3話 アイシャ
ドオオオン!
「なんだなんだ!?」
俺はすさまじい音に飛び起きる。
周りを見回すが真っ暗のままだ。
しかし、周囲を守っている近衛騎士団が慌てているのは分かる。
「敵襲!」
「数は!」
「不明! ただかなりの実力の魔法使いがあああああああ!」
「おい! どうした! おい!」
ドオオオン!
「ぐあああああああああ!!!」
「があああああああああ!!!」
爆発音が近くまで来ていて、恐らく近くにいた近衛騎士団は死んでしまったようだ。
悲鳴の後には声も聞こえないし、気配も感じなかった。
ドン!
「うお」
何かが護送車の扉を蹴り開けようとしている。
しかし、護送車は半端な魔物に襲われても問題無いくらいには硬い。
「ちっ。ブレイク」
バギン。と音がして扉の鍵が壊れる。
凄腕の魔法使いが開けようとしているのだ。この鍵を壊すような威力の魔法は中々使えるようなものではない。
ガン!
扉を蹴破って誰かが入ってくる。
その輪郭は女性の魔法使いのようだけど、彼女の背後に燃え盛る炎が逆光になり誰かまでは分からない。
「腕を出して」
「あ、ああ」
素直に従ってしまう。
その声はつい最近聞いたような、それもとっても懐かしいような声な気がした。
「永久の守りなど存在せぬ。ブレイク」
彼女は強めの詠唱を入れて俺がはめている枷を魔法で壊した。
「ついてきて」
「分かった」
俺は聞き覚えのあるその声に従った。
護送車を出ると、そこは森の中の開けた場所だ。彼女は護送車から降りると、焼け焦げた死体の中を突っ切り一目散に森の中を走っていく。
俺も彼女に置いて行かれないように走る。
体中の節々が痛むが、今はそんなことを言っている状況じゃないこと位は俺にだってわかる。
そして、彼女は1時間以上黙って走り、ある洞窟に入っていく。
「ここまで来ればもう大丈夫」
洞窟の高さは1m程で、腰をかがめないと入ることが出来ない。入っていく彼女の後を追う。中は暗く、見通す事は難しい。
俺は中に入り、ゆっくりと進む。
がばっ!
「うわ!」
何かが俺に抱きついてくる。何だ? と思う暇もなくそれは彼女、幼馴染のアイシャだということが分かった。
彼女からする仄かな香りに、肩辺りで切られた特徴的なオレンジ色の髪が見えたからだ。
追いかけている時から、いや、護送車で彼女の詠唱を聞いた時から正体は分かっていたが、話しかけづらい雰囲気だったので黙っていた。
その彼女が今は俺に抱きついて涙を流していた。
「セレット……ごめんね……」
「アイシャ? どうしたんだ? というか何で謝るんだ。アイシャがいなかったら俺は処刑されていたんだぞ?」
「ううん、違うの。あれは元々そういう話だったの」
「どういうことだ?」
「セレットは気にしてないかもしれないけど、貴方の名前って実は凄いの。もしも本当にしっかりとした手順で追放しようとしたら多くの人が反対するわ」
「そうなのか? 俺は皆賛成しているものだと思っていたけど……」
あの玉座の間での事を考えると彼女の言っている事が信じられない。
彼女はがばっと俺から離れて真剣な目で見つめてくる。
彼女の瞳は黒色で吸い込まれそうなほどつややかで普段は優し気な雰囲気を漂わせていた。ぷっくりと膨れた唇、太めの眉も彼女の愛くるしさを後押ししている。最近は会っていなかったが、彼女は昔より大きくなって、体つきも女性のそれになっていた。
そんな彼女が事の真相を話してくれる。
「それはそういう人しか集めなかったからよ……。反対しそうな力のある人は、皆仕事とかで地方に追い払ってからあんなことをしたの」
「何でそんなことをするんだ?」
「貴方を追い出すのに反対されない為よ」
「どうしてそこまで俺を……」
「貴方が邪魔だったからだって言ってたわ。トリアスのカスの下らない実験を邪魔する奴だって。それで、貴方が龍をしっかりと倒していたのに、大した確認もしないで……。それに、追放した先で殺す予定だったのよ」
「本当か!?」
俺はただバカ正直に護送車に乗っていたのか……?
「本当よ。王には貴方の武器で私が止めを刺すように、そうやって命令されたわ」
「それは……。破っていいのか?」
「まずいわ。でも、貴方を殺すくらいならそんな命令聞けない。だからセレット……。私と亡命しない?」
アイシャは俺の目を真っすぐに見て言ってくる。その瞳には覚悟が宿っていた。
「亡命? どこにだ?」
「隣の帝国」
「あの実力至上主義って言われてるここらへんで一番強い所か?」
実力さえあれば平民だろうが宰相に抜擢され、無能は公爵だろうが僻地に送られるというかなりの実力主義と聞いている。そんな所でやって行けるのだろうか。
「そうよ。私、前に魔法使いの発表会に出たことを覚えている?」
「ああ、確か近隣諸国から強い魔法使いを集めて発表会をするっていうあれか?」
「そう、そこでの発表が認められてね。帝国から来ないかって言われたの」
「おいおい、そりゃ凄いじゃないか。でも、どうして俺まで?」
「セレット、貴方は自分の力を分かっていない。貴方はただの龍脈衆の隊長で終わっていい人じゃないの」
「そんなこと言われたって……」
「お願い。私だけだと心細いの。来て頂戴……」
彼女はそう言って黙り込んでしまう。
俺はこれからの事を考える。
少なくとも、この国にいるつもりはない。いたとしても、きっとカスール国王やトリアス、近衛騎士に追い回されて安心して暮せる場所なんてないだろう。
なら、他の国に行くしかない。だが、俺はずっとこの国で生きてきた。しかもアイシャの様に他の国に行くこともほとんどなかった為、他の国の知識なんてない。今と同じように働けるかは分からないだろう。
それに彼女には世話になった。俺の相棒を彼女の秘書に預けておけば、翌日には新品の様になって返って来たのだ。
彼女には今までの恩も含めて返すべきなんじゃないのか。考えたら迷う必要なんてない。
「分かった。行こう。俺がどれくらい出来るか分からないけど、アイシャ。お前くらいは守って見せる」
俺は彼女の目を正面から見てハッキリと言った。
「その言葉、忘れないでよ?」
彼女の目には涙が浮かんでいた。