美しい!
その日、私ディアナは自国が主催するパーティーに参加していた。
カーディナル国国王である兄ユージンの誕生祭で国内外大勢の人が出席している。私は成人しているが未婚。婚約者もいない。兄達とともに挨拶周りをしていた。
隣国のクオーレ国は国王と王妃、そして王太子がいらっしゃっていた。礼をすると王太子のジャンルカ様が私を見て一言。
「美しい」(美しい!)
驚いたのはその言葉の意味だけではなく、目の前にいる男性の頭の上に見えた大きな赤い文字だった。呆然とする私をよそに両手をぎゅっと握られる。
「貴女に一目惚れしました。どうか私と結婚してください!」(結婚してください!)
「…………ぇ」
あまりのことに開いた口が塞がらない。とりあえず、貴方の頭の上にあるそれは何ですか?
聞こうとする前に隣にいた王妃様が焦った声を出す。
「ご、ごめんなさい。ちょ、ちょっとよろしいかしら?」
近くにいた兄達に断りを入れ少しだけ遠ざかり私と二人きりになれる場所へ案内された。
更にきょろきょろ周りを見回して近くに人がいないことを確認すると小声で私に囁いてくる。
「あのね……変なことを言っていると思われるかもしれないけど、貴女、息子の頭の上に何か見えなかった?」
「え……っと……」
私の態度で何かを察した王妃様がほっとしたように息をつく。
「ああ、良かった。貴女だったのね。ジャンルカが暴走してもし違ったらどうしようかと……」
「…………???」
一体全体何が何なのか。彼女にも頭の文字が見えたということだろうか。
「ああ、ごめんなさい。落ち着いて聞いてちょうだい。あのね、実は……」
王妃様が語ったことは聞いた覚えのない魔法であった。王太子の運命の相手にだけその人の心の中が文字にして現れるとは。
しかし実物を見てしまった以上否定することはできない。
だが、運命の人と言われても私のような人間が他国の王子妃になど許可されるまい。
私は国では珍しい赤い髪と赤い瞳を持って生まれた。家族の誰とも違う色。兄も弟達も黒髪で普通だ。
昔は心ない人達に母が不義を疑われたと聞いた。魔法で調べて父との親子関係が証明されても私の髪の色は国民に歓迎されなかった。
自分でも疎んで常に帽子をかぶっていたほどだ。
俯いていると王妃様は私を窺うように目線を落とし、優しい口調で話しかけてきてくれた。
「その……突然だけれど貴女はジャンルカのこと、どう思ったの?」
「え?」
「私もそうなのだけど、運命と言われても戸惑うでしょう? 貴女がいやなら何とか息子を説得するわ。でも、もし生理的にいやじゃないなら婚約を考えてくださらないかしら?」
「私……こんな髪で……」
「髪? もしかして赤い髪のことを気にしているの? うちでは関係ないわよ。貴女がこの国でつらい思いをしているならそれこそぜひ我が国に……」
「あ、いえ……」
確かに幼い頃は引き籠もっていた。しかし現在兄の妻となった親友が出会った時から私の髪や瞳を褒めてくれたおかげで私は徐々に城の外に出られるようになり、今こうしてパーティーにも出ている。けれど他の国なんて。
どう答えようか悩んでいたら王妃様が「ごめんなさいね」と謝った。顔を上げると胸の前で手を合わせている。
「ジャンルカの発言さえ突然なのにいきなりこんなことを言われたら困るわよね。でもお願いだから考えておいてもらえるかしら」
他国の王妃にここまで下手に出られては拒否することなどできない。小さく頷いた私に向けられたのは感謝の言葉だった。
* * *
その後二人で皆のいる場所へ戻った。義姉のアリスが心配そうに私を迎え入れてくれる。王妃様が何かをクオーレ国の国王に耳打ちし、承知したと言わんばかりに頷いた国王は兄に話があると言って二人揃ってどこかへ行ってしまった。
「す、すまない。突然で迷惑だっただろうか」(すまない!)
「……ぁ、いえ……」
説明された後で見ても目を疑う光景だ。
アリスに伝えたいがクオーレ国の王族以外には言えない魔法らしい。ジャンルカ様本人にも言わないほうがいいと説明された。
この後婚約に関しては話題にならなかったもののいろいろな話をした。
その間もずっと頭の文字は動いていた。好きだ、可愛い、美しいと褒め言葉ばかりが並べられ、彼の口からも私への称賛の言葉が語られた。
こんなに褒められるのはアリスに次いで二人目だ。彼女も彼女で「そうですよね」「その通りです」「貴方見る目ありますね!」と同意している。
パーティーが終わる頃には名前で呼び合うようになった。彼からはあだ名の「ジャン」と呼んでほしいとお願いされた。
ジャンは帰る時捨てられた子犬のような悲しい顔で私を見てくる。
「私は隣の国にいる。また会いに来ていいだろうか。貴女にお会いしたい」(また会いたい!)
ス、ストレートな人だなあ。照れて顔が赤くなってしまう。
未だに信じがたいが運命の人なのだと言っていた。まして私の赤い髪をまったく嫌がらずに受け入れてくれている。この人を拒絶してしまったら私は結婚できないかもしれない。
それに。
ジャンを見つめる。金髪碧眼。それは私の親友のアリスと同じ特徴。だから初めましてでも親しみを感じる。
言葉で返事できず頷くだけであったがジャンは
「ありがとう!」(ありがとう!)
と大声で歓喜していた。
* * *
兄とクオーレ国の国王の話はやはり婚約についてだった。
昨日はお互い疲れていると早々に別れてしまったため次の日にアリスの私室で使用人をつけず話し合うことになった。
「私はいいと思う」
まず兄が口を開いた。
「あの国のほうが開放的だからディアナの髪の色は気にならないはずだ。文化が違って戸惑うことがあってもディアナにとってはいい選択肢だと思う」
好意的な兄に対しアリスが迷ったように呟く。
「私は寂しいわ。ディアナが他国に嫁いでしまったら隣国とはいえ滅多に会えなくなってしまうもの」
私もそれは寂しい。王妃様はいい人そうに見えたが同年代の女性で親しい人ができるだろうか。
「でもいい人だったわね。ディアナを大切にしてくれそうだと感じたわ。……ん? なあに?」
じっと見ていた兄の視線に気付き首を傾げる。
「もしかして妬いてるんですか? 私はディアナの夫としていいと褒めているんですよ」
兄は時折私相手にも嫉妬する人だからあまり関係ないと思う。そこら辺はアリスに任せよう。
兄によると政治的にも有意義な相手だそうだ。曲がりなりにも私は王族。婚姻が少しでもこの国に役立つならありがたい。
「一番大事なのはディアナの気持ちよね。どう?」
「んー……まだ分からないわ」
王妃様の言っていた生理的な嫌悪感はない。ただ私は婚姻問題を今までまったく考えていなかった。周りは私の意思を尊重してくれるが、いざ身近に迫ってみると命令してもらったほうが気楽だとひどいことを考えてしまう。
「そうよね。相手も急かすつもりはないとおっしゃっていたから交流してゆっくり考えてみるといいと思うわ」
アリスの発言に兄が首肯する。
大国の王太子の婚姻を急かさないなんて、あの魔法はそんなに重要なのか。
ジャン。
私の夫となるかもしれない人。
そう思うと彼の姿が脳裏に焼きついて離れなくて、次彼に会うのはいつかと待ちわびてしまった。