第一幕「押しかけ生徒」 その2
投稿遅れます
「それでは、私はこれで」
「ありがとうございます」
「…どうも」
大家は本当にお茶だけをだしてそそくさ逃げて行った。
茶菓子は自分でだせということか。
本来ならばこのような場での裏切りは熊荘三箇条その弐『客人アラバ全霊ヲモッテコレヲモテナスベシ』に背く重罪である。
しかし家賃3ヶ月滞納の罪状ある手前今回は見逃してやることにしよう。
それにしても四ツ橋小雪と名乗ったその女学生はこの部屋に入ってからどうにも落ち着かないご様子だった。
右を見ては、左を見る。それの繰り返し。
どちらにしたって、読み捨てた本か、くしゃくしゃにして投げ捨てた原稿用紙だけしかないと言うのに。
そんな娘を尻目にこの部屋の主人である私はいくら女学生といえども茶菓子の一つも出さないのも自らの沽券に関わると思い、押入れを弄っていた。
やっとこさ、いつどこでもらったか忘れたがまんじゅうを発掘した。
うむ、見た目は大丈夫そうだ。
腹を壊したら壊したで、都会は合わなかったと送り返すには十分な理由ができる。
「すまんね。こんなものしかなくって」
早速皿に出して少女に差し出した。
「……」
小雪は出されたまんじゅうに手をつけずまじまじと見つめていた。
最近は文明開花だの近代化だのが叫ばれているが最近の貴族の娘は饅頭も見た事がないのだろうか。なんと嘆かわしいことか。
してそれが思わず口から出てしまう。
「この美味さを知らんまま死んでゆくとはなぁ」
パクリ。あら、おいしい。
「これ、腐っていますよ」
「―ッ」
私は思いがけない一言に思わずむせる。
思い出した、これは三年前の新人賞の時にもらったモノ。カビの一つも生えてないものだからすっかり勘違いしてしまった。
ちなみに一緒にもらった盾は質屋へゆかれた。なむなむ。
ともかく、小雪女史の指摘は正しいものであった。
ただ一点、その致命的な遅さを除いて。
どうせ遅れます