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汝は何なりや?

 

 【イネイブ】─それは五年前の大戦で出来た組織が国になったもので、多くは他国からの亡命者だ。故に種族は多種多様で人間・エルフ・獣人・小人族・機械人の主だった種族から数少ない希少種族まで多岐にわたる。

 その首都サンライズドーンは円錐状のドームで覆われた積層構造の立体都市。温度管理や気候変動は街のシステムが一括管理していて、気候などは比較的住みやすくなっている。行政区及び金持ちが暮らす上層ハイ、商業施設や一般的な家庭の人々が過ごす中層ミドル、そして一部の工業施設やアウトローが居着く下層スラムと構成されている。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 そして、その中層ミドルにあるササミヤ探偵事務所で一人すっ転んでいる奴がいた。


 それはササミヤアラタ……ではなく、その人の純白の髪に透き通った水色の瞳、およそ人間とは思えない端整な顔立ち。紺のスーツを着こなし、背中にジュラルミン製のケースを背負っているのはアラタのパートナーの機械人、レオノーラだ。


「な、なんで……ヒヒヒヒ、ヒナノさんが……?」


 彼女が指差すのはソファーに座っているアラタの妹であるササミヤヒナノにそっくりな少女。今は皆がよく知るヒナノとは違い、髪を下ろし患者が着るような簡易的な衣服ではあるが、小柄な体型といいどこからどう見ても間違いなくササミヤヒナノだった。

 普段、機械人であるためか彼女は気持ちや驚きなどは顔や行動に出さない。その彼女がこのザマである。アラタは深いため息をつく。


「一番冷静な判断が出来そうなレオノーラがこのザマか……。こりゃアイツらに教えるのは当分先だな」

「そ、そうですね。あの方達なら見た瞬間、気絶は必須だと思われます」


 アラタとレオノーラは戦友かつ今も頼りにしている二人を思い浮かべる。二人はヒナノ似の少女を見せた時、戦友達が気絶するのは容易に想像できた。



 それ程アラタ達にとって、『笹宮緋奈乃の死』というのは確実だったのだ。


 

 アラタ自身はその時、何をして妹を殺したのかは記憶にない。しかし病院の床で伏しているアラタに『妹の死』を伝えた戦友達やレオノーラの辛そうに顔を歪めていた事実は痛いほど覚えている。

 そのほかにもアラタ達はあの対戦で多くのものを失った。それを一つずつ、心の中で噛み締め、意味を見出し、一歩一歩進んできたのだ。そうしてこの平和を取り戻した世界で何をすべきか考え、それぞれが己の道を進んでいる。


 本当なら諸手を上げて喜びたい。『帰ってきてくれてありがとう!』と抱きしめてあげたい。嘘でも信じたい……。

 ただあれから五年。アラタ達が本心からそう喜べる時期はとうの昔に過ぎてしまっていた。



「……大丈夫ですか?」


 そんなヒナノ似の少女はこちらを不安そうに見ている。アラタ達の不穏な空気を感じ取ったのだろう。アラタはヒナノ似の少女の対面のソファーにゆっくりと腰を下ろし、メモとペンを置く。


「すいませんがお名前は?」

「……分かりません」

「身分を証明できるようなもの、お持ちでは?」

「……ないです」

「……最後に覚えているのは?」

「……すいません」

「記憶喪失……ですか」

「何故ここへ?」

「これを……」


 少女がアラタに渡した紙切れは『ササミヤ探偵事務所』と住所が示されていたビラだった。

 アラタは持ったペンを置き、空を仰ぐ。『運命的』といえば聞こえがいいが、一切の手がかりなし。警察に行けと言えば話は早いだろう。実際、身元不明の少女の身元を私立探偵事務所が引き取るということ自体おかしい。

 ただここで手放していいのかという考えもアラタにはある。記憶はないが、死んだはずの妹と姿かたちをする少女なぞ、訳ありもいいところだ。ここは独自に調べてみるのもありだろう。


「すまん、レオノーラ。この子にマシな衣服を買ってきてやってくれないか?」


 そう言ってアラタは適当なお金を渡す。レオノーラは察したのか、何も言わずオフィスから出て行った。そうしてアラタと少女の二人になり、静寂が訪れる。




「……確か依頼は『助けて』だったよな」

「はい……でも」

「なんとなく訳ありだってことは分かってる。これは俺の興味だし、金は取らない。その代わり質問に応えてくれ」


 アラタはそう言いながら席を立ち、机の引き出しの奥に仕舞い込んでいた黒い小包と銀色の十字アクセサリー、そしてアラタとヒナノが映る写真立てを持ってくる。アラタ自身、正直に言えばこのようなものを持ち出したくない。


「この写真は知っているか?」

「……これ私ですか? ……すみません」

「このアクセサリーの方は見覚えあるか?」

「これもこの写真の……?」


 無意味と分かっていても、答えなど返ってこないと分かっていても、アラタの気が済まなかった。自分の罪を妹の代わりに許してくれる存在に縋っているのかもしれない、と彼自身が分かっていた。浅はかな考えだとここにいる彼自身が分かっていた。

 そしてアラタは小包からある物を取り出す。それは大戦時に彼が使っていた武器、黒い塗装に片方には赤、もう片方には青の溝が彫られたマグナム式双銃。銘を『エルターシュ』という。……そして笹宮緋奈乃の頭を撃ち抜いたであろう銃だ。その双銃を震える手で掴み取り、机に置く。


「……この二つの銃に見覚えは」

「……すみません」


 彼女は申し訳なさそうに頭を振る。その対面にいる男は自分が無様な人間であると痛いほど自覚していた。彼女が記憶喪失であることは分かっていた。それでもこの哀れな男は永遠に許されることのない罪から解き放たれることを期待してしまったのだ。

 彼は机に置いた遺品達を回収し、あるべき場所に収めた。……そこに憑く憂いとともに。


「すまない、記憶がないのに変な質問してしまったな」

「いえ……」

「ところで依頼の『助けて』ってのは、アイツらからってことか?」


 冷静なったアラタは玄関の方を指す。見た所、何の異変もなく静かなものだった。しかし瞬間にカツカツカツッ!と階段を駆け上がってくる音と立て続けにドン!ドン!と乱雑にドアを叩く音が鳴り響く。


「オラァ! 出せやコラァ!」

「そこにいんのは分かってんだぞ!」

「小娘ェ! シカトしてんじゃねえぞ! アァ!?」


「そんな子うちにはいませんよー」


「だだ、大丈夫ですか……!?」


 少女は男達の怒声にビクつき、オロオロしだした。対照的にアラタは何とも思っていないらしく、のんびりと返す。その言葉は外の男達の怒りに火をくべたのか、叩く音が一層激しくなっていく。最終的には蹴ってこじ開けようとしているらしい。

 そんな乱暴な様子が聞いて取れているアラタは深いため息とともに言った。



「あのなぁ……。ここはトイレでもねぇし、面接会場でもねぇんだ。猿じゃねぇんだからチャイムを鳴らせ。そんなことしたら『アレ』が作動しちまうだろ……」



 直後扉の外側で爆発音がなり、叩いていた男達の声が途端に消えた。アラタが面倒くさそうに扉を開けて確認すると、階下には男達が固まって落ちていた。見た所、キッチリとしたお召し物をしていらしたらしいが所々に穴が空き、中には気絶しているやつもいる。

  扉を再び閉め少女の方を見ると、こっそりとのぞいていた少女が口を覆っていた。そんな少女を見たアラタは笑いながら、少女の小さな頭を撫でる。


「少々俺はシャーロック・ホームズやらエルキュール・ポワロみたいな推理を生業とする探偵じゃなくて、警察の協力や依頼で強襲する戦闘屋に近い探偵だ。だからこういう逆恨みなんてものは日常茶飯事なんで、こういう仕掛けがあるってわけだ」

「そしてその仕掛けを担うのが僕だ」


 アラタの言葉に続いたのは、壁の側付けされた棚の上にある狸の置物。モノが喋ったことにより、少女は驚いて逆方向に飛んだ。そんな様子を楽しむように置物がガタガタ鳴らす。そしてポンという音とともに石像は煙に巻かれ、出てきたのはナマの狸。狸はヒョイと飛び降りて、少女の前で手を出した。


「そうやって驚いてもらえると、僕としても化けがいがあるね。アラタにもこういう反応をお願いしたいものだね」

「は、はじめまして」

「僕はタヌ吉なんて呼ばれている式神モノだ。これからよろしく頼むよ」



 少女は出された手をおずおずと握り返す。タヌ吉は握りながら少女の瞳をマジマジと見る。そしてこの式神には彼女の真髄が『視えてしまった』。



 そんなとき、レオノーラが衣服を一式詰め込んだ紙袋を持って帰ってきた。


「ただいま戻りました。部屋をお借りしても?」

「あぁ。ちょっとくらい時間かかってもいいぞ」


 彼女はアラタの了承を得ると、少女とともに違う部屋に移っていく。そして残された二人の少女の背中を見つめる。天井のシーリングファンが回る音だけが静かな部屋で鳴り響いていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 二人はアラタのデスクに腰掛けた。彼女を違う部屋に向かわせたのはこの話をするためだ。


「彼女は……?」

「知りたいかい? 君の欲しいものを裏切る結果かもしれないよ」

「分かってる。今は甘い夢より現実の方が欲しい」


 アラタはもう知っている。自分にとって優しい現実がないことに。儚い希望なんてものは神には届かないことに。

 そしてタヌ吉は『あくまで僕の見解だが』と一言付け加えてから告げる。


「……もし彼女が君たちが見てきた『笹宮緋奈乃』が蘇生されたとする。その場合『霊力』や『魔力』といった魂から生成されるようなものの循環が上手くいきすぎている」

「つまり……?」


 そして式神の狸は一拍置いてその疑問に答える。


「彼女は『笹宮緋奈乃』の姿そっくりかもしれない。しかしアレは笹宮緋奈乃に似た『別物』だ」


 



その瞬間、アラタは自分の頰を思いっきり殴った。それは心の中の甘えとの決別であり、彼は覚悟を決まった。


「『妹』じゃないというなら腹は決まった。このまま『依頼』は続行。取り合えず専門家に見せに行くぞ」




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