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幕間 千年都市の超人学園

国守学園。

この学園は生徒の自主性を重んじ、その要望になるべく応えようと作られた学校である。

その施設には巨額の資金が投じられ、運動系、文芸系分け隔てなく支援が受けられる。

また図書室、学食ともに高い水準を保っており、その評判はなかなかのもので、外部からそれを目的として来るものもいるほどだ。

しかしこのサービスの充実も、目立たない隅、日陰になる校舎裏までには及ばない。

ここは日当たりが悪く、じめじめとした空気があり、まず生徒が近寄らない場所である。

そこに後藤千代はいた。

彼は対抗者カウンターである。

ここ鹿児島は千年に在る。

その千年という土地が、住まう人間の意志か、はたまた概念か、または龍脈か、いづれにしろ未だ原因不明な現象により覚醒した。

神へと転生する土地、それが鹿児島である。

そしてその生まれたての無垢な存在には、よからぬ考えを持つモノがちょっかいを出すものである。

しかし、その現象は京都を筆頭に前例があり、すでに観測、予測されているものであって、対策はスムーズに行われる、と思われた。

――まあ、この話は過去のものであり、現在に関係はあまりない。

ただ言えるのは、その後にあったいくつかの騒乱や大事件を解決してきたのは、特殊な力をもつ対抗者であり、それはこの国守学園が創設された目的でもあり、ここは人類を守護する機関の一つであるということだ。

そのメンバーの一人、後藤千代。

彼は特別である、だからといってここで座って昼食のパンをモソモソと食べているのは、対抗者とは全く関係がない。

彼はいわゆるボッチであった。


事の起こりは高校一年生の頃だった。

彼はその春、対抗者に目覚めた。

ただの一学生であった後藤千代は、有頂天になった。

彼はいわゆるオタクであり、そのオタクの一般的な妄想である「自分は特別な存在」というモノになったのだと、国守学園の関係者――聞くに教師だという――に教えられた。

自身が思い描いていた人物になる。

ファンタジーの住人となり、思うままに力を振るう。

そのことを聞いて、有頂天にならないはずがない、人生の絶頂と言われても頷くしかない、彼は今まで見てきた漫画、アニメの登場人物になったのだと自覚した。

自覚した彼は余念がなかった、彼の早過ぎる第二の人生、そこでしくじるわけにはいかないと、彼はありとあらゆることを調べ上げた。

千年都市のこと、始まりの都市京都のこと、それに付随して発生した妖怪のこと、都市伝説のこと、外敵であり人類の敵でもある怪異――そして対抗者のことも、彼は余すことなく調べ上げ、その頭脳に収めた。

その期間、おおよそ半年。

第一ステップはこれで良し、では次のステップは――

だが彼に次のステップなど無かった。

国守学園に必要なのは即戦力である、当然新人教育には力を入れ、適切な期間を設けているが、それでも一、二か月もすれば対抗者として駆り出される。

彼も駆り出され、そして散々だった。

元々彼は対人コミュニケーションが上手くなく、むしろ自分の世界に埋没するタイプであり、対抗者は少なくとも二人一組、新人には例外なく四人一組として組まされる。

そんな彼が受けた恩恵ギフトは、いわゆる指揮役――仲間を支援し強化することを前提にした能力であり、しかもそれに特化したものであった。

この指揮役はパーティから一歩下がった場所から、戦場をコントロールする役目を担っている、敵の把握、味方の位置、地形の確認、予測される事態の先読み、これらについては問題なかった。

だが問題は性格である。

元々、指揮役は対人関係に対する渡り役、潤滑油のような役割であるが、後藤千代にそのような役は無理であった。

不可能と言ってよい。

元来オタク気質な彼が、誰彼に指示を、命令を飛ばすなどとは土台無理な話である。それでなくとも普段から部屋の隅で静かにしている彼である、人との会話がマトモに出来ぬ彼は、とてもではないが指揮役など務まらないのである。

それだけならまだ良かった。

彼は少し、否、だいぶ変わった気質を持つ。

変性意識状態――彼は戦闘になるやトランス状態となるのである。

いざ戦闘になるぞという時に、彼の七三分けは激しく逆立ち、服装も学生服から裸体に破れたジャケットを羽織るという出で立ちであり、そして妙なオーラを纏ってモヒカンになるのである。

そして口癖が「ヒャッハー!」となり、その気質は元来の弱気なものとは正反対の、粗野で凶暴な一面となる。

これには他のメンバーもドン引きである。

そんなメンバードン引きの中で、ああしろこうしろと後方からエラそうに言ってくるのである。

当然この症状は初めからではなく、段々と対抗者としての能力が覚醒するとともに発露したものであり、全くの予想外であった。

確かに、こと対抗者については不明な部分が多い。

しかしこのような事例はその中でも非常にレアケースであり、現場の対抗者を困惑させた。

ただ一人、妓坐姫は喜んでいたが。

そんなわけで、彼は学園の中で非常に浮いた存在となった。

また、覚醒した年齢も悪かった。

対抗者への覚醒は、早ければ早いほど強力なチカラを持つといわれている、現にトップクラスの対抗者は中学生になる前からの覚醒というのが殆どだ。

その例からいえば、彼の高校からの覚醒は遅く、能力としても期待できない。

普段は弱気でコミュニケーションが取れず、いざ現場に行けば奇妙なモヒカンとなってドヤ顔で指示を出してくる。

彼のいるパーティの成績は下がる一方であった。

そしてその責任は、能力が低く奇抜さだけが特徴の後藤千代に押し付けられた。

そして解散――彼ら元パーティメンバーは千代に悪態をつきながら去って行った。

そして悪評――パーティの成績と責任を押し付けられた彼は、いわくつきの鼻つまみ者となった。

彼はいくつものパーティを結成しては、すぐに解散していった。

いつしか彼はパーティとは組まず、組めず、臨時の補欠として徴用され、そしてメンバーから嫌な顔をされて迎え入れられるのだった。

そうやって対抗者になって十か月。

限界であった。

自分の思い描いていたファンタジー、オタクなら誰もが想像した無敵の活躍、そんなものは彼には無縁だった。

貰った称号は、使えないモブ兵士。

本当は分かっていたのだ、そんな都合よく事がとんとん拍子に行くはずがない、この世界の主人公は別にいて、自分はその添え物だと。

自身の身の丈に見合わぬ恩恵、奇妙なトランス、そして期待できないチカラ――

誰かが見る、ため息をつく、怯えたふりをする、汚物を見るような目で見る、手は出してこないがそれだけだ、彼はいつしかしかめ面で俯くようになった。

彼はもうこの生活から抜け出したかった、なまじ人員がカツカツということもあり、彼の出番は必ず来る、それが嫌で嫌でたまらなかった。

これでは中学の時と同じだ、奇異の目、侮蔑の目、いわゆるイジメ――いままでの学生時代は暗黒であった。

そんな折に、何故か自分を高く評価し、積極的に使おうとする国守学園の代表の一角、妓坐姫から、ある人物とパートナーとなるように言われた。

曰く、小学五年生から覚醒した、現在中学一年生の少女だという。

名を聞けば、人の噂などほぼ耳にしない自分でも知っているようなエリートだった。

祁答院雪名

正直彼は期待していなかった。


「あ、いました師匠!」

校舎裏の角からひょっこりと顔が出る。

小動物を思わせるその顔は愛嬌があり、現にどのクラス、学年からも愛される、マスコットのような存在である。

その人物――少女の制服は千代と同じ国守学園だが、仕様が違う。

彼女の制服は中学生のそれだ。

国守学園の構造上、ここ高校生の学舎と彼女の通う中学生の学舎、そこはちょっとした距離がある。

彼女はわざわざそう短くもない距離を、わざわざ来たのである。

貴重な昼休み時間を割いて。

しかも暗くじめじめした校舎裏に。

見れば少々息切れをしている、ここまで時間が惜しいと走ってきた証拠だ。

彼――後藤千代の暗がりから見れば、日の当たる場に立つ彼女は少々眩しかった。

「師匠はいつも違う場所にいますね、昨日の屋上も、おとといの体育館も探したんですよ~」

そう言いながら彼女――祁答院雪名は日の当たる場所からこちらへ、日蔭へと歩いてくる。

どうやら彼女は彼を探して、様々な所を訪れたらしい。

そしてごく自然に、そこが彼女の席と言わんばかりに、千代の隣へと座る。

「見てください師匠! 今日はなんとツナパンなんですよ!」

そう言って自分の昼食を見せ、わざわざ笑顔で報告する雪名、ということは購買部でパンを購入して、いろいろ探し回って、ここまで来たということだ。

いつも思うがよくやると千代は思った。

そしてニコニコ笑顔で袋を開け、パンにかじりつく雪名。

無言――

日陰者の二人は、一切言葉を発せずに、昼食にいそしむ。

奇妙な光景であるが、これがこの二人の日常であった。


雪名の名前は、生まれた日に大雪だったから付けられたらしい。

この鹿児島は南国と言われているが、冬に雪は降る。

しかし積もるほどの大雪は珍しく、雪名の生まれた日は観測史上最大の降雪を観測し、あちこちに雪が積もった。

彼女――祁答院雪名は特に雪に対して思い入れはない。

ただ、その名前の由来を聞いて「そうなのか」と思っただけだ。

ただ積もる雪、世界を白一色にする降雪は、美しいと思った。

稀に見る大雪、そこに後藤千代はいた。

正直彼女、祁答院雪名は期待していなかった。

対抗者として目覚めたのは小学五年生の頃だった。

対抗者として覚醒したならば、その先は魑魅魍魎の類とのトラブルが絶えなくなる、そうなるから国守学園へと転校しなければならない、まだ幼いと言っても過言ではない雪名に選択肢は与えられず、なし崩し的にそうなった。

学園側に彼女の才能への渇望がなかったと言えば嘘になる。

だが、彼女を安全に保護するのはこれがベストとも言えた。

巨大な才には、それを利用しようと良からぬものが群がる。

そういう事情もあり、慌ただしく転校の運びとなった。

当時クラスでも友達しかいないほど人気者だった雪名は、いやだなぁと思った。

折角できた友達と別れるのはつらい、なによりカイイという胡散臭いモノと関わるのも億劫だった。

彼女に英雄願望はない、ただ皆と仲良く過ごせればそれでよかった。

雪名は全く望まぬ形で日常を壊された。

漫画やアニメはフィクションだから面白いのだ、誰が好き好んで他人のために切った張ったしたり、騙したり騙されたり、人を傷つけたり傷ついたり――

そういうのは外側から見るから面白い喜劇なのだ、当事者からすれば地獄に近い悲劇なはずだ。

祁答院雪名は物事に対してドライな見方をしていた。

斜に構えているといってもいい。

ただその考えと、私生活は別だ、彼女は楽しいことは楽しいと感じる年相応の小学生であった。

そのギャップこそが、対抗者足りえる才に由来するのか――?

ともかく、彼女は新たなる世界へと踏み出した。

国守学園での怪異事件解決。

そこはまさにお伽噺の世界だった。

見るもの、触れるもの、すべてが目新しかった、また新たに出会った生徒――殆どが年上だったが――は、雪名の人当たりの良さ、明るさ、闊達さから、すぐに仲良くなり、たちまちのうちに人気者になった。

また実力も素晴らしく、いわゆる天才、エリートとして持て囃された。

そんな彼女は小学生最後の一年を国守学園で過ごし、様々なパーティの一員となって活躍した。

そして中学に上がれば、固定されたメンバーとの本格的な活動になる。

雪名の能力と性格から、引く手あまたの雪名であったが、しかしパーティ結成には難色を示した。

なぜかしっくりこない。

それが祁答院雪名の感じる違和感であった。

実際、一年と少しの間に大抵のメンバーと交流を持ち、とても良くしてもらった、そのことに文句はない。

ただ、怪異のこと――特に戦闘ともなれば、話は別だった。

しっくりこない――

どうしてもその感覚が拭えない、他の人との連携にズレを感じる、指揮役の指示に違和感がある、何故か雪名はパーティの中で孤立している感じがした。

ただ、怪異の事件解決だけは順調だった。

その溢れる才は小学生にして顕著であり、並みの対抗者ては太刀打ちできないほどのチカラを示し、彼女と組むパーティの成績はうなぎ登りと言っても過言ではなかった。

皆が彼女を持ち上げた、功績のほとんどは雪名のおかげだと持て囃された。

性格も人当たりもよく、愛嬌のある彼女を慕わないものなどいなかった――ごく一部を除いて。

しっくりこない、そんな問題を心の内に抱え、祁答院雪名は本格的なパーティを組み活動する運びとなった。

が、それは一か月も持たなかった。

どうしても妙な違和感は拭えず、むしろパーティとして活動していく中で徐々に大きくなり、彼女はパーティの中で感じるはずのない疎外感に蝕まれた。

ゆえの離脱――

当然、パーティメンバーは引き止め、理由を問いただしたが、当の雪名にしても「何かが違う」という漠然としたものであり、それが雪名の口を重くし、ただ謝るだけしかできなかった。

そうして新たなパーティメンバーと出会い、すぐに解散していった。

こんなことをしていれば、悪評の一つや二つ立つものだが、雪名の愛嬌と性格の良さが、そういうものをあと一歩で押しとどめていた。

ただし扱いに対してはそうでもなくなっており、いつしか腫れ物に触れるような事態に陥っていた。

いつしか彼女はパーティとは組まず、組めず、臨時の補欠として徴用され、そしてメンバーから歓迎されるのだった。

祁答院雪名の友人は数多くいる、ただパーティを組むような親しい者はいない。

いつしか雪名はそれがコンプレックスと化していき、何とか感じる違和感を克服しようとし、そして挫折していった。

そんな折、国守学園の代表の一角、妓坐姫から、ある人物とパートナーとなるように言われた。

妓坐姫は確信をもって言った。

「コヤツとならパートナーとなるであろう」

そう言って呵呵と笑い、紹介されたのが後藤千代だった。

雪名は内心「ええ~っ」と呻き、嫌さ半分、あきれ半分でがっくり項垂れた。

それは雪の降る寒い季節であり、祁答院雪名の誕生日が近かった。


二人は無言で歩く。

薄く積もった雪は、何もかもを白く染め上げていく。

鹿児島では珍しく、そして幻想的な風景だった。

そんな中を二人は歩く。

後藤千代と祁答院雪名。

先頭は雪名であり、そのあと七~八歩ほど後ろを千代がトボトボとついていく。

正直、こういうタイプを知らないわけではなかった。

元来の雪名の性格と人当たりの良さならば、こういう問題児に対しても一定のコミュニケーションが可能であるが、現在の雪名の精神状態はあまりよろしくなく、自身のコンプレックスとの格闘で手いっぱいだった。

そしてそれは千代も同じであった。

こういうお節介タイプとの付き合いは幾度となくあり、その度に裏切られてきた、暗い学生生活は彼の対人評価にも暗い影を落としており、こういう何の悩みもなさそうな能天気と会話したいと思わず、彼もこの学園生活にいっぱいいっぱいだった。

無言で二人は歩く。

現在はパトロール中、特に問題もなく暇を持て余していると同義である。

そんな中で、ふいに口を開いたのは雪名であった。

「なんで千代さんは対抗者になったのですか?」

率直な疑問である。

雪名には選択肢がなかった、あれよあれよと周りに流され、そしてここに、こんなところにいる。

そういえば何時もそうだった気がする、当たり障りがなく、なおかつ人の望む回答を用意し、そして判断は人に任せ、それに半ば依存して、流されて流されてこんなところにいるのである。

人の顔色をうかがうのは得意だ、人の意見に賛同するのは得意だ、人を気持ちよく発破をかけるのが得意だ、しかしそこに――自分の意思はいたのか?

人と――友達と一緒にいるのは楽しい、面白い、そして素敵だ。

だけど、いつから違和感を――苦痛と思うようになったのか?

ぐるぐる回る思考、違うと否定しようにも、なまじ聡い分「そうではないか」と勘繰る、思う。

冷徹な判断と感情的な衝動がぐるぐるぐるぐる回り、そういうことを口にした。

「なんで千代さんは対抗者になったのですか?」

二度目の問いである。

すでに歩みはやめ、雪名は振り返って年上の男性、後藤千代を見る。

常に項垂れ、顔はよく見えない、自信なさげに肩を落としているさまは、まさに落伍者と形容できる。

そんな彼が何故対抗者に――?

雪名とは違い、自ら選択する自由があったはずだ、対抗者でなく保護対象として学園生活を送る手もあったはずだ、なのになぜわざわざこんな道を?

「……――ったから」

はっきりとしない声、しかし千代は答えを口にした。

「あ、あの、聞こえなかったのでもう一度お願いします」

聞き取れなかった雪名は数歩ほど千代に近づく。

「……憧れだったから」

今度は聞こえた。

そして雪名はその答えを反芻し、そして咀嚼する。

憧れだったから――つまり、彼は漫画やアニメのヒーロー気取りでこの世界に飛び込んだ、と。

ありきたりな回答である。

大抵の対抗者はそういう風に希望、願望を抱くが、しかし国守学園のカリキュラムによりそういう考えのものは改めさせられる。

そして大抵が後悔するのだ、こんなはずではなかったと嘆くのだ、そうでなかったのは一部のぶっ飛んだ者たち――代表格は坂口一貴あたりか――であり、彼もその一人だということだ。

だけど、と雪名は思う、後悔し嘆く国守学園の生徒――対抗者は、その苦難を振り切り楽しく学園生活を送るものが殆どだ。

皆は私と違い、後藤千代は同じだ。

だからこそ聞いてみたが、しかし答えは十把一絡げなものであり、得るものは何もなかった。

彼女、祁答院雪名はそう結論付けた。


「なんで千代さんは対抗者になったのですか?」

不躾な質問である。

後藤千代は内心憤慨した。

彼は祁答院雪名によい感情を持っていなかった。

性格も人当たりもよく、愛嬌のある彼女を慕わないものなど殆どいない――ごく一部を除いた中に、後藤千代はいる。

優等生で人当たりもよく、皆の人気者、そんな人物が日陰者と組む。

ありえぬ話だ。

彼――千代はひねくれた思考を展開する、それはこれまでの経緯からは無理からぬことだった。

邪推する、どうせ人気取りのためのもの、上っ面だけの仲良しこよしでポイントを稼ごうってんだろうな。

日陰者で役立たずのレッテルを張られた奴にも手を差し伸べますよ――か、反吐が出る。

怒りがハラワタの中でグツグツと煮え、それが腹の中でぐるぐる回る、今にも怒りを怒声に変えて、思い切り罵倒したかったが、しかし相手は自分より年下の女の子だ、そこはぐっと我慢する。

「なんで千代さんは対抗者になったのですか?」

再び聞いてきた、彼は溢れる怒りを抑えながら、ぼそりと返答をした。

が、帰ってきた言葉は。

「あ、あの、聞こえなかったのでもう一度お願いします」

こ、このガキャ…

多少怒気のこもった声で、彼ははっきり答えた。

「……憧れだったから」

これははっきり聞こえたようで、そうですかとそっけない返しをして再び歩き始める。

距離は先ほどと同じ、二人は雪の中をとぼとぼと歩く。

憧れだったから――か。

そういえばそういう動機だったな。

後藤千代は急速に頭が冷えていくのを感じた、そして自分が発した「対抗者になった動機」を思い出す。

あの時は本当にどうかしていた、自分ごときがヒーローになれると確信していたのだから。

だが現実は違った、日陰者はいつまでも日陰者で、ヒーローというのは目の前の少女のような人物こそが相応しいのだろう。

そう考えたら泣けてきた。

なんと空しく、勘違い甚だしいのだろうか、と。

いい加減に限界であった、そして決断の時であった、対抗者を辞める、そのことに――


「あ――ッ!」

先行する雪名が歩みを止めた。

それに釣られ、千代も歩みを止め、そして気づく。

異界である。

大いなる力には流れがあり、それが行き渡って世界を作る。

しかし“流れ”があるならば、どこかしらに“淀み”も発生する。

その溜まった淀みは、やがて不純な力となり、良くないものを呼び出し、良くないものを生み出す異界となる。

おそらく発生したばかりであろう異界は、まだ規模は小さかったが、野放しの状況である。

パトロールの最中に、偶然見つけることは珍しくない。

そういうものを引き付ける何かが対抗者にはあり、それを逆利用して異界や変異を呼び込んで吊り上げる、それが定期的なパトロールの目的の一つだ。

対抗者にはマニュアルがある。

こういう場合の対処法は確立されており、そのガイドラインに従って事を進めるのが、パトロールの役割だ。

仮に対処法を思い出せない、稀有な例で扱いかねる場合も、対抗者のみが持つ携帯装置デバイスを使用すればよい、ボタン一つで学園に連絡が行き、専門チームが対処してくれる。

そういった規定があるため、パトロール任務は比較的楽な任務であり、対抗者でありながら戦闘が不向き、後方支援のみに従事する者でも振り分けられる仕事だ。

ただ楽といっても言っても一般的には、である。

規定に従い、千代が学園に連絡、異界を特殊なカメラで撮影しようとした矢先に、旗が翻る。

応援団旗――祁答院雪名だ。

彼女は特殊な対抗者の中でも、一般的ではなかった。

対抗者の一撃――団旗が異界に対して振るわれる。

≪ 対抗者/応援団/主要行為メジャーアクション/応援団旗・旋回 ≫

砕けたガラスの様な音が響き、異界が吹き飛ばされた。

「あ、あ~~っ!」

千代が間抜けな叫びを上げる。

彼の目の前で起こったことは至極単純、雪名が異界を無理やり吹き飛ばした、変異はこれで解決かもしれないが、マニュアルから大きく逸脱する行為だ。

まず間違いなく反省文だろう。

「さ、最悪だ~…」

そう嘆いて頭を抱える千代を傍目に、雪名は得意げである。

ちょうどいい憂さ晴らし、雪名の考えはその程度だ。

彼女は間違いなく天才である、故に思い込みがあり、慢心があった。

小規模な異界など一振りだ、と。

事実、それで今までは良かった、怪異にはまだ解明されていないことが多いが、それでもマニュアル化されるほどには研究が進んでいる、稀にある例外は、それこそ年に一、二件あるかないかだ。

そして雪名は不幸なことに、例外に触れた。

散った筈の異界が、再び構築される。

それも今度は一つではない、まるで雪名の一撃で異界がまき散らされたかのように、あちこちに異界が出現する。

ざっと見ただけでも約五十の異界――とても対処しきれる数でない。

それらが一斉に活性化する。

大小様々なナニカが溢れ出る、それは明らかに悪性のもので、それらはまず本能的に敵対するモノ――対抗者の二人に敵意を向ける。

「さ、さらに最悪だ~~ッ!」

絶叫。

千代はまず先に逃走を考えた。

この状況は対応もクソもない、明らかにキャパオーバーな代物だ、まずは自身の安全を確保し、しかる後に学園に緊急連絡。

「お、おい、逃げ――」

そう言って千代は雪菜の背後から肩を掴んだ。

そしてその手を軽くふり払われた。

そして気づく、祁答院雪名はやる気だ。

彼女はいつも勝利した。

その経験が、彼女の認識を狂わせている。

この程度の怪異などわけないと、己を鼓舞し、才覚がその脅威を見下す。

常識的に考えれば勝ち目はない――

しかし祁答院雪名は勝てると確信していた。


二十二体。

それが祁答院雪名個人のスコア――つまり限界だった。

大小さまざまな怪異が泡沫のように弾け、分裂し増殖していく。

力尽き、地面に突っ伏した雪名をあざ笑うかのように、怪異が吠える、猛る、輪唱する。

「「「コワセ、コワセ、コワセ――」」」

それは成り損ないの絶叫。

「「「クラエ、クラエ、クラエ――」」」

不完全が故に完全に成ろうとする、そうなるにはどうしたら良いか? 簡単だ。

「「「ヒトツニ、ヒトツニ、ヒトツニ――」」」

無いところは補えばいい、余分なところは削ぎ落とせばいい、目前の小さな獲物は膨大な神秘を宿している。

それを喰らえば、一つになれば、きっと自分は完全に成る――

「す…好き勝手なことを…」

ズタボロの体を引きずって立ち上がる。

今まで上手くいかないことはなかった、自分はいつも必ず勝利してきた。

しかし現実ではこうだ。

悔しい――

しかし認めぬわけにはいかない、こうなったのは自身のせいであり、その責任は重いかもしれぬが、それは命あっての物種だ。

こういう時の切り替えが大事なのです!

そう雪名は言い聞かせ、ぐっと歯を食いしばり口元を拭った。

「千代さん、こは撤退で――えぇ!?」

後方にいるであろう仲間にそう呼びかけて、驚く。

いつの間にか壮大なクラシックが、雪の降る中に流れる。

後藤千代は指揮棒を振る。

≪ 対抗者/吹奏楽・指揮者/主要行為メジャーアクション/能力向上支援古典曲・行進曲「威風堂々」第一番 ≫

それはその場にあって支配を強要するモノ、対抗者の能力で増幅された重低音は、舞い散る雪を振動させ、能力の波動の色まで見える。

「もうほんと…ふざけんなよマジで…!」

後藤千代が悪態をつきながら指揮棒を振るい、解放する対抗者の力は彼の容姿を変えていく。

変性意識状態トランス

髪は逆立ちモヒカンに、服装は破れに破れ、レザージャケットにビスだか棘だかが生えた世紀末スタイル。

(うわぁ…)

前もって聞いていた雪名であったが、さすがに実際に目撃するとドン引きである。

「ヒャッハー!!」

真夜中の雪景色にモヒカンの鳴き声が木霊する。

「さぁーーー勝負は此れからだゼぇ!」

そう高らかに宣言し、音楽がより一層の厚みを増した。


クソが――

その感想しか出ない。

身勝手な振る舞いは、案の定災厄をばら撒いた。

目の前で少女が奮戦する。

それを自分はただ眺めているだけか。

あれが彼女なりの責任の取り方というなら滑稽だ、あれでどうにか怪異がどうにかなるというならお笑いだ。

明らかに不可能だ。

敵の数は倒しても倒しても一向に減らず、また単騎で奮戦するも限界は訪れる。

それでもなお戦うのは、理解していないからか、自尊心からか、罪悪感からか。

クソが――

こういうやつらのこういうところが大嫌いだ。

自分には出来なかったことだ、この後藤千代には無縁のものだった。

だってイタイじゃないか――

なんで無様になっても立ち上がれるのか、なんで気兼ねなく人と仲良くなれるのか、なんでそう有れるのか――

祁答院雪名は紛れもなく天才だ。

それに比べて後藤千代はどうだ。

何か勝るものはあるか、対抗者としてでなく、人間性すべてにおいて、あるか。

無い。

ならばどうするか、このまま無様にやられる様を見続けるのがいいのか、この荒んだ心に宿った嘲笑と侮蔑に身を任せるのか。

それは嫌だ。

何故なら憧れだったから、彼がなりたかったもの、それこそファンタジーの住人そのものが彼女だ。

しかも主人公の気質もある。

それに比べて自身のなんとも一発屋くさいモブなことか、これが漫画やラノベなら、一話使い切りのぽっと出キャラだろう。

ただ、それでも憧れていた。

そういう世界に、そういう人物に。

この気持ちは本物で、自身がどんな扱いであろうと変わらない。

ならどうするか?

当然、ここは助っ人モブとして活躍しなきゃ。

たとえこれっきりの存在でも、ここで動かなきゃ憧れだった、好きだったというのが嘘になる。

ならば往こう、後藤先代は対抗者カウンターだという証明のために。

さあ、始めようか――


怪異は震えた。

その存在は二つあって、一つは死にかけ、一つは矮小なものだと錯覚した。

そう、錯覚したのだ。

対抗者として能力を解放した先代は、音楽に乗せて雪名にパワーを送る。その力たるや彼に後光が差すほどである。

そして雪名は駆けた、その力に身を任せ、存分に力を振るう。

先ほどのくたばり損ないが嘘のように、彼女の技は冴え渡り、怪異が瞬く間に消滅していく。

(これはスゴイです…!)

祁答院雪名は戦慄した。

いままでのパーティで感じた違和感、しっくりこない感覚ではない、ピースがガシッと嵌った感覚、雪名は今まさに自分が自由自在に動いていることを実感していた。

イメージ通りに応援団旗が振るわれる、怪異が纏めて消滅する。

身体がこれ以上ないほどに充実しているのが分かる、これが後藤千代の対抗者としての力なのか。

音楽に身を委ねることにより、そこに彼女の舞台が出来た。

軽快なミュージックと共に、踊り、跳ねて、調伏する。

そうして一呼吸つくころには、怪異は全滅していた。

五十近い怪異が、だ。

いつの間にか汗だくになっていた雪名は、一呼吸置いたことで冬の風に心地よさを感じた。

そこに不意に、上着が掛けられる。

振り向けば後藤千代が、自身の上着を雪名に被せていた。

「そのままじゃ風邪引くだろ」

いくらかぶっきらぼうにそう呟く。

雪名はその顔を、羨望のまなざしで見ていた。


そこから付き合いが始まったんだっけか――

後藤千代はしみじみ思い出す。

これっきりだと思っていたのが、何故か雪名の強い要望でパートナーとなり、こうしてちょくちょく顔を突き合わせては昼食をとる仲となっている。

なぜ自分に構うのか、それが千代には分からない。

ただの気まぐれにしては長すぎる、何か原因があるとは思うが、人生において常に主役級の雪名と、日陰者のモブ街道の千代とは、特に関わる理由は無いと思うが。

「どうしたんですか師匠? 困り顔してます」

そう言って雪名が顔を覗き込んでいる。

そういえば「師匠」呼びもあれからだったか。

いくら止めてくれと言っても「師匠は師匠だから師匠なんです!」と訳のわからないことを言って、一向に止める気配がない。

辞めようと思っていたんだけどなぁ…。

どうにも対抗者の辞め時を失ってしまった、これも全て隣の小動物のような奴のせいだ。

まあ、しかし悪くはない。

あれから雪名とパートナーとなり、様々な怪異に挑み、解決していった。

一時的ではあるが、主役の隣で活躍するのは気持ちがいいものだ。

まるで物語の登場人物だ。

それもこれもパートナーの関係が続けばこそであり、いつそれを解消されるかおっかなびっくりついていく。

やっぱり主役とモブは違うんだろうな。

祁答院雪名は常に堂々としていて、それでいて愛嬌があって、そして優秀だ。

しかし後藤千代は臆病だ、普段はおとなしく隅で震えているか、戦闘でトランスしてトンデモないことになるかのどちらかだ。

この関係も長くないんだろうな。

そんな考えを頭の中で巡らして、もそもそと昼食を取る。

彼の思惑をよそに、この奇妙な関係は人数を増やし、長く長く続いていく。


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