37話 ウテナはすごい
俺達一行はガンプノスへ向けて進んでいた。2日かけて進み、ガンプノスへもう少しで丁度半分という時に問題が起きた。
「どうなっているの! 何でわたくしがあれほど楽しみにしていた物を買い忘れるのよ!」
「大変申し訳ございません」
「失念しておりました……」
ロネ姫の大声が聞えて何事かと外に出ると、馬車の前でロネ姫がいつも側に控えているメイド2人に対してだった。
その剣幕はすごく、彼女の2つ名である『悪姫』という名前がよぎる。
「謝るくらいなら今すぐにとってきなさい! さぁ! 早く!」
「姫様……どうかお許しを……」
「この森では最近魔物が出ると聞いています。どうかご慈悲を……」
「出来る訳ないでしょう!? すぐにとってきなさい! わたくしの命令ですわよ!」
メイドは何とか許しを求めるが、ロネの険しい表情は変わらない。
そこに助けに入るのはウテナだ。
「姫様、その様な事をおっしゃらないでください。彼女たちだけではこの街道は危険があります」
「なりません。わたくしは今……そうですね。無茶は言いません。明日までは待って差し上げます。買ってきなさい」
「姫……今回のわがままは流石に……」
「ウテナ。わたくしの親衛隊長なのでしょう? やりなさい」
ウテナは悩んだ末に結論を出す。
「……分かりました。それでは私がグレンゴイルに戻って」
「なりません」
「姫様!?」
「なりません。ウテナ。貴方はわたくしの護衛でしょう? その対象であるわたくしを置いて何処に行くつもりですの?」
「それは……そうですが……」
ウテナが困っているのが分かる。なら、ここは俺が出るべきだろう。
「ロネ姫、私ならばよろしいですか?」
「あらセレットさん。いいのかしら?」
「はい。グレンゴイルにまで戻って指定された茶を買って戻ってくればいいんですよね?」
「当然。わたくしは優しいから明日まで待って差し上げますわ」
「畏まりました。それでは私が行ってまいります」
「そうですか。では頼みましたよ?」
「はい」
「貴方達。渡しなさい」
「はい」
ロネ姫が指示を出すと、メイドの一人が1枚の紙と袋を差し出してくる。
「これは?」
「これにはどこの店に行ってどれを買えばいいのかということが書いてあります。そして、袋の中には購入用の代金が入っています」
「分かった。それじゃあ行ってくる」
「え? これから寝る必要があるのでは?」
「何、必要であれば数日寝ずに戦うこともできる。だから大丈夫だ」
「そ、そうですか。ありがとうございます」
そう言うメイドの顔が少し引きつっているような気がするのは気のせいだろうか。
「ウテナ。荷物は残していく。後のことは任せる」
「ああ、頼んだ」
こうして、俺は体に魔力を回し、グレンゴイル目指して走る。
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次の日の昼、ロネ姫は自身の豪華な馬車の中で高笑いをしていた。
「おっほっほっほ。やはり事前に聞いていた通りですわね! 頼んだらなんでもやってくれるお人好し、頼もしいですわ!」
「ウテナ様に聞えますよ」
「そ、そうでしたわね。それはまずいですわ」
ロネはさっきまでの笑いが嘘のように、窓の外を見てウテナが気付いていないかを気にしていた。
「バレてないようですわね……。ふふふ、これでセレットは間に合わず、ウテナがちゃんと仕事をする。と、そろそろ時間かしら?」
ロネは時計型の魔道具を取り出し、時間を確認している。
横から時計の時間を覗き込んだメイド達が頷く。
「そうですね、そろそろだと思います」
メイドはポケットの中に握った何かに力を注ぐ。
「ちゃんと演技をしなければいけませんわね。それにしても、昨日の演技は良かったのではなくて?」
「そうですね。姫様の株も下がり」
「私たちも仕事が出来ないメイドとして言われることでしょう」
「ごめんなさいって昨日も謝ったでしょう? 貴方達を代えることなんてありませんから許してください」
「許す許さないはいいので、結婚相手はちゃんと探してくださいよ」
「そうです、そこさえやってくださるなら私たちは幾らでも怒られますから」
「ふふ、そうね。任せておいて頂戴。必要なら兄上だって何とかして……」
「「そこまではいいです」」
「そうなの?」
「そこまで高望みは」
「後々怖いですからね」
「そう。分かったわ。丁度いいのを探しておかないとね」
ロネが彼女たちの婚約者は誰がいいのか、そう考え始めた時に、外から低い唸り声が聞えて来た。
「ヴォオオオオオオ!!!」
「敵襲! 密集体型を取れ! 戦えない者は姫様の周囲に!」
ウテナの鋭い声が飛び、他の人達は弾かれたようにして動く。
戦えるオリーブ等の騎士は外側へ、戦えない文官等はロネ姫の馬車の側へ。
準備が整う頃には、森の奥からさっきよりも大きな叫び声が聞えてくる。
「ヴォオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
木々をバキバキと踏み倒し、3体の魔物が現れる。それは、額にも目を持つ大きな熊型の魔物だった。
その魔物を見て、ウテナが叫び、それに聞くのはオリーブだ。
「グリードベアか! それも3体も!」
「どれくらいの強さですか!」
「Bランクの魔物だ! この森の主といったところだ! それが3体も同時にとは、運がないな! 各員! 半分に別れて一体ずつを押さえろ! 残りの一体は私がやる!」
「「「了解!」」」
戦闘は護衛団側に優位に運ぶ。
護衛としてある程度魔物に強いものも選んできていたし、何より相手が人型に近い。それが彼らにとって戦いやすい理由だった。グリードベアは確かに強いし硬い。だが、精鋭の護衛団であれば倒せない程ではない。
「遅い! その程度で私を倒せると思うな!」
グリードベアの爪の攻撃を避けながら、ウテナは反撃に転じる。
彼女の攻撃は奴の体を薄くだが切り裂き、出血させていく。
グリードベアが1回攻撃をする間にウテナは3回はレイピアを振り、傷だらけにしていく。
「他の仲間は……問題ないな」
ウテナは周囲にも視線を配り、問題が無いかを確認する。指揮官として周囲にも目を配らなければならないのが大変な所だ。
その攻防は続き、ウテナが止めの一撃を放つ。
「はぁ!」
「ヴォオオオオオオ……」
彼女がが一体のグリードベアを倒す。息つく暇もなく他の所に援護に行き、それぞれの魔物も倒しきる。
ウテナは周囲を確認し、一息つく。
「ウテナ!」
「!?」
そこに、誰かがウテナ目掛けて突進してきた。
「姫様!?」
ウテナがその相手を抱きとめて、姿を確認するとロネ姫だった。
ロネはウテナの堅い鎧をものともせずに抱きつく。
「ありがとうウテナ! あなたがいたからわたくしは助かったのよ! 流石ウテナ! わたくし一番の騎士よ!」
「ありがとうございます姫様。ですが、もしここにセレットがいれば……」
「仕方ないわ! いないものはいない! そんなことよりもウテナ、貴方がわたくしを守ってくれたことが嬉しいのよ!」
「姫様……」
ウテナはそう呟いて、ロネを抱きしめ返す。
「ウテナ……ずっと私の騎士でいてね……」
「勿論です。姫様」
2人の仲の良さに周囲の者達も涙ぐんでいる。
しかし、肝心のロネはと言うと、計画通りに行って満足、という顔を誰も見られない位置でしていた。
そんな彼らの元に、新たな咆哮が聞える。
「バオオオオオオオオオオオオ!!!」
ウテナはロネを抱えてすぐさま馬車の中に放り込む。
「え?」
「姫! 他にも魔物が出てくるようです! 馬車の中でお待ちください!」
ウテナはそう言って声のする方に向かい、指揮を取り始める。戦闘で傷ついたものを下げ、武器の交換をさせるなどやることは沢山ある。
しかし、ロネの頭には? が並んでいた。
後ろからメイドが近づき尋ねる。
「姫様、あの魔物も姫様が?」
ロネは首を横に振る。
「知らない……わたくしが用意していたのはグリードベアまで……。だから知らない」
「そんな……」
「では一体何が来るというのですか……?」
メイドの問いに答えられる者は誰もいなかった。




