14話 スタンピード(アイシャ視点)
時間は少し戻り、アイシャになる。
「その装置はそっち、それはそっちよ」
私はカイン帝国の技師をセルダース様に借りて実験を行なう準備をしていた。
小部屋は通路の門から最も遠く、小道には一番近い場所だ。
「それにしても貴方が来てくれて助かったわ。私だけじゃこんなに早く準備は出来なかったでしょうから」
私は、ワルマー王国からの秘書に話しかけていた。彼女は桃色の髪を三つ編みにしていて、大きな丸眼鏡をかけている。
国を出る前に書き置きを残しておいて、彼女にそれが見つかるようにしたのだ。
彼女はそれを見て、私が使っていた実験機材等を何とか持ち出して来てくれた。
「そんなことありませんよ~。私ももっと早くにこっち来たかったんですから~。何時でも準備は出来てましたしね~」
「そうだけどさ。こんなに唐突になるなんて思ってなかったから」
「本当ですよ~。もっと早くにセレット様を連れて一緒に行くんだーって言ってたのに、全然説得されないからどうなることかと思ってたんですから~」
「セレットってばずっと龍脈に籠ってるんだもん。仕方ないじゃない」
いつか説得しようと思って会いに行っても、ほぼ必ず龍脈に行っていて龍を狩っていたのだ。会いたくても会えなかったんだから仕方ないではないか。
それでは説得出来るものも出来ない。
「だから私が何度も説得するって言いましたのに~」
「私が自分でしたかったのよ」
「そんな事言ってるからセレットさんがあんなことになっちゃったんですよ~?」
「そうだけど……」
セレットには申し訳無いことをしたとも思う。だけど、セレットだったら、私が説得しても頷かなかったんじゃないかとも思うのだ。
セレットは人がいい。いや、良すぎるといってもいい。
彼は自分が損をしても、人のために働こうとしてしまう。だから、いきなり帝国に行こうといっても、きっと行かなかったんじゃないかという気がしてならない。ワルマー王国の人が困っちゃうからと言って。
「まぁ、結果これたので良かったですよ~。でも、セレットさんについては教えたんですか~?」
「何の事?」
「カスール陛下の2つ名の話とかですよ~」
「あーその話ね」
「はい~。カスール陛下の『不可視』はセレットさんのだって、言った方が評価も上がると思うんですけど~?」
「大丈夫よ」
「そうなんですか~?」
「ええ、セレットはそんな2つ名なんて無くてもまた新しい2つ名を作るわ」
「信頼していますね~」
当然だ。私がセレット以上に信頼……その、色々な感情を持つ人なんていない。
「私は戻りますね~」
そう言って彼女は再び仕事に戻った。
私もちゃんとやらなければと思い直して、装置の調整などをする。
そんなことをしていると、パルマさんが近づいてきた。
「お前達、今回が初めて?」
「ええ、そうよ」
無表情な顔で彼女が言ってくる。男の様に見えたり、というよりそういう仕草をしているけど、女の子というのはこうして話せばわかった。どうしてそんな話し方なのかは分からないけど。
「最初だからオレも一緒に見させてもらってもいいか? ここは想像以上に溢れる龍力が強い。だから最初の時は調整を間違えることがあるからよ」
「そうなんですか? ではお願いしますね」
「ああ、ここにいるからな」
「はい」
そうやって準備をしていると、他の所で何かがあったのか騒がしくなる。
「何かあったのかな?」
「ちょっと見てきます~」
秘書がそう言って小部屋から出て行った。
私は他の技師に指示を出しながら装置の調整を続ける。
「お前。中々の手際だな」
調整をしていると、パルマさんがそう話しかけてくる。
「そう? 他の人のやり方とかって最近見てないからわかんないのよね」
「他の人のやり方を見て学ぶと聞いたことがあるがそんなことはなかったのか?」
「そうね……。私も昔はそうやってたんだけど、参考になるような人が前の国からいなくなっちゃってね。それからは自分でしかやってないわ」
「そういうものか」
「そういうもんよ」
そして私はまた集中していると、秘書が慌てて入ってきた。
「アイシャさん! 反対側の小部屋で間違えて龍力を吸い過ぎたって!」
「なんですって!」
「なんだと!?」
私は驚いて秘書を見ると、彼女は真剣な顔をしてこちらを見ている。嘘を言っているようではないし、本当のことなのだろう。
そして、パルマさんも私の側にいたが、その話を聞いて広間に駆けて行った。
「急いで出た方がいいのかしら?」
「どうでしょう……。どうなんですかね?」
秘書がこの国の技師に問いかけている。
「恐らく大丈夫ではないかと……。あれくらいの事故なんて幾らでもありますから。それに私はここで長年やってますけど、本当に危険な時はここの龍脈衆の人たちが脱出に手を貸してくれるので安心しています」
「なるほど。それじゃあ続けましょうか」
「はい~」
「分かりました」
そうして準備を続けていると、パルマさんが慌てた様子で小部屋に入ってきた。
「おい! 急いで戻れ! 緊急事態だ!」
小部屋の中にいた私たちは、急いで外に出る。
私は走ってパルマさんに話を聞く。
「何があったの!?」
「分からん! だが、奥から龍の気配が感じられた。このまま行くとかなり危険かもしれない!」
そして、私たちが小部屋を出た頃には他の小部屋から多くの人が門に向かっている最中だった。
私たちは必死に走り、門を目指すが、その前に黄色い龍が立ちはだかる。
「クソ! 戻れ! 間に合わねぇ!」
パルマさんが叫び、私たちは弾かれたようにして元居た小部屋に戻る。
その背に、パルマさんの声が飛んだ。
「攻撃魔法も使うなよ! 死ぬのを早めるだけだ! 隠れていれば気付かれるのも遅くなる!」
「はい!」
小部屋から様子を見て居ると、広間には次々と龍が現れてきていた。
「そんな……。どれだけ現れるの……?」
「これはスタンピードですかね……。ライトニングドラゴンに、ストームドラゴン、アクアドラゴン、ホーリーロードドラゴンとか初めて見ました。あれはアーマードドラゴンでは?」
「貴方って人は……」
秘書は龍脈の中にいる龍を見て楽しみながら話している。まるでおもちゃをみてはしゃぐ子供の様だ。
そこに、先ほどの技師が頭を下げてくる。
「申し訳ありません。私の軽率な発言で……」
「気にしないで、こんなこともあるわ。それよりも問題はこの小部屋がどれくらいもつかってことね。すぐに龍は制圧をしてくるのかしら?」
「いえ、すぐにではありませんが、何日ももつものでは無かったと思います」
「そう……。私たちでも脱出する方法を考えないといけないわね……」
「……」
私は外の状況を確認するために顔を出す。
そこには秘書が言っていたように様々なドラゴンがかなりの数存在していた。
AランクやSランクの龍たちがこれほどいるなんて初めて見た。
パルマさんはその中で大剣を振り回して戦っている。
私たちが遠くから見ていても、その厳しさが分かった。
『大渦の龍脈』の龍脈衆たちもかなり善戦しているが、彼らの前に立つ龍の数も圧倒的。本来であれば1対多数になるはずなのに、1対1では話にならない。
1人、また1人と脱落していく。
それでもパルマさんは撤退の命令を出さない。門を背にして戦い続けている。
「っく! 下がるんじゃねえ! ここだけは何としてでも守り切れ!」
「しかしこれ以上は!」
「オレ達は大渦の龍脈衆! この程度の危機などなど乗り切って見せろ!」
「「「おお!!!」」」
かなり数は減ってしまっているが、その士気は高い。
「すごいですね」
秘書も感心している。
「うん、ここまでのチームは見たことないわ」
でも、彼らは後退していく。このままでは……。
「下がるなって言ってんだろ! このままだと中の奴らが死んじまう!」
「隊長! いけません! このままでは我々も全滅してしまいます!」
「だが!」
「隊長!」
ドオン! っとパルマが怒鳴っている間にライトニングラゴンのブレスが彼女に直撃する。
「隊長!」
「ぐっ……」
「失礼します!」
パルマさんが何とか踏ん張り、戦おうとしている背中を味方が襲う。
襲うといっても彼女を気絶させて門の外に出ていく。きっと、このままでは彼女が死ぬまで戦うと思ったからだろう。
「どうしましょう……」
秘書の手は震えている。
「大丈夫よ。セレットがすぐに来てくれるわ」
私は、何とか勇気を振るい起こして、彼を待つ。そして、自分たちが出来ることを考える。




