プロローグ
月明かりが見える会場で眩いスポットライトが会場内を照らす。照らされているのは、しかしその眩い光よりも、そして月よりも遥かに美しい光を放つ女性であった。
歩夢は、大きな瞳を輝かせながら、彼女に見入っていた。
彼女はまだ何もしていない。ただこの場に現れただけだ。それなのに、彼女はこの場所に集まった数万の人々の視線を、独り占めにしていた。いや、彼女から目を離せるはずもない。
伝説の魔術師としてありとあらゆる名声を手に入れ、魔術師同士の戦いを見せる興業であるマジック・ウォーの覇者。
魔術師というものを知ってもらい、オープンに人材を集めるという目的で始まったこのイベントであったが、創始者の予想を遥かに超える盛況を見せ、その歴史が五十年を超えた今、世界的なイベントにまでなっている。
重傷を負うことも珍しくないこのマジック・ウォーで、覇者である彼女は傷一つ負うことなく、勝利の栄冠を手に入れていた。それもまた、この熱狂的な声援の理由の一つだ。いうなれば戦うアイドルとでもいったところか。その輝きは、数多くの魔術師を見届けた目の肥えた観客たちからしても、特別であった。
緩やかな衣装に身を包んだしなやかな肢体は大人の女性の色気をもちながらも、皆に送る視線は悪戯っぽくどこか子供のようで、それもまた彼女の魅力のように歩夢には思えた。
「パパ、すごいね。綺麗で、強くって、こんな人がいるんだね!」
歩夢は隣にいた父親の袖を強く引っ張り、まくしたてる。歩夢は素直に興奮していた。舞台の上で観客に手を振る彼女は、まさに大きな宝石のようにキラキラと輝いていて、歩夢の心を掴み取った。
「わたしも、わたしもあんな風になりたい、なれるかな?」
父親は大きく頷き、優しく目を細めて歩夢の頭を撫でる。温かな手。歩夢は父の優しい掌が大好きだった。
父親の返事を聞いて歩夢は満面の笑みを浮かべながら、舞台の上の女性に視線を戻す。彼女は間違いなく、光り輝いていた。
わたしもあんな風になるんだ。皆を楽しませ、そして輝くんだ。スポットライトを、月の光を身に纏うんだ。
歩夢はそうなる自分を夢見ながら、ずっと舞台を眺め続けた。
夢に向かって歩き続けてみせる。そう心に強く誓いながら。