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第二十五話 パニック

 森を抜け、ようやく拠点が見えてきた。

 ついさっき出て行ったばかりなのにすごく久しぶりに戻ってきたような気がする。


「やっと着いた!」


 ラインが突然叫んで走り出した。

 早く領主様に報告したくてたまらないのだろう。


「ふっ、まだまだ子どもね!」


 そう言ってフレイもラインを追いかけて行った。

 人のこと言えないと思う。

 まあ俺たちは正真正銘子どもなんだけどね。

 

 さて、俺も空気を読んで行きますか。


「ねえ」


 と思ったらイアに引き留められた。


「ん? 何だ?」


「……なんか、みんな様子が変」


「え?」


 そう言われて周囲を見渡す。

 言われてみると、確かに変だ。


 座り込んで祈っている者、両手を上げて走り回っている者、踊っている者、荷物をまとめている者など、いろんな人がいる。そして、共通点として全員が諦めたような、悲痛な顔をしていた。単に戦争後だから、というわけではなさそうである。

 

 一体帝国との戦いの間になにがあったのだろうか。


「とりあえず俺が誰かに聞いとくから、ロエルは先にエルの方へ行っててくれ」


「はい」


 そして、俺とイアはダラスと別れ、拠点の領主様がいる建物へ向かった。門番がいなかったので、すんなり入ることができた。

 領主様がいる部屋の前まで来た時、


「父様!? しっかりしてください!?」


 ラインの叫び声が聞こえた。中で領主様に何かがあったみたいだ。

 

 俺は一瞬イアと顔を見合わせた後、部屋に突入した。


「ライン! どうした!」


 部屋の中では、領主様が頭を抱えていて、ラインがその領主様の肩を揺さぶり、その様子をフレイが近くで見て唖然としていた。


 とりあえず領主様が死んだとかいうわけではないらしい。俺はフレイに歩み寄った。


「フレイ、何があったんだ?」


「わ、わかんないわよ! なんか着いたら領主がおかしくなってたの!」


 俺は領主様の方を見た。よく見ると、小声でぶつぶつ何か言っているようだ。近づいて耳をすませたら少し聞こえてきた。


「……な、なんで……早すぎるだろ…ああ…もう終わりだ……」


 ずっとこんな感じのことを繰り返している。

 

 どうやらなにかしら予想外なことが起き、今はかなり絶望的な状況のようだ。帝国軍はもう追っ払ったというのに、一体何が起こったというのだろうか。早すぎるとは一体何のことを言っているのだろうか。


「領主様、一体何があったんですか? 説明してください」


 だが、領主様はずっとぶつぶつ言っているだけで答えてくれない。まあ、ラインの言葉すら届かないのだから当然だろう。


「領主様!」


「もう! ちょっとどいて!」


 じれったくなったのか、フレイが俺を押しのけて領主様の前に立った。一体何をする気だろうか。


 すると、フレイは信じられない行動をとった。手を広げて、腕を振り上げたのだ。


「しっかりしなさい!」


「え、ちょ!」


「フ、フレイ!?」


 パシーン!!


 部屋に乾いた音が響き渡った。

 あ~~やっちゃったよ……


 領主様は状況を理解していないようでポカンとしている。頬に小さな手形がついているのがちょっと面白い。


 だが、効果はあって領主様は我に返ったようだ。しばらく周囲をキョロキョロした後、やっと俺たちの存在に気付いた。


「お、ラインか。戻っていたのか。無事でよかった」


「はい、さっき戻りました。それで父様、一体何があったんですか?」


「え、何って……あ、ああ、ああああ」


 せっかく話せそうだったのにまた頭を抱え始めた。

 やばい! また領主様がおかしくなってしまう!


「お、終わりだ。私たちは終わ…『えい!』…おぼb!」


 と思ったら今度はその前にイアが水魔法で止めてくれた。

 だが、ちょっと女子たち領主様に容赦なさすぎないか!?


「す、すまない。取り乱した」


 頬に手形をつけて髪をずぶ濡れにした領主様にいつもの威厳はない。

 さて、今度こそ話を聞けるといいのだが……


「それで、何があったんですか? あ、また取り乱すといけないんでゆっくりでいいですよ」


「いや、もう大丈夫だ。気を使わせてすまなかったな」


 そして、領主様は髪を整えて姿勢を正した。少し威厳が戻った気がする。


「父様がこんなになるなんて、一体何があったんですか?」


「……ああ~ラインよ。見苦しいところを見せたな。忘れてくれ。それで、今の状況だが、どうか取り乱さないで聞いてくれ」


「……自分はあんなにおかしくなってたのに」


 イアがぼそっとつぶやいた。

 領主様も聞こえてしまったのか、何とも言えない表情になっていたが、すぐにまじめな表情に戻り説明を始めた。


「実はな、古代龍がこの村に向かってきている。すでに隣の村は荒地になったようだ」


 え? 古代龍? あれって師匠が撃退しに行ったんじゃないの?


「そ、そんな! それは父様が倒しにいったはず! ……ま、まさか父様は!?」


 フレイが叫び、それから青い顔になった。どうやら最悪の可能性を想像したようだ。

 だが、あの師匠が負けるとは、とても信じられないのだが……


「……すまない。ホルザーク公の安否については、連絡がない故、分からない。だが、実際に古代龍がここにいて、ホルザーク公からの連絡がないということは……覚悟はしておいた方がいいだろう」


「そ、そんな……」


 フレイがうつむいてしまった。


「……な、なに勝手に決めつけてんだよ! あの師匠が死ぬわけないだろ!」


 今度はラインが叫んだ。まあでも確かに俺も師匠が死ぬとは到底思えない。

 死んだと信じたくない気持ちも確かにあるが、ラーラスで五本指に入るほどの要人なのだ。そんな人物をそう易々と死なせはしないだろう。


「……フレイ、分からないということは生きている可能性もあるんだ。悲観するのはまだ早い。とりあえず今は信じよう」


「……うん」


 というか今は師匠より俺たちだ。


 古代龍は少なくとも師匠を負けさせる実力があるらしい。しかも師匠は確か龍闘神気とかいう龍特攻をもっていたはずだ。それで負けるのだから俺たちが村人総出で戦っても勝率は皆無と言っていいだろう。


 となると、逃げるしかないか。


「あの、今から逃げることは出来ないんですか?」


「……何人かの事情を知った民はすでに準備をはじめているようだが、おそらく無理だろう」


「それは、なぜでしょう?」


「まず、古代龍は北東から向かってきている。ということは私たちは南西、つまり帝国側に逃げることになるからだ。帝国との国境の森には帝国軍が残した多くの屍兵がいる。戦闘力のないものはそいつらに殺されてしまうし、戦えても古代龍に追い付かれてしまう」


 く、帝国軍、厄介な置き土産を置いていきやがって……

 いや、帝国軍のあの撤退のタイミング、帝国軍は古代龍の接近に気付いていたのか? ということは最初からこれが狙いだったのかもしれない。


「また、古代龍は人を一人として余さず殺しているようだ。古代龍の接近に気付けなかったのは連絡する者までも殺されてしまったからだ。つまり、逃げ切るのは不可能だ。まあ、君ならいけるかもしれない。試してみるといいだろう」

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