラルに害をなさないこと。
ふと。
長くいすぎたと思ってしまった。同郷の子達のことを考えるのと同じくらいエールには情を抱いてしまっている。
ここで気づくべきじゃなかった。しくじったわ。
「……ふふ、少しは長く側にいた甲斐があったようですね」
「なによ、それ」
「見てくれる日がきたなと感慨深い思いに浸っています」
「エールも変わった女性の趣味してるわよね」
「そんなことありません」
フラルを好ましく思う人間は沢山いますよと苦笑する。告白されたのはエールだけよ。
「一人で多くを救おうとして世界まで変える人間なんてそういませんよ」
「私のこと?」
「ええ」
片手が私の頬を包む。
正直、本編ヒーローのサクがあまりに簡単にやってくれてたから、こんなに時間がかかっているのは問題だと思っていた。
「私が初めてフラルに会った時、この瞳がとても印象的でした」
「目?」
「とても力強く輝くので」
確かに見た目フィクタは眼光強めだ。印象に残るのは仕方ない。というかエールは見た目強めな顔立ち好きなのかしら。
「でもずっと違う所ばかり見ててやきもきさせられたものです」
今もですがと笑う。
「そうね。エールの気持ちはよく分かったわ」
「私がフィクタを愛していることですか?」
「ええ。私にはいまいちピンとこないけど好かれてるのは充分分かってる」
この回答じゃだめだったらしい。微笑みのままいまいちな顔をされた。
「んー……まだですかね」
「何が?」
「次の休みに二人で出掛けませんか?」
「急になに?」
あいてるからいいけど、話題振りが強引すぎる。
エールはにっこり笑ったまま、右の人差し指を私の唇に押し付けた。
「少しでも意識してくれれば、このまま口付けてもいいかなあと」
人差し指を放す。この会話でのキスは唇に、ということだろう。それは恥ずかしいからやめたい。
「……デートするわ」
「ありがとうございます」
よし、接触を避けたぞと思って安心したら、つっと下がって額に唇を寄せた。
「エール!」
「はい。好きです」
「もう……」
油断も隙もないんだから。
変態ストーカー本編のフィクタだったら、この卒業パーティーもよくある悪役令嬢断罪ものになったかもしれませんね。まあエールがいる限りそんなことにならないし、まったく別の世界線にいるので断罪劇はありません。




