26話 フラルが好きです
「またぜひ」
「侯爵閣下、フィクタ様……ありがとうございました」
「いえいえ~」
あっれ私なにもしてなくない? ま、いいか。これならうまくいきそうだし。
このままシレのとこに戻ったら告白でもするのかなと思うと胸躍らずにはいられない。出来れば生の現場で見たかったなあ。
「エールのおかげで助かった~! ありがと」
「いいえ」
相変わらず私を見送るエール。
今日は城への研修ということで二泊三日ここに滞在するから部屋を割り当てられている。
今日の英雄であるエールの功績を称えながら向かえば、すぐに部屋へついてしまう。私の推しカプが幸せになる道へのアシストというか決定打を齎した今日は記念日なんじゃない? すごない?
「よく咄嗟に考えついたよね~。同じ立場な人間がいるってやつ?」
「御二人の関係がうまくいくことが、フラルが望んでいることでしょう?」
「そうそう。よく知ってるわね」
「長く一緒にいますので」
結構口走ってるってことだ。
推しカプの意味も薄々分かっているのかしら。ちょっと控えておこうか。変な言葉を使うっていうんで死亡フラグが迫ってきても困るしね。
「そういう意味ではソミアたそとシレきゅんと環境が似ていて逆に良かったのかも。嘘にしては真実味ましましだし」
「嘘ではありませんよ」
「ん?」
扉を開けてそろそろさよならするところだった。
見上げると妙な笑顔のエールが私を見下ろしている。
「嘘ではなく、先程の言葉は全て真実です」
「え?」
ソミアとお茶会してたとこの会話全部?
「……冗談?」
「言うと思っていました」
今までそんな素振りなかったよね?
告白もプロポーズもなかった。
「やはり今までが回りくどかったようですね」
フラルにその気がなかったのではっきり言わなかったんです、と追加。
まあ今もその気なんてないけど。
「側に置いてほしいと言いました。憂いを払うとも」
「十六話参照」
「私ではだめですか?」
「うん」
誰が好き好んで死亡フラグと結婚なんてするのよ。
エールが一つ溜息を吐いた。困ったように笑う姿が少しシレのようで、こういうところがソミアが心開いた一因なのかとぼんやり考える。ほんの少し似ているだけで、実際シレとは全然違うけどね。
「私は貴女にとってまだ害をなす可能性のある存在なのでしょうか」
それは死亡フラグですかと問うているのと一緒だ。
やっぱり長くいすぎた。死亡フラグの意味を完全に把握しつつある。
「保障がないもの」
「私がフラルを好きでも?」
「恋や愛なんて簡単に崩れる。信用できない」
フィクタは本編ヒーロー・サクとヒロイン・クラスの愛によって破れたようなものだけど、それは質が違う。彼彼女の愛はよくある真実の愛というやつで、やっぱりそれは小説の世界だから成立する話だ。
たとえフィクタが小説の中の存在でも、悪役には真実の愛で救われるルートはない。だってフィクタと第一皇子の愛なんて杜撰で真実味もなくて結局互いに慮ることもなかった。最期なんて第一皇子は断罪裁判で自身の主張を優先していたし、フィクタがマジア侯爵令嬢でないと知るや否や態度を一変させている。フィクタも同じく自分の事しか考えていなかったあたり、彼女には真実の愛を得るキャラクター性がない。
「貴方の推している方々の愛は崩れるのですか」
「末永く幸せに暮らしました、めでたしめでたしよ」
「何故フラルと私の間だけ違うのです?」
「フィクタがフィクタだから」
フィクタが悪役である限りだめだ。悪役で凄惨な死に方をしたくなかったから、それを回避するぐらいは許されると思って小説の正しい結末から外れようとしている。
けどそれ以上は望めない。修正力で本来の物語になりそうな気配はいくらでもあった。これからも油断したらあっという間に修正力に飲まれるだろう。
だからこそ死亡フラグには注意して油断せず推しカプを本来の物語通り幸せにしてから、この大陸を去った方がいい。
「……ですが、その部分について私には話してくれませんね?」
「勿論。無理だよ」
エールってばよく分かってるのね。
誰にも話せない。この世界が小説の話です、なんて話したところで笑われるのがオチだ。予知で未来が分かると言った方がまだ信憑性がある。
「やはり待ちます」
「え?」
「フラルが好きです。ので、害さない人間と認められるまで待ちます」
勿論その間はアプローチしますし、隣は誰にも譲りませんがといつもの笑顔を見せた。
なに? さっきからどうしたっていうの?
「ああ、これを機会に多少あからさまな態度になっても問題はないですね?」
「え、なんで?」
「私がフラルを愛していると理解したでしょう?」
「文面でだけね」
ふむ、気持ちや感情はあまり伝わっていないのですね、と納得した。なんて聡い。出会った頃からそういう聡さはあったわね。
「フラル」
するりと手を取られる。油断していた私はそのままエールが私の手を自身の口元に持っていくのを止めることが出来なかった。
「あ、ちょっと」
「好きです」
指先に唇を落とす。
なんて気障なことを。そういうのは推しカプがやるからいいんじゃない。
と、雑念を見透かしたように視線がばっちり合ってしまった。
「たまにフラルが口走っていましたね。こうした誠実なアプローチがいいんでしょう?」
「自分の身に起こるならお断りよ」
「まあ譲りませんがね」
「エールってば頑固」
「ええ」
なんとでもといった具合だ。いい性格をしている。
「では明日もよろしくお願いします」
「うげえ」
「ちゃんと鍵を閉めて下さいね」
久しぶりに純粋に笑っている。私をきちんと部屋に押し込んで扉を閉じる過保護ぶりは健在。
ああ、困ったことになった。
速攻お断りいれてくるとかフィクタ容赦ない(笑)。でもそれも想定していてめげないエール…なんて我慢強い子になったの…と思いつつも、私の描くヒーローたちって大概しつこいんですよね(言い方)




