43話 騎士の誓い
時刻は深夜。俺が周囲の警戒と火の番をしている所に、一人近づいて来る人がいた。
「隣、よろしいですか?」
「勿論お好きにどうぞ」
俺の隣に座ったのはロネ姫だった。
彼女は先ほどよりも落ち着いた顔になっている。いつものような美しさの中に、儚さもある。どこか惹かれるような何かが彼女の中にあった。
「先ほどは失礼しました。お恥ずかしい所を……」
「いえ、そんなことは無いですよ」
「皇女としての自覚が足りませんでした」
「それは……」
俺には何が皇女としての自覚なのかが分からない。もしかしたら、弱音を吐いたりするようなこともしてはいけないのだろうか。
「皇女は弱音を吐いてはいけない。もし吐きたくなっても飲み込みなさい。そうでなければ誰もついて来ないからと。ほとんど会えないお母さまのお言葉ですわ」
「お母さま?」
「ええ、今は立派に皇后様をなさっています」
「気軽には会えないんですね……。やはり寂しいのですか?」
「小さい時からですから、あまりそういった感情にはなりません。それよりも、ウテナや、いつもそばにいてくれる方々がいますから……」
「皆さんとても姫様を慕っておいででしたよ」
「ありがとうございます。皆自慢の方々です」
「それで、どうして私の所に来られたのですか? 2人きりで無ければ話せないことでも?」
周囲には誰もいない。正確には寝ている人達がいるが、俺達の会話は聞かれてはいないだろう。
「…………」
俺が聞いてもロネ姫は黙ったままだ。彼女は火を見つめている。
暫く彼女と共に火を見続けた。彼女にも何か言いづらいことがあるのだろう。
沈黙は彼女によって破られた。
「わたくしの親衛隊に入りませんか?」
「え……?」
唐突だった。いきなり話された上に唐突な内容だったので、一瞬理解することが出来なかった。
彼女の方を見ても、彼女は炎を見つめるばかりでその横顔は変わらない。ただ、彼女の口だけは動く。
「わたくしの親衛隊に入りませんか?」
「どうして、私なんでしょうか?」
今度は反応することが出来た。
「貴方が欲しいから。それ以外に理由がいりますか?」
「えっと……。俺でいいんですか?」
「当然でしょう? 貴方は自分の価値というものを知るべきです」
「そういった話はあんまり分かりませんが……。分かりました」
「そうですか、断りますか。ですがわたくしの陣営に入れば……何ですって?」
「貴方の元で働かせて頂いてもよろしいですか? といっても龍脈の方でも仕事があるかもしれないので、ずっとという訳にはいかないかもしれませんけど」
「……本当ですの?」
ロネ姫が目を見開いて俺を見ている。
「本当ですよ」
「本当の本当ですの? わたくしの陣営は兄弟の中で最も弱いですよ? 他の兄弟や、強い貴族の方が良かったと言っても知りませんわよ?」
「本当にいいですよ」
「他の貴族の方が待遇とかも圧倒的でいいのですよ?」
「気にしませんよ」
ロネ姫が長いこと沈黙して、やっと次の言葉を絞り出す。
「…………わたくしから誘っておいてあれなのですが、どうして受けてくださったのですか?」
「いいなと思ったからです」
「え? もしかしてセレットさんはわたくしの様な体が?」
ロネカ姫は腕で胸を隠すような仕草をして俺から少し離れる。子供のように顔が赤いのが可愛らしい。
俺は軽く笑って否定する。
「そうではありません。貴方とウテナの関係がいいなと思ったんです」
「わたくしとウテナが……?」
「はい。私の前の国の王や、上司は正直に言って好きではありません。助けようという気持ちにも勿論なりません。でも、どうせ誰かに仕えるのなら、命がけで守りたい。そう思える人がいいんです。そして、ウテナと貴方の関係は、とても素敵です。これだけ部下の名声のことまで考えてくれる人であるならば、働き甲斐もあるんじゃないかなと思いました」
俺はロネ姫に向かって笑いかける。
「だから、俺を部下として受け入れてくれませんか?」
俺は彼女に頼む。このままずっと行けば、またトリアスの様な誰かに利用されてしまったり、カスール国王の様なやつに手柄だけ持って行かれてしまうかもしれない。そんなことは気にしない。でも、そのせいでアイシャや、身の周りの奴にまで迷惑がかかるのは嫌だった。
だから、俺は考えた。国に所属する時点で誰かの元で働かなくちゃならない。誰かの元で働くのなら、誰がいいのかと。そして、俺は今回の件でロネ姫なら忠誠を尽くすべきなんじゃないのかと考え決めた。
自分からなんて言おうかと思って迷っていたけど、ロネ姫の方から言ってくれたのは正直助かった。
「一度騎士の誓いを立てたなら、裏切ったら許しませんわよ?」
「構いません」
「数が多くないので仕事も忙しいのよ?」
「今は暇なので少しくらい忙しくなってもいいですよ」
「わたくしの所は弱小です。他の兄弟たちにちょっかいをかけられるかもしれませんよ?」
「それからも守って見せましょう」
「皇族だから色々怨まれています。街中で襲われるかもしれません」
「その為に護衛がいるんでしょう?」
「それから……それから……本当にいいんですね?」
「はい」
彼女は泣きそうな顔をしている。しかし、心が決まったのか、彼女は頭を振り、すっと立ち上がった。
彼女は右手を差し出してくる。
「セレット。わたくしの騎士として、生涯守り抜くことを誓いますか?」
俺は片膝をつき、彼女に向かって頭を垂れる。
「誓います」
「ではここに」
俺は彼女の右手に嵌っている指輪にキスをする。
「……」
「……」
今のがこの国で騎士の誓いを立てる時の作法だ。といっても本来はもっと面倒なこともあったりするが、色々と纏めるとこれくらいになる。
だけど、俺はこれでいいと思った。正直皇帝の前で今のを仰々しくやる気にはならないし、人に見せるものでもない。と。
「セレット。これからよろしくお願いしますね?」
「はい。ロネ姫様」
「セレット、貴方はわたくしの騎士になったのです。姫など要りません」
「しかし」
「いいから、他の人も寝ていて聞いていません。言ってください」
「う……ろ、ロネ……様」
「はい。セレット。これは最初の命令です。ふふ、後2人でいる時は様をつけないこと。いいですね?」
「はい。畏まりました」
こうして、俺は龍騎士であり、ロネ姫のいや、ロネの騎士にもなった。
「あ、それと頼まれていた茶です。いらなかったかもしれませんけど」
「もう……ここで言わなくてもいいじゃない」
彼女の顔が赤かったのは、火の反射のせいだったのだろうか。




