#003 婚約者
早速、逃亡の準備を開始する。
逃げるとなると、準備しなければいけないものがある。
まずは財産の確認をしよう。
とりあえず、自室にあるものを見渡してみる。
特にこれといって大事なものは置いていない。
俺には何か趣味があるわけでもなく、また金もない。
激務の割に、国から払われる給料は雀の涙ほど。
日々の食事で精一杯。
そんな中、私物など買っている余裕はなかったのだ。
そも、俺は物欲というものが少ない。
「まあ、荷物が少ないだけ感謝するか」
言って、俺は今ある金と数日の着替えを手に取った。
「持っていく物はこれでいいな。しかし、この程度の金じゃ数日と保たないか」
ほんと、どんだけ貧乏なんだよ俺……。
いや、俺は十分働いている。
悪いのは安い給料しか支払わない国なのだ。
「まあ、今更悩んだって仕方ないか」
逆に考えるんだ。
荷物が少ないおかげで、準備が早く終わったと。
さっさと逃亡の準備を終えると、自室に入ってくる人物がいた。
「ごきげんよう、レクト」
ゲスな笑みを浮かべ、見下すような目で俺を見る金髪の女。
俺の婚約者、ナターシャだ。
いや、正確には元婚約者と呼ぶべきか。
ナターシャは俺を裏切った。
ベンズと組み、俺を貶める策略に加担した。
結果として俺は殺されることになる。
今も、内心そのことについてほくそ笑んでいるのだろう。
ナターシャが続ける。
「準備はできてるかしら? これから、国王様直々の呼び出されているんでしょ? 早く行ったほうが良いのではなくて?」
クスクスと笑いながら喋るナターシャ。
なるほど、余程俺が殺されるのが楽しみなんだろうな。
それほど、この女にとって俺は邪魔だったのだろう。
そも、俺たちは婚約者という関係だが、二人とも望んでなったわけじゃない。
俺は宮廷魔術師という立場ある役職なので、嫁くらいはいたほうが良いとそこそこの名家のお嬢様と勝手に縁組された。
それがナターシャだ。
彼女自身も、政略結婚くらいにしか考えていないのだろう。
正直、二人の間に愛なんてものはない。
キスどころか、手を繋いだこともない状況だ。
しかも、彼女が俺に見せる態度は最悪だ。
ワガママで傲慢。
薄々気づいてはいたが、この女は性格が悪い。
横暴に振る舞い、基本的に他人を見下している。
お嬢様らしく金遣いも荒い。
わがままな女だったが、俺は今までそれに耐えてきた。
いつしか、それなりの夫婦らしい関係になれると信じていた。
しかしそうはならなかった。
俺はこの女に殺されたも同義なのである。
というか、ベンズとの関係もそういうことなのだろう。
詰まるところ浮気だ。
この女にとって、俺はどうでもいい存在なのだ。
なら、もう遠慮する必要はない。
今までは彼女の言いなりになっていたが、今からそれは終わりだ。
「俺は忙しいんだ。用がないなら出ていってくれ」
俺が冷たくナターシャをあしらう。
いうもははいはいと言ってその場を誤魔化してきた。
ハッキリ言い返したのはこれが初めてだ。
それが余程頭に来たのだろう。
真っ赤な怒った顔でナターシャが言い返す。
「何それ? アンタ、誰に向かって口効いてると思ってんの?」
先ほどまでの猫撫で声とは一変、彼女はキレた。
「私がせっかく心配して声をかけてやってんのに!」
つくづく上から目線な女だ。
誰もお前からの心配を必要としていない。
というか、これが俺を殺そうとしている人間の言葉か?
「自分の行動を棚に上げて、よくそんなことが言えるな……」
「はあ、なにそれ? ウザ、言ってる意味わかんないんだけど?」
シラを切るナターシャ。
まあ、当然か。
俺が未来を見えることを、この女は知らない。
というか、国中の人間が知らない。
何故なら、俺はこの力を誰にも見せていないのだから。
どうして?
見せる必要がないから、としか言えない。
というか、説明をするのが面倒だ。
そして、これ以上この女の相手をするのも面倒だ。
「用事がないなら出て行ってくれ」
と言って、彼女を部屋から追い出す。
最後に何か喚いていた気もするが、知らない。
いつもこんな感じで癇癪を起こす彼女であった。
なら縁談から断ればいいんじゃないかって?
俺にそんな度胸はない。
それは彼女を俺に紹介した国王の顔に泥を塗る行為だからだ。
しかし、今となっては関係ない。
この国には、今や俺の敵しかいない。
いや、そうでもないか……。
思い出すのは、俺を慕ってくれた部下たち。
みんなには悪いとは思う。
けど、俺がこの国に居座る理由もないのだ。
とっとと出ていくとしよう。
かくして、俺は部屋を飛び出した。
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