表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/5

おまけ ある夫人の嘆き


 今の境遇に満足している夫に腹が立つ。

 産まれたばかりの弟に出し抜かれ、廃嫡扱いになったと言うのに、平和に笑うこの男に。


 彼の子が宿るお腹をひと撫でする。

 最近益々張ってきた。

 夫となったこの男は喜ぶが、何が嬉しいのか分からない。

 若い肌はぱんぱんに張り詰め、お腹周りの違和感で動き辛い。しかも出産後はその反動で皮膚が弛むのだそうだ。

 お産で命を賭し、一気に老け込むとも聞いている。


 いらいらする。


 何故自分がそんな事をしなければならないのか。

 長閑(のどか)に広がる田舎町に、領主というより村長という表現がぴったりな小さな領地。

 その中にある簡素な屋敷。

 少ない使用人。

 

 王都にいられれば、あの立派な伯爵邸で過ごす事が出来たというのに。

 両親に言いくるめられ、彼の従弟に説得され、あれをあっさり手放した能天気な男に腹が立って仕方がない。


 それにあの従弟────王族なのだそうだ。

 最初は気づかなかった。

 身分を偽っていたのだそうだ。

 平民などと、どれ程美しい容姿でも、今の自分には相応しく無いと切り捨てた事が悔やまれる。

 そもそも夫は、何故そんな大事な事を妻である自分に話しておかなかったのか。本当に、役立たず。


 王都で再び会えた時は嬉しくて仕方が無かった。

 夫は、領地を出ない約束をしたと言っていたが、何を言っているのか。こんな場所で一生燻って生きていくつもりか。自分はまだ若いのだ。冗談ではない。


 恩人に礼を尽くさずにいるつもりかと、窘めて説得し、何とか再び王都へ。華々しいあの街は、やはり自分に合っている。

 あの方に縋ろう。

 きっと分かってくれる。助けてくれる。



 看護士をしていた頃、夫の担当をしていた。

 貴族だと聞いていたから、出来るだけ愛想良く振る舞った。

 ある日の夜勤に、治癒士の娘が夜通し必死に看病し、彼の手を握り励ましているのを見かけた。

 これはいいと思った。

 彼の麻酔の分量は医師に聞いていたから、目覚める時間に側に行き、手を握った。

 たったそれだけで彼は自分を救いの女神だと喜んだ。


 ずっと君が手を握ってくれていたのか? という問いかけには微笑みで返した。

 別に嘘は言っていない。

 勝手にそう解釈したのは彼だ。

 そしてその後の自分の献身を見て見初めたのも彼。

 何も間違っていない。

 好きな相手には良く思われたいもの。だから頑張った。それだけだ。


 貴族というのは皆彼のように純粋な人たちばかりなのだろう。自分なら上手くやれる。今度こそもっと良い相手と。


『あなたには伯爵夫人は無理だわ。……貴族を理解しようともしない』


 彼の母親にため息まじりに突き放された。

 泣きながら彼に訴えれば、彼は自分を庇ってくれたけれど。


 思わず奥歯を噛み締める。

 貴族の事など良く分かっている。

 彼と共に挨拶をした相手は、皆自分に好意的だった。

 自分を認めてくれた。


 だから大丈夫。


 お腹をひと撫でする。


 早く出てって。


 私は次に行きたいの。




 赤子を産んだ数ヶ月後、夫人は引き止める夫と泣く我が子を振り切り王都へ向かう。


 けれど、誰も彼女の話を聞く者はいなかった。


 伯爵家に嫁いだ者だと家名を名乗っても笑われるだけ。

 自分に好意的だった貴族たちの名前を必死で思い出し、訪ねて行っても、門前払いに会うだけだった。


 やっと話を聞いてくれた輩にお金を払い、城へ入れるよう取り計らって貰う手筈を頼めば、お金を持ってどこかに行ってしまった。

 

 何故……


 慰謝料と称して持ち出した金目の物は、いつの間にか無くなってしまっていた。



 なんとか王都から田舎の屋敷に戻る。

 あの方に会えなかった。

 従兄の元夫ならとりなしてくれるかもしれない。

 でも……


 王族というのは、何だか面倒臭そうだと思った。

 歩き回って疲れた身体に、少しだけなら田舎暮らしもいいかもしれないと夫人は思い直す。



 仕方が無いから彼で我慢しよう。



 けれど、屋敷には誰もいなかった。

 既に解体され、跡形も無かった。




 やがて彼女は、再び自分で働き、平民として生きていく事となるが、そんな自分に向き合えるまで、とても長い時間を要した。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ