30話 マジア侯爵夫妻と再会する
「フラルはデビュタントどうします?」
「参加しないけど」
「えっ」
「え?」
十六歳を迎え、未だ死亡フラグを回収してなくてほっとしてるところだった。
貴族には当たり前にあるデビュタント、ぶっちゃけ平民には縁がない。帝都で祭はあるけどドレスアップしてパーティー会場には行かないもの。
なので当然私も参加するという観念はなかった。
「エール、私が城にいるのは例外的なことなのよ。それにドレスなんて一着もないし」
今私が城にいるのは勉学の為だ。国家連合はまだ設立していない。そもそも国家連合が設立したら早々に研修生の立場を辞退するつもりだし。
「……では私がドレスを用意します」
「やめて。平民の私がデビュタントで貴族の中にいたら浮くし目立つわ」
「私がまも」
「身分の法律だってまだ施行されてないでしょ。まあたとえ私が貴族であっても行きたくないわ」
紛れもなく本音だ。これ以上深く帝国に関わるわけにはいかないんだから。
「ではデビュタントの間はどちらへ?」
「んー、その期間は城にいるから帝都の祭でも見に行こうかしら」
定期研修で今はポステーロス城にいる。滞在期間がデビュタントと被るから、自室ですごすでもいいけど折角なら出掛けてもいい。
「なら私も祭に行きます」
「え、やめてよ」
デビュタントでは貴族は城の専用会場に集まる。つまり帝都には平民が主になるから、エールみたいな貴族らしい貴族が歩いてたら目立つというわけだ。
「目立たないようにします」
「無理よ。立ち振舞いが全然違うでしょ」
「それはフラルもです」
普段お行儀よくしてるからね。
「双子もですか」
「そんな約束してないし、帝国に来るなんて話も聞いてないわ」
本当双子に対抗心が強すぎて呆れる。そういえば二歳偽っているから双子はもう卒業する頃ね。けど報告の一つもきてない。私から卒業してくれるならありがたいけど、護衛の件はきちんと拒否しておこうっと。
「エール、いくわよ」
少し早いけど昼ご飯に食堂へ向かうことにした。デビュタントの話を切り上げたかったからだったのだけど、選択を間違えたのだと悟る。会いたくない人に会ったからだ。
「君!」
「マーロン侯爵」
エールが呼ばれて、また彼絡みかと思って一緒に振り返ると見知った顔があった。
「マジア侯爵夫妻……」
嬉々とした様子で「まさかこの城にいるなんて」と慌てて近づいてくる。
小説の中でフィクタが殺害した夫婦。帝国東側を管轄に持つ古くから帝国に寄与している人物だ。
公園でうっかり助けてそれで終わると思っていたのに、こんなところで会うなんて厄日だわ!
「エクシピートル様、私はこちらで……」
「何を言う! 用があるのは君だ!」
やめてよ!
どうしようと一瞬でも思ってしまったのがエールにバレたのか、とんでもない提案をしてきた。
「マジア侯爵閣下、夫人。私達は今から昼食をと考えておりましたが、よければ四人でいかがでしょうか」
おおおおおい! エールってばなに言ってくれるんの!
目の前の夫妻が空気まで明るくして喜んじゃったじゃない!
「ああ! それはいい!」
「ゆっくり話せますものね」
「私たちがいつも食事をとる場所がある。そこにしよう」
それって賓客用のじゃない? 行ったらアウトな気がするんだけど? これも死亡フラグ?
「ではいきましょう」
予想通り賓客用の応接室へ連れて行かれ、あっという間に食事の用意がされていく。そわそわウキウキな目の前の夫妻に対し、私は今きっと死んだ魚のような目をしている。エールは控えていた執事に書類をいくらか預け指示を出していた。さっきまでやっていた書類を各部署に提出しないといけないものね。
本当それどころじゃない。回避するのが無理なら食事だけパパっとすませる?
「フィクタ嬢」
「はい」
名前は既に知られていた。平民であり、総合学院に通う生徒であることもだ。城に研修生として来ていることは知らなかったみたい。もしかしたらすれ違いで運よく顔を合わせることがなかったのかもしれない。
「助けてくれた君にずっとお礼が言いたかったんだよ」
「いいえ、そんな。当然のことをしたまでです」
私でなくても誰でもしたでしょうと加えておく。
なんて謙虚なと喜んでいて、もう私が何を言ってもきゃーきゃー言うんだろうなと遠くを見つめた。
「フィクタ嬢は医師や治癒師を目指しているのかい?」
「いいえ」
「学院から帝国に研修に来られる生徒は優秀と聞いているよ。フィクタ嬢もマーロン侯爵も素晴らしい成績を収めているんだね」
「ありがとうございます」
エールも当たり障りなくしている。
侯爵家同士、話も弾んでいるみたいだし、ちゃちゃっと食べてさっさと帰ろうかな。
にしても賓客用のご飯めっちゃ豪華なんだけど。コース料理昼からいらないし。プレートとか定食でいいよ。
「フィクタ嬢、私達はずっと君に会いたかったんだ」
「勿体ない御言葉、身に余ります」
「ああそう畏まらないでほしい……そのお礼を言いたいのもあったんだが、今日会えて改めて確信した。なあお前」
「ええ間違いありません」
意志の強さを感じる。
でも待って。嫌な予感しかしないんだけど。
「フィクタ嬢、会って二回目だが、君に提案したい。私達の養子にならないか?」
「謹んでお断り申し上げます」
まあマジア侯爵夫妻がきたらこうなるよね!ってことで。フィクタは「あんたら、あるべき世界線では私に殺されてるんやで」とでも言いたい気持ち。




