洞窟(2)
もう少し登ったところで、傾斜がなだらかになりはじめた。呪洞がふと、道を逸れて脇に入って行く。
――獣道。
草木はさらに深さを増し、足元は荒れて険しくなった。手こずる佐平次にはかまわず呪洞はどんどん先に進んでいく。待ってくれ、などと言うのもしゃくで、佐平次はむきになって後を追った。
草木の群れが切れ、岩場が現れた。先の方に暗く、ぽっかりと開いた洞穴の入口があった。佐平次の目には、それは泣き叫ぶ人の口のように見えた。それが目的の場所なのだとわかった。
「ここじゃ」
呪洞の声はどことなく、億劫そうに聞こえた。
入口はそう高くなく、呪洞はともかく佐平次は中腰にならなければ入れそうにない。
「狭そうだ」
「中に入れば、多少広くなる」
呪洞は袋の中から火打ち石と燭台を取り出して、カチカチとあわせている。
その間に様子を確かめようと、佐平次が体を屈めながら前に踏み出すと、呪洞が慌てたように言った。
「待てっ、動くな。その石を踏んではならん」
佐平次が見ると、右足のつま先に石を積んで作った小さな山がある。その山のふもとから、紙切れの端がのぞいている。
「あぶないところじゃった‥‥」
「なんだこれは」佐平次は戸惑いながら、足をひく。
「図象、じゃ」
聞いたことのない言葉だった。音の響きからしてなにか異質な感触がする。呪洞の足元にも同じものがあることに、佐平次は気づいた。
「いま?‥‥まじない?‥‥なんだそれは‥‥‥」
「知らんでもいい‥‥入るぞ」
呪洞は杖を放ると、背筋を伸ばしたまま、火のついた燭台を手にすたすたと洞穴に入っていく。
「なんとぞんざいな‥‥今時の坊主はどうしてこうも‥‥」
佐平次が口の中でつぶやきながら、入口をくぐった。
「何か言ったか?」と呪洞が振り向く。
「いや、なんでもない‥‥‥いたっ」
ごん、とやけに音を響かせて、佐平次は天井に頭をぶつけてしまう。
*****
佐平次は苦しい姿勢のまま、においに顔をしかめながら進んでいった。風がうなるような音が、ずっと聞こえている。
急に光が遠くになった。開けた場所まで出たのだ。呪洞が言った。
「もう頭をあげてもよいじゃろ」
洞穴は、佐平次が立ち上がって腕を広げても、まだ余裕があった。
橙色に照らしだされた洞穴は、岩肌が濡れて、何か饐えたような、腐ったようなにおいがした。その匂いは進むにつれて強くなっていく。
「足元が滑るから気をつけろ‥‥少し下がるぞ‥‥」
洞穴は奥で右に曲がっているようだった。
「ひどいにおいだ‥‥こんなところに一体何がいるっていうんだ」
「‥‥『這うもの』じゃ」
「這うもの? なんだそれは。さっぱりわからない」
呪洞が秘密を明かすように、ぼそりと答えた。
佐平次ははっと気がついた。
「この音‥‥風ではない」
呪洞が振り向いてうなずいた。
そしてふたりは、洞穴の最も深いところにたどり着いた。