ジェイクの眼
「ジェイク先生、私は勝てるんでしょうか?」
「……ちょっと腕を触るぞ」
「え、ええっ、は、はいっ!」
歩夢が狼狽しつつ返事をすると、ジェイクは無造作に歩夢の腕を取り、そっと表面を撫でた。くすぐったくなり少し声を出したが、ジェイクは一向に気にした様子はなく、少しの間歩夢の腕に触れていた。
(コーヒー色の眼、なんだ)
サングラスに隠れてよく見えなかったジェイクの瞳であったが、これだけ近くにいればさすがによく見えた。歩夢の父は苦いくらいのコーヒーが好きだったが、ジェイクの瞳は父が好きだったコーヒーを思い出させた。どこか懐かしい気持ちになり、思わず歩夢は小さく笑う。苦い言葉を多く言うジェイクには似合っている瞳の色ではないかと思うと少し楽しくなってしまったのだ。
「成程、鍛えているというのは事実のようだな」
「は、はいっ」
歩夢の返事を聞いて、ジェイクはニヤリと笑った。それは正にニヤリという表現が的確で、およそ教育者としてはいかがなものかと思うような、そんな悪そうな笑みだ。
「仁科だったな。お前、勝ちたいか?」
「はい」
迷いなく歩夢は言い切った。勝ちたい。それは歩夢の中から決して消えない欲求だ。才能で劣っていることはわかっている。それでも勝ちたい。その欲求は間違いなく歩夢の中にあった。
「勝てるんでしょうか、ジェイク先生、私は」
思わずジェイクに詰め寄ると、ジェイクは片眉を小さく持ち上げ、小さく首を横に振る。
「絶対勝てるかと言われればノーだ。だが、勝てる可能性はある。あとは……」
言葉をいったん切り、睨み付けるようにしてジェイクは歩夢を見つめる。ここで目をそらしてはいけないと歩夢は直感的に理解していた。
「あとは運と、そしてお前次第だよ」
「何をすればいいんですか⁉」
勝てる可能性があるのなら、ベストを尽くしたい。それが歩夢の本心だ。そのためにできることなら、何でも、今すぐにしたかった。
「まあ、いわゆる特訓というやつだな。あんまりしたくないが、仕事だからな。お前がやりたいなら……」
「やりたいです、よろしくお願いします!」
歩夢に、ほとんど迷いはなかった。今はひたすらにジェイクを信じるしかないのだろう。ただ少しだけ、歩夢にはひっかかるものがあった。
「ジェイク先生は、どれくらい魔術が使えるんですか?」
「あ?」
「ご、ごめんなさいっ」
思わず出た言葉にジェイクはぶっきらぼうに反応した。あまりこのような反応をされた経験がないので、思わず歩夢が委縮すると、ジェイクはやれやれといった感じで頭を掻く。
「まあそりゃそうだな。お前さんは自分の人生をかけるんだ。言われたからで納得しろってのは、まあ納得できないだろうな」
「う、すいません……」
「謝る必要はねぇよ。一応教師ってことだし、見せてやるよ」
そう言うとジェイクは懐からメモ用紙を一枚取出し、軽く上に放った。当然のことだが紙はひらひらと落ちてくる。その紙にジェイクは指を当てた。
その次の瞬間、紙の一部分だけが燃え、そのまま風に流されて歩夢の手へと舞い降りた。いや、ここは室内であるからジェイクの魔術によって風が起こされたのであろうが、その動作は歩夢の眼では確認できなかった。
「これ……」
しかもその紙は中心だけきれいに穴が開いていた。穴が開いている部分以外には焦げ目すらついていない。それだけ魔術の力を一点に集中させたのであろう。少ない動作で魔術を行使し、しかも一点に魔力を集中させるというのは相当な技術がなくてはできないことだ。歩夢がやれば紙はすべて燃え尽きてしまうだろう。学園の教師でも同じことができる人物がいるかはわからない。それだけジェイクの実力は高いということだ。
「ジェイク先生、すごいですっ!」
「別に凄くはない。煙草に火を……仕事の一環で当たり前にやっていたことだ」
ジェイクのごまかしは歩夢の耳には届いていなかった。自分は相当な実力者に教えてもらえるという幸運に恵まれているのだということに歩夢の胸は高鳴っていた。