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有名にも金持ちにもなりたくない男

作者: 安藤ナツ
掲載日:2022/09/30

「ふざけるな! 今日の為に一体どれだけの金がかかったと思ってるんだ!」


 案の定、今日のステージを中止にすると言ったら社長のクソ野郎が切れ出した。こいつは口を開けば『金、金、金』の亡者野郎で、同じ空間にいるだけで反吐が出る。俺のくそったれな人生の中でも、こいつの事務所と契約したことは五指に入る大失敗だと言えるだろう。


「知るか! 俺が金のために歌ってとでも思ってんのか? 社長さんよ、あんたは俺を馬鹿にしてんのか? 俺が一度でもギャラを高くするように言ったか? それによ、あんたは俺を事務所に入れる時にこう言ったよな? 『君が好きに歌える環境を作ってやる』ってよ。で、今日は好きに歌える気分じゃあねえ。だから、今日は歌わねぇ」

「何が気に食わないんだ! 今日はドームライブ! チケットは即完売! 表を見ただろ? 列を成すファンにお前は言えるのか? 今日は中止だって」

「ファン? あの金魚の糞みたいに並ぶ連中がファン? 馬鹿も休み休み言えや! 連中はチケットを買っただけの消費者だ! 俺のファンが列に並ぶなんてあっちゃならねえ」


 俺はロッカーだ。それもパンクロッカーだ。

 この狭っ苦しい社会の不満をブチ撒ける為に俺は歌ってんだ。お行儀よく並ぶ連中なんて見ているだけで反吐が出る。あんな奴等が俺のファンであるくらいなら、動物園のペンギンの前で歌った方が有意義だって話だ。


「ああ! どんどん腹が立って来た! クソが! クソが! どうしてこうなっちまったんだ!」


 イライラと共に立ち上がり安っぽいパイプ椅子を蹴り飛ばす。勿論、そんなことで気分は晴れたりしない。むしろ、物に当たる低俗な自分に苛立ちは募るばかりだ。

 昔から、俺はそうだ。自分で自分をコントロールできねぇ。面倒なことは丸投げで、そいつは後になって悔やみきれない障害となって立ち塞がる。

 この武道館ライブもそれだ。俺はこんな偉そうな所で歌いたかったわけじゃねえ、高々三時間の公演に八〇〇〇円も出す奴の気が知れねえ。スタッフが着ている俺の名前の入ったアホみたいな限定Tシャツは悪夢そのものに思える。


「とにかく、中止だ! 俺は歌わねぇ」

「何故だ! 理由を言ってくれ!」

「馬鹿馬鹿しいだろ。三万人以上が一か所に集まってお歌を聴くだ!? 全然ロックンロールじゃねぇ。立ち上がって、リズムに乗って、叫びながら音楽を聴く観客なんて俺の歌に必要ねえ。本当に俺の一番の歌を聴きたいなら、エアコンの聴いた自分の部屋で動画配信サイトから聴きゃあ良いだろ! そっちの方が絶対に音質も良い!」

「滅茶苦茶を言うな! どうしてお前はどうしていつも我儘ばかり!」


 うるせえ。うるせえ。うるせえ。

 俺が間違ってるのはわかってる。いつだって、俺は正しくない側の人間だ。

 親父はカスみたいな奴だったし、お袋はクズ同然の人間だった。

 欲しいものは与えられず、持っているものすら奪われた。

 金もねえ、学もねえ、コネもなければ、性格だって終わってる。

 ゴミ捨て場に捨てられたギターを拾ってなければ、俺はブタ箱の中にいるだろう。

 家族も、友達も、愛も、勇気も、俺にはてんで覚えがねえ。

 だから、俺の歌は娯楽じゃあねえ。

 世間に対する攻撃で、社会に対する進撃だった。

 だが、今はどうだ?

 お行儀の良い連中は俺の歌にSNSで『イイネ』を付けやがる。俺はお前らを馬鹿にした歌を歌ってんだよ!

 テレビじゃあ俺をアーティストなんて呼びやがる。俺は作りたいんじゃあない、ぶっ壊したいんだ。

 違う! 違う! 違う! そうじゃあない。反吐が出る。

 俺はそんな上等な人間じゃあねぇ。

 金を貰って歌を歌って、バカみたいなTシャツで阿漕に金を稼いで、挙句の果てに何万人も表に待たせて自分はクーラーの引いた控室?

 クソが! クソが! クソが! 俺はこんなんじゃあねぇ!

 俺は社会の異端だった。ならず者で、はみ出し者で、鼻つまみ者で、嫌われ者で、後ろ指を指されて、誰からも見向きもされない、惨めな社会の敗北者だった。

 俺に憧れるなんてあっちゃあならねぇ。

 ファッションとして消費されるために、若者の暇潰しのために、金儲けのために消費されるなんて冗談にもなりゃしねえ。

 俺は異端でなけりゃ俺じゃあない。

 俺は孤独じゃあなけちゃ俺じゃあない。

 共有するな、共感するな、感化されるな。

 俺を見るんじゃあない!


「馬鹿なことを言っていないで、とっとと準備をしろ! これは命令だ!」


 だが、拝金主義の馬鹿社長は俺の言い分を全て無視して声を荒げる。

 命令だと? ふざけてるのはどっちだ。

 俺はまつろわない。


「誰のおかげで歌えていると思ってるんだ! 歌えないお前なんてただの社会不適合者だろうが!」

「はっ! そのクズに寄生して金稼ぎとは立派な仕事だな。だがよ、金が俺を動かしてんじゃねえ、俺が金を動かしてやってんだよ! どいつもこいつも、犬のクソに集るハエの癖に偉そうにしやがって!」


 言い切って、俺は壁の鏡に目をやった。ステージ用の綺麗なおべべを着て、肌の手入れやら、髪の手入れやら、見るも無残に整えられている。

 これが俺の求めるロックンロールか? 断じて違う。

 だが、ガキの頃から変わらないドブみたいな瞳が雄弁に語っている。


『まだ、お前は俺だ』


 ここが分水嶺だ。

 金の為に、鬱陶しい大衆と自分自身を騙して歌うアーティストになるか、それとも馬鹿な自分のまま俺を貫くか。

 勿論、悩むまでもない。

 そう決めた瞬間、俺は額を鏡に思いっきりに叩きつけた。

 額が――って言うか首まで痛くなるような、我ながら良い頭突きだった。鏡の割れる音と俺の奇行に社長を含めてスタッフたちの時間が止まる。どくどくと流れ出る流血が、俺がまだ生きていることを教えてくれるが、まだ足りない。

 大き目な鏡の破片の一つを右手に握り緊めると、肌が切れて肉に食い込むのがわかる。そいつで更に隣の鏡をぶん殴った。拳に響く衝撃と。砕けた鏡の破片が食い込む感覚。

 くっそ痛え!

 もっと良い方法が絶対にあっただろと。早速後悔。


「これで、今日の公演は不可能だ。そうだろ? 社長さんよ」

「お前は馬鹿か! おい! 救急箱持ってこい! 救急車も呼べ! この意地っ張りが!」


 だが、慌てる社長を見て気分も少しは良くなった。

 周囲のドン引きしている視線が心地いい。

 俺は誰にもコントロールできねえ。予定なんてクソ食らえだ。

 これで、やっと、俺はまた異端になれた。大衆じゃあなくなった。

 急に慌ただしくなった控室の椅子に座り、俺は痛みを悟られぬように笑う。

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