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白と赤  作者: 伊月煌
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I am heartbreaking.Still I walk next to him.

結論から言うと、俺は無罪になった。

査察の後、先の軍法会議は正式な手順を踏んでいなかった、として無効になったためだ。

結局『幹部会』が何故俺を会議に掛けたのかはわからず仕舞いとなってしまったのだが、実際のところどうでもよかった。

緊張が解けたからか、体調をより悪化させてしまったためにそれどころではなかったのだ。

夜中に目が覚めると、自覚もないまま枕が濡れているなんてことが数日続いた。

熱も引かず、食欲もなく、何も食べていないのに嘔吐してしまう日々に苦しんでいたのだ。

「ごめ……せんせ、」

「いい。お前の所為じゃない。」

先生はそう言って寝ずに治療してくれた。

「……イルバ。すまなかったな。」

その日も夜中に目が覚めて、トイレで吐いていたところを先生に見つかって付き合ってもらっていた。

俺の容態が落ち着いてから、先生の口から出てきたのは謝罪の言葉だった。

「なに、が?」

「『幹部会』が初めてここに来た時に、俺は強く止められなかった。自分のことを言われるなんて思ってなくて、それでお前をここまで…」

「それは、先生の所為じゃないでしょう?」

先生が悪いことなど何一つない。

先生は首を横に振った。

「…初めて、医者をやめたいと思った。目の前で友人が苦しんでいるっていうのに、何もしてやれない。そんな患者はたくさん診てきている筈なのにな。」

苦笑気味に言った。

「……俺は救われたよ。先生がここにいなかったら俺、行く場所なくなるところだった。」

先生が寝ずに俺の体調を見てくれていたことも、この容姿が元に戻らないかどうか調べてくれていたことも知っている。

「…自分の部屋のほうが落ち着くだろう?」

「そうでもないよ。」

「……?」

俺の答えに先生は首を傾げた。

「ディオのやつ、目敏いから。全部見透かされてる気になるんだ。」

彼の観察眼は時々、怖くなる。

彼に言いたくないことまで、知られそうで。

あの真っ直ぐな目を裏切れなくて。

「…あのね、先生。俺、なんとなくわかってたの。『幹部会』が、俺に何かしてくること。査問会とかだろうと思ってたけど、まさか軍法会議だとは、思ってなかった。」

参謀補佐に就任してから、『幹部会』は俺をマークし始めた。俺自身は自分を優秀だとは決して思わないけど、作戦案を採用してもらえるようになってから、少しずつ、彼らの嫌味が増えた。

「『幹部会』を怖いと思ったことはないけど、歯向かってどうにかなる相手じゃないってこともわかってる。だから、誰も巻き込みたくなかった。なのに。あの馬鹿は全部わかっちゃう。」

最初のうちは放っておいた。けれど、精神というものは存外弱いもので彼らの罵詈雑言は少しずつ体に影響を及ぼしていた。

悪い方向に。

その小さな、ほんの小さな綻びを彼はいとも簡単に気づいてしまうのだ。

「目の下の隈とか、体重が落ちた、とか全部。わかった上で手を差し伸べようとするんだ。俺がそうしてほしくないって拒んだとしても、助けられるんだ。」

あの朝の心配は的中したというわけだ。

「俺はあの馬鹿に何にも返してやれないのに。」

何にも、返してやれない。

もう守るための手段もなくなってしまった。

彼は俺よりも悲惨な戦地で戦って目の前で自分の仲間が死ぬのを見ているのに。

俺よりも体を痛めつけているのに。

俺には、彼にしてあげられることなど微塵もないのだ。

「……」

「せんせ、」

「何だ?」

「……人を好きになるのって辛いね、」

そう言って俺は目を閉じた。

ああ、そうだな。

先生はそう静かに応えた。


***


夢を見た。

いつも通り、彼の隣を歩いている夢。

何も変わらない風景と、他愛もない話。

右半分は黒いまんまだけど、それ以外は普通の光景だ。

ああ、よかった。

いつも通りで。

俺は安堵する。

けれど、突然視界が真っ暗になった。

俺は辺りを見回す。

何にも見えない。

隣にいる、彼さえも。

『ディオ……?』

どこに行ったのだろうか。

『……だよ、』

聞き覚えのある声に振り向くと、肩を強く押された。

思わず尻もちをついてしまった。

『ディオ…何?どうした、の?』

『気持ち悪いんだよ、お前。』

彼の目が冷たく俺を見下ろした。

俺に対しては滅多に使うことのなくなった色のない声が聞こえた。

聞き慣れたフレーズなのに、言われ慣れているはずなのに、思考が停止する。

『俺の隣に、歩かないでくれないか。』

そう吐き捨てた彼が俺を置いて、歩いていく。

『やだっ…まって、待って!!』

そう言われることだって覚悟してたのに。

いざ、言われると心がキリキリ痛む。

夢なんだ、何度言い聞かせても痛みは取れない。

『やだっ…ディオっ…』

お願いだから、置いていかないで。


***


目が覚めると、大粒の汗をかいていた。

「っ…は、ぁ……」

呼吸を整えようとした時。

「師匠?」

「イル、大丈夫か?」

声のする方に顔を向けると、彼と弟子が心配そうにこちらを見てた。

「あっ……」

先程までの光景が脳裏に浮かぶ。

「すごいうなされてたよ。師匠、大丈夫?」

「あっ…うん、へーき。」

俺は小さく笑った。

多分、上手く笑えていないだろうと思いながら。

「汗、すごいぞ、お前。」

彼がそう言って、俺の頭に触れようとする。

『気持ち悪いんだよ、お前。』

彼の冷たい言葉が耳から離れない。

気付くと、ベッドから出て彼から逃げていた。

部屋の戸の前で小さくうずくまる。

「師匠……?」

「イル、どうした?」

肩が震える。

拒絶してくれればいいのに、という思いと拒絶しないでほしい、という思いがごちゃごちゃして訳が分からなくなっている。

「やだ……こないで、」

「イル?」

「おれ、きもちわるいんでしょ……でぃおのっ、となりなんて、も…あるけないから…やさしくしないでっ……おねがい……。」

途切れ途切れでそんなことを口にした。

こつこつと革靴の音が聞こえる。

自分の上に影が落ちる。

「イル。こっち向け。」

思いのほか声が近くて体を大きく揺らしてしまった。

「っ……」

「イル……?」

耳元で彼が優しく俺の名前を呼んだ。

「こっち向けって。」

恐る恐る顔を上げると、突然、右目を隠している髪をかき上げられた。

「やっ……ま…!」

思わずぎゅっと目を瞑った。

「大丈夫。ちゃんと見せて。」

彼の優しい声に俺は逆らえない。

ゆっくり目を開ける。

近くにいる彼も、少し離れたところにいる弟子も目を見開いた。

そうか。

彼らにこの右目を見せるのは、初めてだったか。

これ以上見せられたくなくて下を向く。

刹那。

ぎゅ、と抱きしめられる。

「……イル。お前の何が気持ち悪いんだ?」

「…だって、かみも、めもいろかわっちゃった…」

「でも、イルはイルだろう?何も変わらないだろう?」

彼が頭をポンポンと撫でる。

「でもっ…かみ、もうきれいじゃ、」

「何言ってるんだ。」

彼が笑った。

「今も綺麗だよ。イルの髪。」

「っ……」

顔が熱くなる。

「これからも触っていいか…?」

小さく首を縦に振った。

「ちょっとディオ兄…、」

後ろから弟子の呆れたような声が聞こえる。

「師匠独り占めにしないでー!!」 

そう言われた彼が俺を離した。

すぐに弟子が駆け寄って俺に抱き着いた。

「ディオ兄ばっかりずるいんだから!」

「…悪い。」

2人のやり取りに思わずくすりと笑ってしまう。

「あ、師匠やっと笑った。」

弟子が俺の頭をくしゃくしゃにする。

「ちょ…ヴェール、頭…」

「言ったでしょ?気持ち悪いなんて思わないって。」

ちゃんとディオ兄とも俺とも一緒にいてね?

弟子の言葉に俺は小さく頷いた。


***


深い眠りから覚めたような感覚を覚えた。

「起きたか。」

何時ぞやと同じようにベッドの淵に彼が腰掛けている。

「……ディオ、」

「何だ、寝坊助。」

彼が珍しくからかってきた。

時計を見るととうに起きてなくてはいけない時間を過ぎていた。

「うそ、やば……」

慌てて起きようとする俺を彼が止めた。

「先程司令がいらっしゃって、休暇をやると仰せられていた。今日は休みだ。」

俺もお前もな。

そう言って彼は俺の頭を撫でた。

もともと彼は今日は非番だった筈だ。

「なんだよ……脅かさないでよ……」

「つい、な。」

そう言った彼がニヒルに笑った。

「……お疲れだな。」

「あー…まあ。今回は流石に疲れた。」

あの一連の出来事のあと、少しだけ休んでから、俺は司令補佐に就任した。

『幹部会』の謹慎処分が下された直後だったこともあり、ここ数日は執務室に篭りっぱなしだったのだ。

「お疲れ様。今日はゆっくりしよう。」

彼が俺の髪で遊び始める。

「……ほんと、好きだね。それ。」

「綺麗だからな。お前の髪。」

彼が目を細めた。

「……ディオ、」

「ん?」

「俺、これからもディオの隣にいていい?」

落ち着くまで聞けなかった。

拒絶されたら、と思うとどうも口から出てこなかった。

「当たり前だ。いてくれ。隣に。」

「……うん、」

お互いの唇が重なった。

やはり俺は薄情者だと思った。

それでも、俺はこの男の隣を歩くのだろう。


と、いうわけで。

『白と赤』完結いたしました。

イルバ・コートスという男は知能的にはチートですが、精神的にはめっちゃ弱い子だと思っています。

周りにどれだけ気丈にふるまっていても唯一その精神の弱さを見抜いてしまうのがディオ君で、自己嫌悪の激しい彼に唯一彼自身を認めさせることができるのがヴェールくんだと思って書きました。

やっと書けて良かったと思いますが、あまりにも暗くなりすぎてちょっと疲れたというのが本音ですww

イルのことがもっと好きになれたのでまあよしとします。

次は何を書こうかなあと思っている次第です。今後ともよろしくお願いいたします。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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