29話 学祭
「なんか……普通の学祭なのね」
「どういったものを想像してたんですか」
屋台でご飯食べられて、演劇やらコンサートやらがあってだと、この前帝都で歩いた時とあまり変わらない。
「メイド喫茶とか女装男装バーとかほしいな」
「なんですか、それは」
苦笑されるもドン引きしないあたり、私の言動に慣れている。さすがエールね。
「ほら、またつけて」
食べこぼしの癖もいい加減直さないといけない。
こういうことを許しているからエールが勘違いするんだわ。今の内から諦めてもらって、国家連合設立後にこの大陸を離れられるようにしよう。学院で働くのもやぶさかではなかったけど、死亡フラグから完全に離脱するには大陸を離れるしかない。
「グレース騎士学院の生徒、結構来てるのね」
「ええ。交流会や交換留学も増えましたし」
外伝二つ目のヒーロー・ヴォックスとヒロイン・ユースティーツィアがいれば文句なかった。二人の姿が見られないのは心底残念ね。
「フィクタ」
「フィクタ」
「あら、貴方たち」
双子が来ていた。
嬉しそうに駆け寄って来るところを、なぜか隣が肩から抱き寄せてきて、目の前の双子の動きがびしりという音を立てた気がした。
「ちょっとエール、いきなりなに?」
「フィクタ!」
「なにそれ!」
「いやそれは私が聞きたい」
エールとこんな密着することなんてなかったもの。
しかも場所が悪い。双子ってだけで目立つのに騎士学院の制服着てて精悍さが割増しているから、こっちの総合学院の女生徒からの脚光を浴びている。女子特有の黄色い声交じりのひそひそが証明してるし。
挙句、エールが公衆の面前で私を抱き寄せたから尚更視線がこちらに集中した。
どこにいたってどの世界だって女性は恋バナが好きでイケメンが好き。つまりこのシチュエーションは大好物と言うわけだ。私だって渦中の中にいなければ両手上げて喜んでる。
「やっぱり! フィクタ、そいつから離れて」
「え? やっぱり?」
いや離れたいけど無理なんだって。結構力強いのよ。
「そいつ最初からずっとフィクタをいやらしい目で見てた」
「ええ?」
見上げる間近なエールはにっこにこだった。あ、隠してる。
「折角二人きりで楽しんでたのに」
当然双子に届かない声でエールが囁く。散々聞いたから今は嫌でも分かる。エールは今、双子に嫉妬しているし、デートを邪魔されて不機嫌になっている。困ったわね。
「エール、離れて」
「嫌です」
「公衆の面前でこんなことして目立ちたくないの」
「……」
「大丈夫、すぐ終わるから」
剣呑な視線を送る双子に対し、笑顔のまま私の肩から手を離してくれた。けどそのまま私の手をとってくる。だめね。仕方ないからこのぐらいは許そう。
「フィクタ、そいつと結婚するの?」
「しないわよ。てか話が飛躍しすぎ」
「え、しないのですか」
「ちょっと黙ってて」
ややこしくなるわ!
「やっぱりフィクタを守る」
「特にそいつは危険だし」
「落ち着きなさい。貴方たちの気持ちも分かるけど、彼は悪い人ではないの」
「フィクタは騙されてる」
てか付き合ってもいないのに、何故かそういう感じで話してくるのやめてくれないかな?
そりゃ抱き寄せられたらそう思うだろうけど……周囲の女性陣のやっぱり付き合ってた的なひそひそ声が痛いよ。違うの、告白されたけど付き合うなんて言ってない。
あれ、私そしたら結構狡い女? 物語の修正力が働いて悪役令嬢への道を進むの? やめてよ。
いや、今はこのコントみたいな会話劇をどうにかしないと。
「フリーゴス、カロル。ちょっと来なさい」
「フィクタ、考え直して」
「そうだよ。そいつは絶対駄目」
自分たちがフィクタを守らないとと息巻いている。
エールは嫌な笑顔のまま私と手を繋いで歩いていて律義に言葉を発さない。
多くの視線を浴びながらも、人が少なくなった場所まで来れた。
「ねえ、折角お祭りで盛り上がってるし、久しぶりに会えたんだから楽しくいかない?」
「だって、そいつがフィクタを抱き寄せるから」
「それは後できちんと叱っておく」
しゅんと落ち込んでから、二人目を合わせて申し訳なさそうにこちらを見る。
「本当はフィクタを驚かせるつもりだった」
「喜んでくれるかなって」
「ええ、そうね。久しぶりに会えて嬉しいわ」
「本当?」
「もちろん」
よかったと笑う双子に癒されるわ。年齢の割に精神年齢がちょっと幼い気がするけど、そこはおいおい伴ってくるでしょうし。なにより出会った頃より感情豊かになっている。それだけで安心だ。
「じゃあ祭はフィクタが案内してくれる?」
「え、それは」
「残念ながら私と先約がありますので」
黙ってなかった!
エールが喋るだけで目の前の双子の機嫌が急降下するのよ、勘弁して!
「……決闘するか?」
「フリーゴス、とてもいい案だと思う」
「おやおや、私はかま」
「待った!」
いい加減にしなさい!
そこから私にお説教される男三人が目撃され、それはそれで注目を浴びることになった。
* * *
「……疲れたわ」
「すみません。どうしてもあの二人には大人げなくなってしまいます」
渡されたのは果実水だった。学祭終わりにいいチョイス。エールって本当よくできる子ね。
窓の外では花火があがっている。
結局あの後は双子とエールを連れて学祭をまわり、早い段階で双子は帰ることになった。どうやら騎士学院でも主要なところに置かれているらしく、やる事が多いらしい。
おかげで今私は図書館の窓からエールと二人、フィナーレの花火を見ながら過ごしている。エールの機嫌をよくするための時間があって良かった。
「エールはあの子たちを意識しすぎよ」
「フラルは身内に甘い」
立ち上がって座るエールの頭を撫でてあげた。
なにを、と戸惑う姿が見れてちょっと新鮮。
「二人で回れなかったのに我慢してくれてたでしょ」
いい子いい子的な。
すぐに手を取られ「子ども扱いはやめてください」と囁く。これは照れてるだけで不機嫌ではないわね。よしよし。
「……フラル」
とった手を自身の口元へ連れて行き、指先に唇を寄せてくる。うっわ、エールってば告白してから随分積極的になった。
「……来年は必ず二人でお願いします」
「はいはい」
これだけ素直になるのなら、告白されてからの方が気兼ねなくていいかも、なんて思ってしまう。分かりやすいし。
なんて、返事してない卑怯な私が望むことじゃないか。
ィクタは恋愛感情ではないのです。にしても確かにフィクタは狡い女ですな!




