20話 もう遅い
「国が大変なことになる? 何でだ?」
俺は分からずに聞き返した。
「ちょ! まてっ!」
「病魔の龍脈から龍が溢れているのだ! 今も近衛隊が、わしの言いなり共が何とか押さえこんでいた! そして数を減らしている! もしこのまま貴様が帰らねば王城は大変なことになるのだ! わかったらサッサと帰るぞ!」
「何を勝手に機密を話しているんだ!」
兵士が思い出したかのようにひもを引っ張っているが、もう完全に手遅れだろう。
「使者殿、今の話は本当か?」
「いえ……。その……。はい。本当でございます」
使者は諦めたのか認めている。
「話を聞いた時は聞き間違いかと思ったが……。本当だったとはな。セルダース」
「ええ、ここまで愚かな王だとは思いませんでしたが」
「先王も相当愚かだったが、今回のは輪をかけて酷い」
「陛下は……。知っておいでで?」
使者は顔を真っ青にして聞いている。
「当然だ。その程度のことを知らずに皇帝が務められるか」
「であれば今の我が国がどれ程のことかはご存じのはず! どうか! どうか! 我が国の民の事を考えてセレット殿、いえ、セレット様を返して頂けませんか!」
使者はそう言って頭を床に雑巾の様に擦り付けている。ちょっと見ていて可哀そうになってきた。
しかし、皇帝は動じていない。
「民の為? お前達の間違いだろう? 民たちは既にほとんど避難し、残すは城で遊んでいた王たちやその仲間だけであろう?」
「それは……」
「知らんと思ったのか? まさかこの期に及んで嘘までつくとはな。呆れてものも言えんわ」
そんな話を見ていると、トリアスが叫ぶ。
「セレット! 我が兄があれだけ頭を下げているのにどうして自ら言わんのだ! 帰らせてくださいと! どう考えてもそうするべきだろうが!」
「はぁ? 勝手なことを言うのも大概にしろよ!?」
意味の分からないことを言われて納得出来るか。
「勝手なことではない! 我が兄があれだけ頭を下げているのだ! 分かるだろうが!」
ああ、そうか、奴にとって兄はそれほどに大事なのか。それで、その兄が必死に皇帝に頭を下げているんだから、俺がありがたがってさっさとワルマー王国に帰れ、と言っているのか。
「いい加減にしろ。お前と話すことはもうない」
俺は奴に冷たい視線を向ける。
兵士にも同様の視線を向けると、彼はトリアスの首ひもを引っ張り、元の位置に引き戻した。
トリアスは何か言いたそうだったが、兵士に引かれたひもに邪魔されてしゃべれるような状態ではない。
「さて、お前達はワルマー王国の使者として来たのだったな? 余の言葉を遮ってまでやりたいことだったのか?」
「これは滅相もございません。我が愚弟が大変な失礼を」
「よい。これ以上時間を使うことがもはや無駄だ。下がれ」
「そこを何とか! お願いいたします!」
「くどい」
皇帝がそう言うと、側に控えていた騎士達が一歩前に進む。
その威圧感だけで実力者達であることが分かった。
「ひぃ」
使者はそれを見て後ずさり、トリアスの首元に縋りつく。
「トリアス! 貴様がセレットを追放したのだ! 貴様が謝罪でも何でもして帰ってきて頂くのだ!」
「しかし兄上も追放には賛同していたではないですか!」
「お前がどうしてもと言うからだ! でなければただの龍脈衆等私が気にするものか! いいから土下座でも何でもして戻ってきてもらえ!」
「それは……」
トリアスは俺を見たり使者を見たりして迷っているようだ。
それはそうだろう。さっきまであれだけ上から目線で言っていたのに、今更言える訳がない。
「早くいけ! ここで行かねばどうなるか考えろ!」
「分かりました……」
トリアスがとぼとぼと俺の方に歩いてくる。
その顔は赤くなったり、青くなったり、白くなったりと一人で忙しいやつだ。
「セレット……様」
「なんだ」
トリアスは俺の前で自らの服を握りしめて立つ。
「どうか……戻って来て頂けませんでしょうか」
「さっきも言ったが……どうしてそれで戻って来ると思ったんだ?」
「セレット……様はワルマー王国に恩義を感じているはずです。長年働いていたので、あの城にも思い入れがあるのかと」
「俺はワルマー王国で働いた。孤児だった俺を受け入れてくれたし、長い間置いてくれたのは間違いない。ワルマー王国に世話になった」
「では」
トリアスの顔が一瞬明るくなる。
「だが、そんな気持ちはもう消えた。追放が決まったあの時、アイシャ以外の誰もが俺に対して冷たい目を向けた。唯一助けようと提案をしてくれたアイシャだけが救いだった。そんなアイシャはもう、あの王国にはいない。なら、戻る必要なんてない」
「そんな……」
トリアスの顔が絶望に染まっている。
「話はそれだけか? お前達に話すことなどない」
「……」
トリアスは黙って数歩下がる。
その後ろには使者が立っていた。そして、トリアスの耳元で何か囁く。
「!?」
トリアスは大きく口を開け、使者の顔を見つめている。
使者は一つ頷くとトリアスをもう一度俺の方に押しやった。いい加減にしてくれないか。
「頼む! 帰ってきてくれ! わしが出来ることなら何でもする! だから! この通りだ!」
「はぁ!?」
トリアスは俺に縋りついてくる。
顔を涙や鼻水で濡らしていた。汚いから勘弁してくれ、高そうな服なんだ。
「寄るな! 汚いだろうが!」
「頼む! 頼むぅ! そうでなければわしが追放されてしまぅ! もしかすると処刑されるかもしれん! だから! だから頼む!」
「お前が追放されそうになったからって、何で俺が戻らなきゃいけないんだ」
「お前の幼馴染のアイシャに魔法を教えてやった!」
俺はアイシャの方を見るが彼女は首を横に振っている。
「トリアスに教わったんじゃなくて、その師匠に教わったのよ。あんたなんかに習ったことはないわ。功績は持っていっただけじゃない」
「だ、そうだが?」
「か、返す! だから! 頼むぅ! わしを! わしを見捨てないで帰ってきてくれぇ!」
「はぁ、もう面倒だからハッキリ言おう。もう遅いんだよ。そう思ってくれるのが、もっと早かったんなら良かったんだけどな」
俺はトリアスにハッキリとそう言い放つ。
「そんな、ゆるし……」
「そこまでにしてもらおうか」
トリアスと俺の間に入ったのはウテナだった。
彼女は列の中でも前の方に並んでいたのに、わざわざ来てくれたらしい。
「セレット殿は貴国には帰らないと言っている。強引にでも連れて帰る気ならば、この国の騎士団を相手にすることになるが良いか?」
彼女の後ろには先ほど前に出てきていた騎士団が一糸乱れることなく構えている。その練度はすさまじく、相当な訓練を積んだのだろう。
ワルマー王国の近衛と比べるのも失礼に当たるレベルだ。
「……」
トリアスは沈黙でうなだれるしかなかった。
「それでは退室していただこう。使者殿もそれで良いですかな?」
「はい……」
こうして、彼らは帝国の騎士団に囲まれながら退出した。
そして、扉が閉められた時に、皇帝から言葉が発される。
「これにて本日は終了とする。各自、各々の仕事に戻れ。それと、セレットよ。この国に残ってくれたことを感謝するぞ」
「勿体なきお言葉。これからもこの国に尽くしたく思います」
「うむ。期待している」
こうして終わりを迎えた。表向きは。
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