メッキの英雄
───周りには砂埃と異様な霧で見えない。
またここか。ここは一縷の希望すら入り込む余地のない場所。
『抜け殻』は『愛するもの』に銃を向ける。
一歩も逃げることは許されず、先には後悔しかないであろう道。
愛するものは逃げず、抜け殻も逃げ出せない。
愛するものは抜け殻に笑顔を投げかけ、抜け殻は弾丸を放った。
───ドォォン……パタン
弾丸は笑顔を赤色に染めて、先ほどの轟音とは対照的に『パタン』とあまりにも軽かった。
その音は生きていた『愛する者』とそこにある『モノ』の価値を表していたのかもしれない。
釣っていた糸が切れたのか抜け殻は座り込み、抜け殻の行き場ない感情は慟哭と化した。
───そのあまりにも哀れで救いようのない『抜け殻』は間違いなく『俺』だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……腰も首も痛いし、また変な夢を見ちまった」
そして目覚めた場所は木材を基調としたレトロ調な部屋。天井にはシーリングファンが二基回っており、雰囲気としては落ち着いた喫茶店のような場所だ。オフィスの机で突っ伏して寝ていたため、身体中がガチガチになっている。
大戦、通称『五種族戦争』はこの地球を支配していた大国が支配する旧体制をことごとく滅ぼし、主だった種族はそれまで支配していた人間達を追い出し、自分たちの国を建国した。結果『異種族』との共存を余儀なくされたのがこの世界。
しかもこの世界には『魔術』と『科学』が混在している。この世を例えるなら、倒壊寸前で辛うじてバランスを保っている建物。少しでも均衡が崩れれば、どうなるか誰にも分からない。
何もかも歪な世界。その不安定な世界の最も歪な場所に彼はいた。
首をゴキゴキ鳴らしながら、壁に掛けられている時計を見てみると時刻は午前三時。窓から見る外の眺めは……まぁ想像の通り真っ暗だ。
「探偵といい犯罪者といいお互いツレェなぁ、朝駆けってのは……」
日本人特有の肌と黒い瞳、切るのが面倒くさいのか無理やり後ろで縛っている黒髪、気怠げそうな青年はそう愚痴を呟きながら、トレードマークの黒に赤縁のトレントコートを羽織る。
彼の名は『笹宮新』。かつての大戦を終わらした功労者として『英雄』と讃えられた男。
そしてこの物語はメッキの英雄が『本当の英雄』になるまでの物語である。