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にじのかなたに  作者: 星 陽友
第二章 夏
9/13

六月 一

 ―――その時大入町から見上げた空は、その全てが厚い灰色の雲に覆われていた。しかもそこから降り注ぐ雨粒達が止む様子を一切示さず、町の至る所をずぶ濡れにさせてしまっていた。そのせいもあり普段は穏やかに流れているはずの大河も、今回ばかりは機嫌を悪くさせているようで、水嵩を増して誰一人近づけさせないでいる。


「…………はぁ、今日も雨かぁ…………」

 その時屋内のテーブルに顎を乗せた状態で呟き、窓の外の光景をぼーっと眺める少年の姿があった。心底退屈そうな表情を浮かべ、先程の呟きには気力すら感じられない。普段なら秋の紅葉のように煌めくはずの橙色の髪と瞳が、この時ばかりはすっかり影を潜めてしまっている。

 そんな彼の表情を目の当たりにし、最早成す術もないような表情の少女と、彼女の言葉と目前の光景に、驚きの表情を浮かべる少年の姿があった。

「…………ね、見ての通り。今日は朝からこの調子なんだ」

「本当だ。こんなに落ち込んだ橙太(とうた)くん、俺初めて見たよ」

 新緑の髪と瞳の少女と漆黒の髪と瞳の少年が語り合うと、先程橙太と呼ばれた少年が再び重い口を開かせる。

「…………だってこの天気じゃ、外で遊ぶ事もサッカーする事も出来ないんだよ。正直言って僕、梅雨なんて大嫌いだよ…………」

 橙太はそう呟くと再び口を堅く閉ざし、今度は顔面をテーブルに押し付け、周囲に強烈な負のオーラを漂わせていく。それはすぐさま他の二人にも伝染したようで、今にも彼と同様の展開へと達しそうな状態に陥りそうであった。

 その時そんな彼らの嗅覚を刺激する、心地いい香りが鼻の中へと届いた。

「…………!」

 三人がその香りに反応してカウンターの方へ視線を移すと、そこには二人の少女が存在していた。一人が薄紅色の髪と瞳の少女で、もう一人が空色の髪と瞳の少女である。二人は五人分のカップを手にした状態で、彼らの元へと近づいてくる。

「さあ皆、こういう時は温かい物で、気分転換しましょう」

「桜香(おうか)お姉さんと一緒にカフェオレを作ってみました。ぜひ飲んでみてください」

「ありがとうございます桜香さん。美空(みそら)ちゃんもありがとね」

 桜香、そして美空と呼ばれた二人の少女が少年から感謝の言葉を受け取ると、彼女達は早速三人の元にカップを置いた。ほんのり甘さも加わった香ばしいカフェオレの香りが、改めて三人の嗅覚を程よく刺激させる。

「いただきます」

 その時全員揃って手を合わせてから、彼らはカップの縁を銜え、中身をゆっくりと流し込んでいく。苦みと甘味が程よく混ざり合ったカフェオレが、少々冷え切った体内に心地いい温もりを与えていく。

「どう、少しは温まったかしら?」

 先にカップから口を離した桜香が、先程まで暗い表情を浮かべていた弟に優しく尋ねてみる。中身を半分程度まで飲み干した橙太が一息つかせてから、姉からの質問に返答する。

「…………うん、凄く美味しかったし、身体の芯からポカポカしてきたよ。何だかさっきまでの嫌な気分が、これのお陰ですっかり吹き飛んだ気がする」

 その時そう語った彼の表情に、再び笑みが舞い戻ってた。

「ありがとモモ姉、そしてソラ」

 橙太から贈られた感謝の言葉を、二人は嬉しそうに受け取り微笑む。


「…………それにしても」

 その時突然声を発したのは、同じくカフェオレをある程度飲み終えた若葉であった。そして彼女は窓の外の景色を眺めながら、更に言葉を続ける。

「幾ら温かい飲み物で気分転換したとしても、この雨を見ていたらまた落ち込んでしまいそう。それこそさっきの橙太みたいに…………」

 彼女が眺める窓の外は、相変わらず雨が止みそうな気配は一切見られず、自分達だけでなく周囲の人々の気分にまで悪影響を及ぼしかねなかった。

「さっきみたいなカフェオレ以外にも、何か気持ちを切り替えられそうな事があればなぁ…………」

若葉がそう呟いてから暫くの間、「れいんぼう」の店内に響くのは外の雨音のみへと変化した。その間五人は何かいい案を求めて、それぞれの脳内をフルに活用させたのであった…………。


「…………てるてる坊主」

「?」

 その時蓮司がふと放った言葉に、他の四人はすぐさま反応を示した。そして興味深そうな面持ちで彼を見つめる四人に対し、蓮司は自身の考えを伝える。

「ここにいる全員でそれぞれのてるてる坊主を作って、店内に飾ってみるのはどうかな?梅雨の季節だから完璧とまではいかないかもしれないけど、少しでも雨が弱まってくれればいいと思ったんだけど…………」

 とりあえず自らの案を四人に向けて発表した蓮司。それが終了した直後の彼の表情は少々自信なさげなものであったが、それに対する彼らの反応は全員が一致していた。

「いいねそれ、てるてる坊主!何だかとっても楽しそう!」

「そうね。皆で楽しく作っていけば、この気持ちもかなりよくなると思うわ」

「面白そうだね!実はねクロ兄、僕図工もちょっとは得意なんだよ!」

「私も皆さんとご一緒に、可愛らしいてるてる坊主さんを作ってみたいです」

 その時彼らの反応を目の当たりにして、再びいつも通りの笑顔を取り戻した蓮司がいた。そんな彼の様子を確認してから、今度は若葉が主導権を握ったような形で口を開かせる。

「それじゃあ早速作業を始めようか!……とその前に、まずは材料を揃えなくちゃね。そう言えばてるてる坊主を作るには、何が必要だったんだっけ?」

 突如として浮かび上がった彼女の疑問には、他の家族がすぐに答えを導き出してくれた。

「それでしたら、以前家庭科の授業で教わった覚えがあります。確か簡単な材料で作る事が出来た筈です」

「それならよかったわ。家にある物だったらすぐに使えるし、たとえ何か足らなかったとしても、ここの商店街で揃えれば済みそうだしね」

「だったら僕に任せてよ!さっきのカフェオレのお陰ですっかり元気を取り戻せたから、こんな雨なんて問題はなさそうだからね!」

 その時自らの提案を実現させようと積極的な四人の言動を、蓮司は傍らで静かに見つめていた。そしてそんな彼らの様子を受け、いつの間にか心の底から湧き上がる温かな気持ちを、彼は静かに噛み締めていた…………。


「…………それじゃあこのメモに必要な材料を書いておいたから、早速だけど買い出しお願いね、橙太!」

「うん、分かった!それじゃ行ってきます!」

 その時若葉から受け取った一枚のメモ用紙を、橙太はズボンのポケットにしまってから、「れいんぼう」の玄関口まで移動した。彼が扉のノブに手をかけた時、桜香と美空からの呼びかけが耳の中へと飛び込んでくる。

「くれぐれも車には気をつけてね!」

「それに足元には注意してください!この雨のせいで路面もかなり濡れている筈ですから!」

 すると橙太は一旦振り返り、自らの親指を天井へ向けて立たせ、満面の笑みを浮かべた。

「分かってるよ、皆!」

 そして彼は外の天気を変えてしまいそうな明るい表情で、颯爽と店外へと駆けていった。そしてその様子を確認し弟を送り出した後、若葉は蓮司へ礼を述べる。

「ありがとうクロちゃん。橙太を元気づけてくれて」

「いや、お礼を言うのは俺の方だよ。皆俺の事をちゃんと受け入れてくれて、心から嬉しく思ってるんだ」

 そんな蓮司の一言を耳にし、若葉はすぐさま返答する。

「そんなの当たり前だよ、だってクロちゃんは…………」

 蓮司が不思議そうに首を傾げると、彼女は満面の笑みを浮かべて言葉を続けた…………、


「今のクロちゃんは、私達の大切な家族なんだから!」


 その時彼女の一言に同調し、桜香と美空も微笑んでみせた。それを受けた蓮司は同じく笑みを浮かべ、その場で深々と頭を下げた。彼自身の心の中に、熱い“何か”を抱きながら…………。

 すると次の瞬間店の入り口の扉が、勢いよく開かれたのに四人は気づいた。そして全員が扉の方へ振り向くと、少々呼吸が乱れる中、両手に中身が大量に詰まった買い物袋を抱えた“彼”の姿がそこにはあった。

「はあ、はあ……か……買ってきたよ…………てるてる坊主の……材料…………」

「お疲れ様橙太!やっぱり君は頼れる弟だ!」

 見事任務を果たした弟を称えた若葉が彼を迎えると、そのご褒美という形で橙太の頭を優しく撫でた。対する彼はかなり恥ずかしそうな表情を見せていたが、次第にそれが笑顔へと変化していくのを他の三人は感じた。


「…………さてと、これで材料が揃ったね。橙太が買ってきてくれたのと、家のある使えそうな物を合わせたら、丁度皆の分が用意出来たみたい」

 その時テーブルの中心部には、若葉が言った通り、てるてる坊主作りに必要な材料がしっかりと準備されていた。

「まさか思わぬ形で、皆で図工の時間を過ごすなんてね。しかも学校じゃなくてお家で」

「これも全て梅雨のお陰(、、、、、)、と言ってもいいかもしれませんね」

「はは、そうだね、美空ちゃんの言う通りだ」

 ここで桜香、美空、そして蓮司の三人は冗談めいた会話を行い、それぞれが互いの顔を見つめて失笑する。そんな彼らの様子を見つめて、いても立ってもいられずに催促する人物、そしてそれを受けて肝心の作業に取り掛かろうとする人物が、それぞれ登場した。

「ねえ皆、早くてるてる坊主作りを始めようよ!このままじゃ何時まで経っても雨がやまないよ」

「それもそうだね、それじゃあ弟がこれ以上待っていられないみたいなので、早速始めよっか!」

 その時ようやく五人によるてるてる坊主作りが、ようやく幕を開けたのであった…………。


 その時作業は仕上げの段階まで進んでいた。時折助言や会話、さらにはコーヒーによる休息も含めて、着々とてるてる坊主作りを捗らせていった。

「思ったより簡単でよかった。これなら皆順調に出来そうだね」

 予想以上の親交具合に驚きを隠せない蓮司に対し、他の四人も首を縦に振る。

 するとそこへ、

「あっごめんなさい!何だかお取込み中だったかな…………」

 その時突如として「れいんぼう」に入店してきたのは、白山麗子であった。蓮司と若葉の同級生にあたる彼女は、店内の不思議な光景を目の当たりにして、少々戸惑っている様子である。

 そんな彼女に対する親友二人の反応には、どうやら嫌悪感の「け」の字すら見られないようだった。

「いや、そんな事ないよ!いらっしゃいませ、来てくれてありがとう」

 ここで蓮司が一旦作業を中断させ、麗子を空いた席へと案内し始めた。さらに彼女の元にホットコーヒーを一杯用意したところで、麗子が先程から抱えていた疑問を、接客した蓮司に尋ねてみる。

「ねえクロちゃん、さっきから君達は何をしているの?何だかとっても楽しそうな感じなんだけど…………」

「ああ、あれはてるてる坊主作りだよ。今は梅雨の季節だけど少しでも晴れになってほしいと願って、皆で作る事にしたんだ」

「へえ、そうなんだ…………」

 麗子は納得し、用意されたコーヒーを口に含む。するとその直後、

「ねえ若葉ちゃん、てるてる坊主の材料って、まだ余ってる?」

「え?うん、あるよ。さっき弟に買い物を任せたんだけど、何だか物凄く興奮しちゃってたみたいでね。頼んでた分より余計に買ってきてたんだ」

 若葉は包み隠さず、これまでの経緯を説明した。確かにテーブルの上をよく見てみると、未だ哲一のままの材料が幾つか残っている。姉からそんな自身の失態まで告白され、橙太はつい照れ笑いを浮かべる。

 するとその事実を知った麗子が突如として笑みを浮かべ、蓮司達に一言こんな事を持ちかけた。

「それじゃあこのてるてる坊主作りに、私も参加してみてもいいですか?もしよければ皆の作業に、ぜひお手伝いしてみたいんだけど…………」

 その時店内はほんの一瞬だけ静まり返った。その間蓮司達は一言も語ろうとはしなかったが、すぐさまその返事は彼女の元へ届けられた。

「勿論だよ!こういう事は大勢でやる方が楽しいもん、シロちゃんが加わればもっとよくなるはずだよ!」

 代表して返事した若葉は、満面の笑みを持って答えた。他の四人も彼女の言葉に合わせて、首を大きく縦に振る。

 その時麗子は改めて頭を下げ、彼らに感謝の思いを伝えた。

「ありがとうございます皆さん。こんな私の我儘を受け入れてくれて。私も役に立てるようしっかり作業させていただきます」

「そんなに畏まる必要はないよ。さあこっちの席に移って!」

 そして麗子は若葉の指示に従って、彼らがてるてる坊主作りに励む“作業場”へと移動した。未だ中身のコーヒーが残っていたカップを、零さないように注意して持ち運びながら…………。


 その時ほんの少しの間中断されていたてるてる坊主作りが、新たなメンバーを加入させた上で再開された。

 初めのうちは手助けも必要かと考えていた蓮司や若葉であったが、どうやらそんなものはいらないと思い知らされた。何故なら麗子の手捌きが自分達よりも遥かに優れていて、寧ろこちらの方が助言を受けたいと思わされたからである。その為彼女の作業が一通り完了したところで、他の五人が作り上げたてるてる坊主の点検を急遽依頼する事に決めた。そのお陰でこれまで全く見られなかったミスまでも、改めて発見する事が出来た。

 こうして六人によるてるてる坊主作りが、順調に進行していったのであった…………。



「…………出来たぁっ!」

 その時「れいんぼう」の店内に、六人分の明るい歓声が沸き上がった。彼らが熱心に制作を続けていたてるてる坊主が、遂に完成へと辿り着いたからであった。

「皆が同じものを作ったはずなんだけど、こうして見比べてみると、どれも違うオリジナルの物に見えてくるね」

「ははっ、本当だ!それに皆で名前に合った色の糸使ったから、それぞれにピッタリのてるてる防磁に思えてきたよ」

 確かに二人がそう語った通り、六人が異なる個性を持った“分身”として完成されていた。それを受けて六人は改めて互いの完成品を称賛し合い、それらと作り手の共通点を探り続けた。

 そんな時間が暫く経過したところで、橙太が肝心な物事に気づき、他の五人に呼びかけた。

「…………そうだ!早速だけど皆のてるてる坊主を、何処かに飾っておこうよ!そうしないとこれを作ったそもそもの理由が無駄になっちゃうよ」

「あっ!そうだったね!それじゃあ今度は飾りに移ろうか」

 その時彼らは完成品の品評会を終了させ、それぞれのてるてる坊主をテーブルの中央に集結させる。

「僕が代表して飾るよ。元々クロ兄は僕の為に、この作業を提案してくれたんだから、恩返ししなきゃ!」

「分かったわ、それなら窓際の所にお願いするわね」

 そして桜香からの指示を受けた彼が六人分のてるてる坊主を回収し、店内の窓へと向かった次の瞬間、彼らはある事に気づかされた。

「あ…………」

 その時六人は窓の外に映し出された光景に、思わず空いた口を塞げずにいたのであった。


「は……晴れてる…………」



 その時六人は居ても立ってもいられず、全員揃って店の外へと飛び出した。そしてまだ貯水量の多い水たまりなどお構いなしに、彼らは商店街と対岸を結ぶ橋の中央まで走り出していった。

「いつの間にかこんなに綺麗な青空が広がっていたなんて、とても信じられないよ!」

「はい、私もこの時期にこんな空を、生まれて初めて見ました!」

 その時六人が橋上から見上げた空には雲一つ見当たらず、何処に目を向けても青一色で染め上げられていた。橙太と美空が思わず口にした感想が、大袈裟なものではない事を証明させる光景だ。

「あっ、ほら見て!虹があんなにはっきりと見えるなんて!」

 その時桜香が見つけて指差した先には、彼女の言う通り一筋の虹が、実際に橋を架けたかのようにはっきりと姿を現していた。それに視線を移した五人もまた、感心せずにはいられなかった。

「これも皆クロちゃんが提案した、てるてる坊主作りのお陰に間違いなさそうね!」

「シロちゃんの言う通りだよ!ありがとねクロちゃん!弟に笑顔を取り戻してくれて!」

 その時今回の企画を提案した蓮司に向けて、若葉は深々と頭を下げた。それに合わせて弟の橙太もまた、彼に感謝の気持ちを込めて頭を下げる。

「俺一人の力なんかじゃないよ。皆が力を合わせて実現出来たからこそ、こんな青空に辿り着けたんだよ。こちらこそありがとう、皆…………!」

 その時蓮司は改めて五人に感謝を述べると、再び青空に目を向けた。その時太陽から差し込めた輝きが「れいんぼう」の窓を通り抜け、店内と六人分のてるてる坊主を照らし出した。

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