07戦目 部室
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「むー、悔しい……」
「まぁまぁ、落ち着いて、ね?」
放課後、姪原さんが俺の机まで来て、愚痴っていた。朝、畑江に言われたのをずっと気にしているようだった。
確かに休み時間中も、クラスではその噂で持ちきりだった。畑江が露骨にバカにしてたのもある。その度に俺が、突っかかろうとする内助を止めるので一苦労だった。なんで俺が止める側なのか……。
「そうは言っても、最下位は事実なんだろ?」
「そうだけど……他人に言われるのは悔しいの!」
姪原さんはバンバンと俺の机を叩く。どうでもいいが、壊れるから叩くのはやめて欲しい。
「それより、部活に案内してくれる約束は?」
「そ、そうだね。じゃあ行こっか?」
その言葉にハッとしたようだった。そして二人で鞄を持って立ち上がる。
「おっ、真偽帰るのか?」
「部活……ギルドに行くんだよ」
「ああ、そうなのか。俺もギルドに顔出すつもりなんだ」
「じゃあまた明日な」
「おう、また明日!」
内助と別れた俺達は並んで廊下を歩いていく。そういえば目的地は具体的に聞いてなかった。
「ところでどこまで行くんだ?」
「えっと、それは……」
何気なしに聞いた質問だったのだが、姪原さんはまたしても口ごもってしまった。……おいおい、何かあるのか。
「……どこに連れていく気だ?」
「だ、大丈夫だから! ちゃんと学校の敷地内だから!」
「その言い回しに不安しかないぞ……」
まぁ、一応学校公認の部活だから、変なことにはならないと信じたい。
「えっと、それより聞いてもいい?」
「おう、何かな?」
露骨に話を逸らされた気もするが、ここは乗ってあげるのが優しさだろうか。
「霜屋君はさ、以前ギルドに入ってたんだよね?」
「ああ、一応な」
別にギルドは学校の部活だけじゃない。例えるなら野球チームのようなものだ。部活もあればプロチームもあるし、趣味で作った草野球チームだってある。
俺も高校に入る前に所属していたギルドがあった。この学校でもみんながみんな部活に入ってる訳じゃなく、学校外のギルドに入ってる人もわんさかいる。
「どんなギルドだったの?」
「……大したところじゃない。仲間内で作った、十人もいないギルドだったからな」
「へー……その、なんでやめたのか、聞いてもいい?」
「…………」
今度は俺が口ごもる番だった。あんまり理由を言いたくない。細かく話すとなると、内情まで説明しないといけなくなる。
「……まぁ意見の不一致かな。それで解散になったんだ」
急に姪原さんがピタリと足を止めた。俺は振り返って様子を窺うが、俯いて何かを考えているようだった。
「どうかした?」
「霜屋君」
話しかけると真剣な目でこっちを見つめ返してくる。俺は思わず気圧された。その間につかつかとこちらに近づいてくる。そして俺の、鞄を持ってない方の手をぎゅっと握り締めた。手を握るのはこれで二回目だな。
「えっ、ちょっ?」
「私が、絶対楽しいギルドにしてみせるから。だから頑張ろうね!」
「あ、ああ……」
どうやら姪原さんにとっては、俺達がギルド解散したのは相当重く捉えるべきことらしい。俺は真剣な目に耐えきれず、目を逸らす。
「俺は仮入部なんだから、そんなに気にしなくてもいいんだぞ?」
「大丈夫! 絶対楽しくて、入部したくなるようにするから、ね?」
にっこりと笑った姪原さんの笑顔が眩しく思えた。
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思わぬところで立ち止まってしまったが、気を取り直して部室へと案内してもらう。そのはずだったのだが……。
「なぁ、姪原さん」
「ん、何?」
「確か、部室に案内してくれる予定だと思ってたんだが……」
「そのつもりだよ?」
何を今さら、と言うような不思議そうな表情を浮かべている姪原さん。だが、俺としては言いたいことがある。
「なぜ俺達は、林の中にいるんだ……?」
ここでざっくり地形を確認しておこう。俺達の通う大海高校についてだ。
この高校、山のふもとに建てられており、方角としては山の南側に位置する。
校舎は目的別に第三校舎まであり、敷地内に点在している。体育館やプール等の特別施設も含めてだ。まるで大学のように建物が多い。
当然部室というからには、文化部系の部室が集まる第三校舎に行くものだと予想していた。しかし予想に反してなぜか知らないが、学校の北側、つまり山のふもとの林の中の道を歩いていた。
「えーっと、もうすぐ! もうすぐ着くから!」
納得いかなかった俺は、不満も込めて姪原さんに問いかけたのだ。だが、姪原さんは明言するのを避けて、俺を宥めるような事を言ってきた。
「いや、しかし……」
「あっ、ほら見えたよ!」
俺が更に追及しようとしたその時、それを遮るようにして叫ぶ。俺は思わず前に目を向ける。するとそこは林の開けた場所だった。
「これは……」
そこにあったのは、小さな建物だった。見た目からわかるのは木造で二階建てだということ。ただ、一軒家にしては大きいし、校舎としては小さい気がする。アパートのような建物だ。
「驚いたでしょ?」
「ああ、ここは何の建物なんだ?」
「ふふ、ここはね、昔の管理人寮なんだって」
「管理人寮?」
「そう、管理人っていうか、用務員さんかな。昔まだこの学校に用務員さんがいた頃、住んでた建物らしいよ」
「へぇ~……」
そんな建物が残されているとは意外だった。そしてここまで連れて来られたということは。
「もしかして……」
「……うん。ここが私達『平和の園』の部室かな」
「この、百年くらい前に建てられたような建物が?」
「いくらなんでも百年は経ってないよ!? ……多分」
そうは言っても、どう見ても一昔前の建物にしか見えない。
「と、とにかく入って!」
「ああ……」
入口は大きいものの本当に古めかしく、あんまり気が進まない。土足で構わないとのことだったので、そのまま先へ進む。入ってすぐ右に大きな扉があった。
「ここが部室だよ。昔は食堂だったらしいけど、今は部室として使ってるの」
「それにしても、詳しいな」
俺と同じく新入生なのに。姪原さんはやたら校内の事情に詳しい。
「えへへ……実は入学式の前、春休みにお姉ちゃんにこっそり案内してもらったんだー」
「なるほど、な」
それなら詳しいのも説明がつく。
「さっ、入って入って!」
ドアを開けて中に誘われる。俺は恐る恐る足を踏み入れた。
「ふむ」
中は思ったよりもきれいだった。中々広いし、部屋の片隅には本棚もいくつか置いてある。真ん中には長テーブルがドンと置かれ、椅子も並んでいる。向かい合って座れば、十人は座れそうだった。一番奥はどうやら厨房になっているらしい。
「古いのと遠いのを除けば……中々広くていいところだな」
「でしょー。まぁそこが問題なんだけど……」
一応ぐるりと見渡すが、誰もいないようだった。まぁ隠れるのも難しそうだしな。
「で、誰もいないが」
「おかしいね……昼休みにお姉ちゃんに連絡したの。そしたら放課後先に行って、鍵を開けとくって話だったんだけど……?」
姪原さんも予想外の事態に困惑してるようだった。だが、鍵が開いてたと言うことは、来てはいるはず。
「たまたま席を外してるだけか?」
「そうだね、もしかしたらお手洗いかも。とりあえず座って待ってよっか!」
椅子を進められたので、五脚ほど並んでいる中から適当にテーブルの真ん中の椅子を引いた。その時だった。
「ひゃっ!?」
聞き覚えの無い、高い声が響いた。思わず姪原さんの方を見るが、目を丸くして俺の方を見返していた。
俺はジェスチャーでテーブルの下を指し示す。すると姪原さんもゆっくりと屈みはじめた。そのまま指で三つ数える。そしてゼロになった瞬間、バッと二人で挟むようにテーブルの下を覗いた。
「ふ、ふえええ……」
……テーブルの下には人がいた。髪を長く伸ばし、眼鏡をかけた女性。制服を着ていることから生徒だと思われる。気弱そうな表情に涙目になりながら、こちらを見返していた。俺が何か言おうとしたが、その前に姪原さんが口を開く。
「……何やってんの、お姉ちゃん」
「と、とあちゃん……」
今度は俺が驚く番だった。まさかとは思ったがこの人がお姉さんだとは。
「えーと、ごめんね霜屋君?」
「いや、それはいいんだが……」
テーブルから這い出してきた女性は、今は一番奥の席に座っていた。キョロキョロと視線をせわしなく動かしながら、片手で髪の毛先をいじっている。改めて見ると、背が高くてモデル体型のようだった。
「紹介してもらっても?」
「うん、こちら、私のお姉ちゃんで、姪原網目って言うの。二年生で『平和の園』のギルドマスターだよ」
またしても驚くことになった。姉のギルドに入ったとは聞いていたが、姉がギルドマスターだとは思わなかった。
「お姉ちゃん、こちら霜屋真偽君。クラスメイトで新入部員だよ」
「ひぃっ!」
「いやいやいや、そのリアクションはおかしいでしょう」
新入部員として紹介されたのに、なぜ怯えられてるのか。反応としておかしくないか?
「もーお姉ちゃんてば……。ごめんね、お姉ちゃん人見知りだから……」
「人見知りなのに、ギルドマスターなのか……」
それでやっていけるのか謎だ。あと、軽く流してしまっていたが、突っ込んでおかないといけないところがある。
「俺は仮入部だから。厳密には新入部員ではない」
「えー、いいじゃん。このまま入部しちゃおうよ」
「それはどんなギルドなのか、見極めてからの話だな」
「ケチー」
姪原さんは頬を軽く膨らましていた。そんな風に反応してても可愛く見える。
「え、えっと……」
「お姉ちゃんどうしたの?」
「仮入部って、どういうこと……?」
姪原さんが、俺が入ることになった経緯を詳しく説明している。俺はその間にお姉さんを観察していた。
おどおどした感じで、どう見てもギルドマスターには見えない。『デイドリ』のギルドマスターなら強さか、あるいはそれ以外の理由でマスターになる理由があるものだが。
「……という訳なの」
「そ、そうなんだ……わかった」
「だからこの三人で頑張っていこうね!」
「いや、ちょっと待て」
姪原さんが元気よく拳を突き上げた。そこに俺が待ったをかける。聞き捨てならないところがあった。
「何かな?」
「三人で、ってどういうことだ? 他のメンバーは?」
「それは……」
姪原さんが黙り込んでしまった。まさかとは思うがこの反応……。
「え、えっと、今のところメンバーは私と、とあちゃんだけなの……」
「…………何ですと?」
姪原さんの言う三人とは、掛け値無しにそのままの意味だった。文字通り『平和の園』のギルドメンバーはここにいるお姉さんと姪原さん、そして俺の三人だけらしい。
「そうか、最下位だもんな……」
「これからすぐランキング上がるから!」
姪原さんは必死に俺に訴えてくる。だが、正直俺にはそう上手くいくとは思えない。
「だけど、姪原さん……」
「あ、待って、それ!」
「え?」
更に言い募ろうとしたが、姪原さんに軽く指を差されて遮られる。何か間違えただろうか。
「私もお姉ちゃんも同じ姪原でややこしいでしょ? せっかく同じギルドの仲間になるんだから、私のことは投網って呼んでよ。ついでにお姉ちゃんも」
「えっ……」
迷う。親しくもない女子を下の名前で呼ぶなんて、なかなかハードルの高い行為だ。
「あー、ややこしいんだったら、『姪原さん』と『マスター』で分ければいいんじゃないか?」
「それじゃお姉ちゃんが、なんか他人行儀でしょ? マスターだと喫茶店みたいだし」
苦肉の策として提案してみたが、あっさり切り返されてしまった。やはり若干無理があったか。
「私も真偽君って呼ぶからさ、そうしよ?」
首を傾けながらにっこり笑う姪原さん。これは覚悟を決めるしかなさそうだ。俺は両手を挙げて降参の意を示す。
「わかったよ……投網」
「うん、よろしくね。真偽君!」