31話 ウテナの頼み
秘書との依頼が終わった次の日。
「ウテナは今日も仕事が忙しいのかな……」
俺はいつもの部屋で、ウテナを待っていた。
時計の針は既に約束の時間を過ぎていて、俺はどうしようかと考える。
「一人で本でも読むか? 苦手なんだよな……」
そんな事を考えると、扉の外から慌ただしく走ってくる音がした。
バン!
勢いよく開けて入ってきたのはウテナだった。
彼女は入って来るなりつかつかと近づいて来る。
「セレット、頼みがある」
「な、なんだ?」
彼女は何時になく真剣な顔で、困っているようでもあった。
「その……。今度ロネ姫が公務でこの城を出る話を知っているか?」
「いや、初めて聞いた」
「そうか。その護衛なんだが、緊急の用件で人員に欠員が出てしまったんだ」
「うん」
「それで、セレット……。一緒に護衛として行ってくれないか?」
「え……ええ? ロネ姫って女の人だよな? 男でもいいのか?」
確か自分の親衛隊とかはほとんどが同性の者で固められているはずだ。この前ウテナの代理で来た騎士も女の人だったし。
「問題ない。あくまで護衛だ。それに、皇族のお気に入りとなれれば、異性だろうが関係なく親衛隊にいる」
「そうなのか?」
「ああ、ロネ姫の姉上の所にいる4騎士も男だが仕えている」
「そうだったのか」
「ああ、だから問題はない。護衛も一応ということで頼んではいるが、基本は国民に顔みせをするつもりだけらしい。危険なことは無いはずだ。だから頼む」
ウテナが頭を下げてくる。
「いいぞ」
「本当か!」
ウテナが顔をあげて嬉しそうに聞いてくる。
「ああ、ウテナがいないなら礼儀の訓練も意味なくなるし。ただ、龍脈の方は行かなくてもいいのか?」
「ああ、こちらで調整する」
「じゃあ頼んだ」
「感謝する。といっても、出発は明日。そこまで長い間行く予定は無いが、2週間位はかかる可能性があることを覚えていておいてくれ」
「急な話だな」
「そうなんだ、他の人を探す時間が無くてかなり怪しかったんだ。セレットがいてくれて助かった」
「これくらいならお安い御用だよ」
「それじゃあ手続きをして来る。セレットは自習してくれていてもいいし、どこかに行ってくれてもいい。他の者に伝えなければいけないこともあるだろう。では」
「ああ、またな」
ウテナはそう言って歩いていく。歩く速度はかなり早く焦っているのが分かる。
俺は彼女を見送り、アイシャ等に話しておこうと決めて歩き出す。
アイシャの研究室に到着した。
コンコン。
「……」
コンコン。
「……」
「アイシャー! いないのか?」
俺がそう聞くと、中なら慌ただしい音が聞えてくる。ガシャガシャドンガラン。何かを倒したり、落ちるような音の気がする。
それから暫く待つと、中からアイシャが出て来た。
「な、何? どうかしたの?」
「こっちのセリフだ。何かしてたのか?」
「あはは、実は装置を弄ってる時に来られたから焦っちゃって。倒しちゃったんだ」
「手伝おうか?」
「大丈夫。どこにあったか分からなくなると大変だし、並び順とかあるから。それで、どうしたの?」
「ああ、明日からロネ姫の護衛で2週間くらい旅に出ることになってな。相棒の調整が終わっているのかと思ってきたんだ」
「ロネ姫の護衛? 何でまた男のセレットが?」
彼女は眉を寄せてそう聞いてくる。
「何でも急な欠員が出て、探し回った結果そうなっちゃんったんだって」
「ふーん。ま、いいわ。アスカロードは持ってくるわね。ちょっと待ってて」
「ああ」
アイシャは部屋の中に戻って行って、少しして戻ってくる。俺の相棒は彼女の魔法によって浮かされていた。
「はい。これでいい?」
「ああ、助かる」
俺はアイシャから相棒を受け取り、いつものように腰につける。
「うん。やっぱりこの重さがしっくりきていいな」
「もっと軽くしてあげたいんだけど……なかなか上手くいかないのよね」
「俺はこのままでもいいぞ? 確かに軽い方が動きは速くなるが、ある程度の重さもないと攻撃に力がのらないからな」
「そうなの?」
「ああ、重さがないと速いだけの攻撃になる。適当な魔物だったらそれでもいいんだろうけど、龍を狩る時にはその重さが大事だったりするんだ」
「そうなのね……。分かったわ。これからの研究の参考にする」
「ああ、いつも整備助かる」
「これくらいしか出来ないからね。頑張って」
「ああ、邪魔したな」
「いいのよ。休憩にしようと思ってたけどお茶でもしていく?」
「早くないか? まだ9時前だろう?」
俺がウテナに言われて言われてからまだ1時間も経っていない。それなのに早すぎないか?
アイシャはちょっと拗ねたようにしながら答えてくれる。
「いいじゃない。もうすぐ2週間もいなくなるんだし……。少しくらい……ね?」
「それもそうか。入っていいか?」
俺がそう言うと彼女の顔が明るくなり、部屋のドアを開けてくれる。
「勿論よ。一緒にお昼も食べましょう」
「長居してもいいのか? 研究は……?」
「大丈夫よ。ちゃんと成果は出すから。さ、一緒に話すわよ」
俺は研究室の中に入れてもらい、彼女と何かを読んでいた秘書と3人で話した。俺達が別れたのは、昼の食事をしてからだった。
昼が終わってから、俺は大過の龍脈に向かっていた。
彼らとは一緒に訓練をしたり、時には一緒に龍を狩ることもあった。なので、それが出来ないということを言いに行かなければならない。
大過の龍脈のに到着すると、そこにいた門番に話しかける。
「よう、パルマは中にいるか?」
「これはセレット殿。隊長は中で訓練の指導に当たっていますよ」
「入ってもいいか?」
「勿論です」
「ありがとう」
門番に許可を貰い中に入る。中ではパルマがこの前の新兵たちに活を入れていた。
「そんな攻撃では龍は倒せないぞ! もっと力を入れろ! やらなければやられること忘れるな!」
「「「おっす!!!」」」
俺は訓練を邪魔するのは申し訳なく思い、少し離れた所で様子を見ていた。
それから数時間は訓練が続き、パルマが休憩を宣言した。
「良し! 20分休憩だ! 各自やったことの復習もしておけ!」
「「「はい!!!」」」
新兵達は大半がその場に倒れこんでいる。彼らにとっては厳しい訓練なのだろう。それほどやっても、多くの犠牲を出すのが龍脈衆というものだが。
パルマも汗を拭き、他の龍脈衆の人達と話していた。その顔は真剣で隊長を任されているだけある。
俺は彼女たちの話が一段落した所で、彼女に近づき声をかけた。
「パルマ、ちょっといいか?」
「!? せ、セレットか? な、なんだ?」
物凄く動揺しているが大丈夫だろうか。
「ああ、ちょっと話しておきたいことがあって、少しいいか?」
「勿論だ。といっても余り長い時間は話せないが……」
「そんなにかかる話じゃない」
「そうか、一体何の話なんだ? ……休みでも分かったのか?」
彼女の声には何だか優しさというか、甘えるような感じが入っていたように思うのは俺だけだろうか。
さっきまでは力強かった彼女の声も今は違って聞こえる。だが今の話はそうじゃないか。
「その、あれなんだ。明日から2週間位ロネカ姫の護衛をすることになって、少し帝都を離れることになった。だから……その……すまん」
俺が話始めると最初は明るい感じで聞いていたパルマだったが、2週間の辺りで顔がかなり落胆し始めたから物凄く申し訳なくなる。
パルマは俺が言い切ると頭を振り、気にしていないとでもいうように言う。
「お互い忙しいのは分かっている。お前は龍騎士という職だし、決まった仕事も今のところはない。だから仕方ないんだろ? ここで駄々をこねるほど子供じゃない」
「そうか、なら……」
「但し、帰ってきたらどこかに遊びに行こうな?」
「勿論だ。決まっているだろう?」
パルマからはそう言わなければならない様に感じさせる圧力が出ていた。何なんだろうか。
「楽しみにしているぞ」
「ああ、話はそれだけだ」
「分かった。オレは隊の訓練があるからな。またな」
「ああ、またな」
そう言って俺達は別れた。




