裸が見たい!
他国の王太子。それなら滅多に会えることはないと思っていたのに、どんな方法を使っているのかジャンは一か月と待たずに私の元に現れた。手紙は毎日送られる。ある日など
「すまない、手紙が届くのが待っていられなかった」(待てない! 会いたかった!)
と手紙を持って来ていた。行動力がすごい。
けれど引っ込み思案な私はいやだと感じるどころかその積極性を羨ましく思った。私から彼の国を訪ねるほうが理に適っているのに「私が来たかったから」と朗らかに笑う彼を眩しく感じた。
しかも初日以降会う度に「好きだ」と告白されている。頭の文字も同じで、周りにハートマークまで見えるようになってきた。
「暑くないのか?」(暑そうだ)
ある日、庭園を散歩している時に私の全身を見ながら不思議そうに頭をひねった。
彼の言いたいことは分かる。真夏にも関わらず私の今の服装はハイネックのドレスで長袖、靴が見えないほど裾も長い。おまけに手袋をして外だからと頭にボンネット型の帽子までかぶっている。露出しているのは顔だけ。
しかし私の国ではこれが普通なのだ。私の国の女性は露出が少ない。夫以外に首から下の素肌を見せないのが常識である。体のラインを強調するようなドレスも好ましくない。パーティーで彼に手を握られたがあれは手袋をしていたから問題にならなかっただけで、本来は接触するのも望ましくない。
素肌を見たら結婚、とまで言われるくらいである。
その代わり女性が自分の魅力を出すのが髪の毛だ。美しい髪の毛のほうがモテる。
そんな国で忌み嫌われる赤髪を持って生まれたのだから私は運がない。
ジャンも露出が少ないのは知っていたが詳しいことをぽつぽつと説明すると納得したように手をぽんと叩いた。
「なるほど。では私が夫となるには貴方の裸を見る必要があるのか。ぜひ貴女の裸を見せてくれ」(裸が見たい!)
……この方はどこまで真っ直ぐなのだろう。その頭の上の文字、いらなくないですか?
というより、裸という単語はどうか。私達のことを遠くで護衛している騎士達がびっくりしてこちらを凝視する。
助けるべきかと視線を送られたため何でもないと手を横に振った。
「あ、あの……」
「はっ。いきなりすまない。貴女のことは大好きだが、婚約の返事を急かしたわけではない」(大好きだ!)
「ぁ、いえ……あのですね、夫といえど、妻の素肌は、普通は、け、結婚する時に初めて見るものらしい、です……」
曖昧に言ったつもりだが初夜のことだと伝わったらしく顔を赤らめる。ほとんど赤い文字がピンクになっていた。
「す、すまない……」(想像するな)
文字は普通なのに、ハートマークが飛び交うせいで私まで照れてしまう。ジャンは意図していないことだが、彼に会う度求婚されているようだった。
* * *
「ディアナ、最近溜め息ばかりよ。大丈夫?」
「え……?」
自分では気付いていなかった。アリスが私の髪を櫛で丁寧に梳かしながら心配して尋ねてくる。彼女は私の髪を美しいと褒め、王妃にも関わらず時間があれば私の部屋に遊びに来ていろいろな髪型にしてくれる。
「最近忙しくて手紙すら書けないみたいだものね」
ドレッサーの鏡に映るアリスの視線が私が持っている手紙に向かう。この手紙はジャンからではなく王妃様からであった。彼が忙しく手紙を出せない旨が書かれてある。現に彼からの手紙はここ数週間途絶えていた。王妃様からの手紙も一週間前に届いたものだ。
実際会ったのはもう二か月も前。
「…………。ねえ、アリス」
「なあに?」
「アリスはお兄様に会えなかった時、寂しかったりした?」
「…………ごめんなさい、私が好意を自覚してから会えない時はほとんどなかったわ」
あ……。そうだった。
兄達の婚約は兄から申し出たこと。アリスより先に好意を自覚していた兄は時間さえあればアリスに会うために私の部屋へ来ていた。そして婚約してからアリスは王城に住んでいた。
「参考にならなくてごめんね。……でも、そうね。結婚してから彼が忙しくて会えない時があるけど、寂しいわよ」
「え。結婚してからも?」
「そうよ。好きだもの。好きな人に会えないのは寂しいしつらいわ。今のディアナみたいにね」
「ぇ……」
「はい、できた。綺麗よディアナ」
サイドで三つ編みにしてくれた。スカーフと一緒に編み込んでいて色合いもいい。
「ありがとう」
「どういたしまして。ねえ、ディアナ。相手が忙しいからって貴女まで手紙を書いたらダメってことはないと思うの。好きな人に会いたい、って言われたら嬉しいわよ。ジャンルカ様なら飛んでくるかも」
「えええ!?」
驚いて振り返ると私に対しにこにこ笑うアリスに言葉が出ない。
会えなくて、寂しい。……好き、だと思う。だが忙しい彼にそんな我侭を伝えてもいいのだろうか。
その時、ノックの音がする。兄かもしれないと返事をすると
「ディアナ! 会いたかった! やっと会えた!」(会いたかった!)
「えええ~~!!??」
迷っている最中に本人が来てしまった。ジャンはそのまま私に向かって真っ直ぐ歩いてくる。アリスがそそくさと離れていき私はイスから立ち上がった。
「手紙も書けなくてすまない。少し周辺のいざこざに巻き込まれていたんだ。今日争いが収まったからそのまま飛んできた。その髪型もとても素敵だ。好きだ」(すまなかった。会えなくて寂しかった。だから飛んできた!)
まさか手紙を書かなくても飛んできてくれたとは。髪型を褒められたのは嬉しいけれど、争い……?
「せ、戦争だったんですか?」
「そこまでのことではない。現に私は傷一つついていない。ああ、雑務処理は優秀な弟に任せたから心配しないでくれ。私が貴女に今会えていることがその証拠だ」(会いたかった。大好きだ)
確かに傷はなさそうだが彼は争いが終わってすぐ私に会いに来てくれたのか。王太子なのに?
戸惑っていると優しい声が頭上から降ってくる。
「貴女の懸念は分かるが心配しないでくれ。全員に了承済みだ。そもそも私が貴女に会えないことの不平不満を漏らしていたことが周りに不評でな。さっさと会いに行けと言われてしまった」(心配しないでくれ。貴女のそんな顔は見たくない。私は一番に貴女に会いたかった。愛している、ディアナ)
言葉だけでなく久しぶりにハートマークが部屋中を飛び交う。羞恥で私が何を言うべきかも分からなくなってしまった。
いつの間にかアリスがいなくなっていて二人きりだ。気を利かせてくれたのだと思うが、自覚したその日に何をすれば。
「……ディアナ。お願いがある。貴女の手を握ってもいいか」(お願いだ)
「え?」
突然何を。ジャンは真剣な顔をしていた。
「貴女の国では接触をするのはダメなのだと分かっている。しかし私は貴女に少しでも触れたい。貴女の温もりを実感させてほしい」(触れたい)
「っ……!」
ジャンの発言は無茶苦茶だ。婚約者でもない女性に言う言葉ではない。
それでも勇気を出して震える手を胸の前に持って行けば初めて会った時のように両手で包まれた。あの時はがっしりとだったが、今回は柔らかく握られる。
「ありがとう。貴女の温もりは安心する。大好きだ」(安心する。大好きだ)
手袋をしているから温もりなどないと思うのに彼に包まれている手が熱を持ったかのごとく熱い。いや、私の体全体が熱い。ジャンのとろけるような笑みが見ていられない。
「ぁ……あの。私、あまり自信がないんです」
「……え?」(?)
「髪だって赤いし。瞳も赤いし。外に出てなかったから体力もないし。それに、その……小さいし」
「……ん? 小さいとは?」(???)
ごにょごにょと小さく答えればジャンの顔から湯気が出た。他にもコンプレックスはいろいろあるが、貧乳は髪と瞳に次いで指摘されたくない部分だ。
「そ、それでも……貴方の妻にして、もらえますか?」
「――! も、もちろんいい! それに私は小さいほうが好きだ!」(小さいほうが好きだ!)
手だけでなく全身を抱きしめられる。ここまで異性と接触するのは初めてで体が強張る。
「好きだ。愛している、ディアナ」
抱きしめられているから文字は見えない。けれど周りのハートマークは大きく多くなっていた。
私もです、と呟いた言葉がジャンに聞こえていたかどうか分からないが彼が抱き寄せる力が強くなった気がした。