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にじのかなたに  作者: 星 陽友
第一章 春
4/13

四月 四

 その時雲一つない青空から差し込む陽の光が、大入町の街並みを暖かく照らしていた。まだまだ肌寒い日が続いていたこの町に、ようやく春らしい空気が訪れてくれたようだ。


 まだ朝になったばかりで、街の人々も目を覚まして間もない中、商店街の一角にある喫茶店「れいんぼう」の店内では、既に明るい声が飛び交っていた。

「ど…どうかな?……この…格好……」

「うん、凄く似合ってるよ。皆もきっとそう思ってくれるはず」

「ありがとう!そう言うクロちゃんも超似合ってる!」

「本当?あんまり自信はないんだけど…………」

 店内の階段を降りてすぐの厨房で、一人の少年と一人の少女が、互いに自らの様相を披露し合っていた。二人が互いのその姿を褒めていたのを思いながら、満面の笑みを浮かべる少女と、かなりの照れ臭さを覗かせる“クロちゃん”と呼ばれた少年。

「おーい、若葉ーっ!クロくーんっ!」

 すると突然二人がいる厨房の外側から、新たな女性の声が彼らの耳へと伝わってきた。彼らにとって物凄く聞き覚えのあるその声に反応し、二人は厨房から外へと通じる扉の方へ視線を向ける。するとそこから再び同じ声で、彼らへの呼びかけが続けられた。

「準備が出来たらこっちにおいでーっ!朝ご飯の用意も出来てるからーっ!」

「はーいっ!今行くよ、お姉ちゃん!」

 薄暗い厨房の向こう側から呼びかける“お姉ちゃん”に対し、若葉と呼ばれた少女ははっきりとした明るい口調で返事する。そしてその視線を“クロくん”へ向けると、笑顔で首を縦に振る。その行動を目の当たりにした彼もまた、同様に笑顔で首を縦に振る。どうやらこの二人の準備は済んでいたようだ。


「行こう、クロちゃん!」

「うん、若葉」

 その時二人は目前の扉を開き、そこから差し込んだ暖かい光を全身に浴びながら、扉の向こう側へと進んでいった――――。


「まあ二人とも、とっても似合ってるわね!」

「凄いや!どっちも本当にカッコいいよ!」

「はい、大変素敵だと思います」

 その時朝の光で明るさに満ちた店内に、颯爽と姿を現した二人の様子を見て、自身が思う“最高の褒め言葉”を贈る三人の少年少女がいた。一人は桜色の髪の毛と瞳を持つ少女、一人は橙色の髪の毛と瞳を持つ少年、一人は空色の髪の毛と瞳を持つ少女である。

「皆ありがとう!実はそんなに自信はなかったんだけど…………」

 目前の三人に褒め称えられたのを受け、“クロちゃん”こと黒川蓮司は改めて、自らの装いに目を向ける。真新しく未だ着こなせていない緑のブレザーが、自身の身体を覆っていた。

「中学校時代は学ランだったから、着替えるのに中々手間取っちゃって……」

 その時気づいた襟元の乱れを正し、少々恥ずかしそうに後頭部を掻く蓮司。そこから隣を見てみると、自分と同じデザインの服装を身に纏った少女の姿があった。彼が視線を送っているのに気づき微笑んで返すと、その表情のままでもう一度三人の方へと目を向ける。

「私達の制服姿を褒めてくれてありがとう、お姉ちゃん!美空もね!」

 彼女はそう言いながら三人のうち、“桜色の少女”にあたる姉の桜香に頭を下げ、“空色の少女”にあたる妹の美空の頭を優しく撫でた。

「流石にお姉ちゃんのような美人にはなれなかったけどね」

「ううん、そんな事はないよ。若葉もよく似合ってて、とってもカワイイわ!」

 よく見ると桜香の服装も、二人と全く同じ制服を着こなしている。その時そんな彼女を目の当たりにして、自分は全く歯が立たないと諦める若葉と、それを否定して妹の容姿を絶賛する桜香の姿があった。

 そして最後に残った“橙色の少年”に目を向けると、これまでの笑顔を保ちながら声をかける。

「…………ところで、橙太くん」

 その時橙太と呼ばれた彼は、急に冷や汗が止まらなくなった。そして何かとてつもなく恐ろしいものを見つめているような表情で、顔面を一気に青ざめさせる。

「は…はい……な…何でしょう、ミド姉…………」

 身体と同じように震えた声で、目前まで迫ってきた“ミド姉”こと七橋若葉に返答する。それに対し若葉もすぐに、こんな言葉を冷静にぶつけた。

「普通女の子の服装を褒める時、『カッコいい』っていうのはちょっと違うんじゃない?私が思うにこういう時は、『カワイイ』っていう言葉が適切だ、って思うんだけどな…………」

 その時若葉はこの言葉を述べる間、これまでと変わらない笑顔を弟に見せつけていた。笑顔のままで語る事で、橙太にのしかかる“恐怖心”は、徐々に強大な物へと増幅していった。

 さすがにこれ程の重圧に襲い掛かってこられては、彼に残された対処法は一つしかなかった。

「お…おっしゃる通りです……ご…ごめんなさい……でした……」

「うん!分かればよろしい」

 若葉はそう言うと、これまでの威圧感を含んだ笑みを止め、今度は優しく微笑みながら弟の頭を二回軽く叩いた。かなりの重圧に見舞われていた彼はようやくそれから解放され、まるで魂が抜けきったような表情へと変化していた。その時この一部始終を目の当たりにしていた蓮司、桜香、そして美空の三人は、冷や汗と苦笑いを浮かべていた――――。



 ――――その時大入町の空は青一色に染め上がり、優しく暖かい日差しが地面を照らしていた。そしてそれはこの校舎にも分け隔てなく注がれ、至る所を暖めていく。

 喫茶店「れいんぼう」を含めた商店街から川を挟んだ反対側に、大入高校の校舎とグラウンドが存在する。以前「れいんぼう」でも話題の一つとなっていた、蓮司と若葉がこの春から入学を予定していた高校というのが、まさにこの場所である。


 その時互いに語り合いながら歩みを進める蓮司と若葉の姿が、傍を流れる川を横切る橋の上に存在していた。新品のブレザーにもかなり慣れてきた状態で、少しずつ高校のある対岸へと近づきつつある。

「いやぁ、やっぱりその制服姿のクロちゃん、すっごく似合ってるよ!」

「ありがとう、若葉。そこまで褒めてもらうと、やっぱり照れちゃうな……」

「もっと自信を持っていいと私は思うよ。何てったってクロちゃんは、文句なしのイケメンなんだから!」

「よせって。恥ずかしいから…………」

 先方を歩き親友を揶揄う若葉と、後方を進み苦笑いを浮かべる蓮司。そうやって語り合い笑い合っているうちに、何時しか二人は橋の半分を通過していた。

「それにしても皆、絶対にビックリするだろうなぁ。何せクロちゃんがこの町に戻ってきてくれて、私達と一緒に高校生活を送れるんだから……」

 その時若葉はそう呟いて微笑んでから、対岸の風景を眺めた。二人が通う事となる大入高校の校舎も、この位置からならばっちりと窺える。

 すると今度はその目線を、背後にいる蓮司の方へと再び移した。

「私だってクロちゃんと再会したあの時、物凄くビックリしたんだもん!皆も驚いてくれるに違いないよ」

「ははっ、そうかもしれないね」

 その時二人は互いを見つめ合い、揃って笑い声を発した。二人の明るいその声は、周りの空気に溶け込んでいくのであった――――。



 ――――その時一年生が用いる全ての教室では、新入生の明るい話し声でごった返していた。初対面の相手でも、以前ともに机を並べた相手でも、そういった関係に大きな差などなかった。そのあまりの賑やかさから、内側の話し声が廊下からでもしっかり聞き取れてしまう程であった。

 そのうちの一つである一年五組の教室でも、賑やかな様子がしっかり外部へ伝わってきていた。そんなこの教室の扉の前で、蓮司と若葉の二人が並んで立ち尽くしていた。

「まさかクラスまで一緒になるなんて……物凄い偶然だね」

「本当。偶然にしては出来過ぎだよ……」

 あまりにも出来過ぎた偶然に驚きを隠せない二人はそう呟き、改めて互いを見つめ合う。若干の驚きこそ残ったものの、それぞれの心中から込み上げてくる喜びもまた、彼らの表情にはっきりと浮かんでいる。

「…………」

「…………」

 それから二人は何も語らないまま、数秒間無音の時間が続いた。やがて無言の二人の表情がほんの少し赤く変化していた事に気づき、突然言いようのない気持ちが姿を現してきた。

「…………そ……そろそろ入ろうか」

「ふえっ!?……う……うん」

 これまで無言だった二人の間に突如として蓮司の言葉が出現し、思わず変な声を上げてしまった若葉だったが、すぐにその提案を受け入れた。二人とも溜まり込んでいた緊張を解す為、一旦深呼吸を行って落ち着きを取り戻す。

「…………よおし、それじゃあ…………」

 その時蓮司が教室の扉にゆっくりと手をかけ、ようやくそれを開かせてみせる。その瞬間僅かに聞こえるのみだった内部の賑やかさが、一気にその音量を上げていった…………。


「…………お……おはよう、皆…………」


 …………その時蓮司からのあいさつに内部の生徒全員が反応し、今までの賑やかさが突如として消失した。初めのうちは彼を見つめ、誰もが呆気にとられた表情を浮かべていた。しかし何人かの生徒が次第にその表情を止め、今度は驚きに満ちた表情を見せ始めていく。以前親友と再会した当初に浮かべた、若葉のそれと同じように。

「お、お前もしかして、蓮司か?」

「本当?本当に蓮司くんなの?」

 全員から一斉にぶつけられた同様の質問に、首を縦に振ってこたえを表現する。

「う…うん……そうだけど…………」

 沢山に生徒達に注目されているのが気になり、少しばかり恥ずかしそうな表情を浮かべる蓮司。

 すると…………、

「…………うわっ!」

「ちょっ!く、クロちゃん!?」

 二人が驚くのも無理はない。

 その時これまで離れた位置で蓮司に注目していた何人かの生徒達が、いきなり全員揃って彼の目前まで急接近してきたのだ。その誰もが心中の喜びを爆発させながら、間髪いれずに彼への集中砲火を実行させる。

「久しぶりだな蓮司!俺の事覚えてるか?」

「ねえねえ私は!私の事は覚えてる?」

「まさかこんな所で再会出来るなんて!」

「凄いわ!まるで奇跡よ!」

 先程までに賑わいを完全に上回る勢いで、集合した全ての生徒は蓮司に声をかけ続ける。歴史の授業で習った偉人のようにその全てに受け答え出来ればいいのだが、残念ながら彼にはそこまでの潜在能力は持ち合わせてはいなかった。そんな彼が唯一出来た事といえば、とりあえず目前の彼らが発した言葉に対し、首を縦横に振り分けて応じる技のみであった。

(ふふふ、やっぱり)

 そんな彼とは対照的に全くの孤立状態でありながら、現在対応に困惑する親友の姿を微笑んで眺める若葉の姿があった。登校時に彼女が述べていた考えは、物の見事に的中したからだ。ただし最終的にその結果は、若葉の想像以上のものとして導き出されはしたのだが…………。

(…………で、でも、流石にこれはちょっといき過ぎかな…………)

 その時だった。

(…………?)

 その時他の生徒達と同様にこの様子を楽しそうに眺める一人の少女の姿を、若葉は発見した。高校生とは思えない清楚な雰囲気を漂わせ、艶やかな長髪がよく似合う少女だ。

「あの子、もしかして…………」

 どうやら若葉はその少女に関して、何やら思い当たるところがあるようだった。目前の賑わいを邪魔しないように注意しながら、若葉は彼女の付近まで迫り、声をかけてみる…………。


「もしかして……シロちゃん…………?」


「…………大正解!久しぶりね、若葉ちゃん」

 その時シロちゃんと呼ばれた長髪少女は、外見からは想像もつかない程の明るさで、若葉に対して返答する。

「まさかシロちゃんもこの高校に入学してたなんて!こうして会ったのって、小学校以来だよね?」

「そうね。さっき若葉ちゃんの姿を見つけて、私本当にビックリしちゃったわ!」

 どうやらこの二人は互いの事をよく知っているらしい。初対面同士で話し合う際のぎこちなさは一切見受けられず、ごく普通に会話を楽しんでいる様子である。


「……ねぇ若葉。その子は一体誰なんだい?見たところとても仲よさそうに話し合ってたから……」

「!」

 するとここで、これまで旧友からの“集中攻撃”を浴びせられていた蓮司がようやく解放され、若葉の元へ近づいてきた。そして彼女に、これまで会話していた長髪少女の詳細について尋ねてみる。

「そうか!クロちゃんが会うの、初めてだったもんね!」

 蓮司からの質問を耳にし、自らの掌を叩いて重要な事に気づいた若葉。するとその手で長髪少女を指し示し、簡単な紹介を開始した。

「この子の名前は白山麗子(しらやま れいこ)ちゃん。小学校の時に仲よしになった女の子で、見た目、性格、頭脳、運動神経……その全てが完璧な、正真正銘の美少女なんだ!」

「やめてよ、若葉ちゃん。私ってそんな完璧なんかじゃないんだからぁ」

 親友にべた褒めされた事が相当恥ずかしかったようで、顔面を真っ赤に染め上げた状態で照れ笑いを浮かべる麗子。そんな若葉からの紹介が終わると、今度は傍らの蓮司に深く頭を下げ、初対面の挨拶を述べる。

「初めまして。白山麗子と言います。宜しくね、黒川くん…………」

「ど……どうぞ宜しく…………」

 外見通りに清楚な挨拶を受け、同い年ながら思わず緊張してしまった蓮司。しかしその状態で返答した直後に表現した麗子の言動に、この緊張感が全く不必要なものだったと思い知らされる彼の姿が、そこにはあった…………。


「…………なーんちゃって!実は小学校で一緒だった時に、黒川くんのお話は若葉ちゃんから沢山聞いていたの。若葉ちゃんの言う通り、本当に真面目で優しそうな男の子なんだね!」


「…………へ?そ……そうだったんだ…………」

 その時全身の緊張感が一気に抜け、その場に倒れ込みそうになってしまった蓮司。それを見た若葉も麗子も、揃って腹を抱えて大笑いしていた。そんな二人の様子を見て、蓮司は少し不貞腐れた表情を浮かべる。

「…………ご、ごめんごめん。若葉ちゃんから教わった情報が本当なのか、つい知りたくなっちゃったのよ」

 笑い過ぎのあまりにその瞳が潤んでしまった事を、麗子はしっかりと謝罪する。すると彼女はその直後に、蓮司へあるお願いを頼み込んでくる。

「あのねその……黒川くんがオッケーだったら……私もこれから君の事を、“クロちゃん”って呼んでもいいかしら?私も君の、友達の一人になりたいから…………」

 そのように頼み込み机に向かって頭を下げた麗子の表情は、少し複雑なものとなっていた。先程蓮司をからかってしまった事が彼を傷つけてしまっていたのではないか、彼女はそう感じていたからだ。

「…………」

 その時三人がいる空間から、すべての“音”が消失した。周囲の賑やかな話し声や笑い声さえも、この空間には入り込めずにあった。そんな状態が数秒間続いた直後に、蓮司が出した答えは…………、

「…………いいよ!若葉の親友からの頼みだもん。断る訳ないよ」

「…………ありがとう、黒川くん。いえ、クロちゃん!」

 その時蓮司の許可が下りた麗子は、彼に対して深々と頭を下げる。そしてそれに続けて彼女自身も、蓮司へこんな事を許可する。

「それじゃあクロちゃんも私の事、“シロちゃん”って呼んでいいわよ!」

「い、いやいやそれは……その呼び方は、若葉の“特権”だからね…………」

 その時苦笑いを浮かべながら彼女の許可を遠慮した蓮司。その姿を見た若葉と麗子は思わず失笑し、それに釣られて彼自身も笑いを堪え切れなくなってしまった…………。


「おーい皆、お喋りはここまでだ。早く席に着いて」

 その時教室の賑わいに風穴を開ける、扉の開く音が響き渡った。それを耳にした室内の生徒全員がお喋りを止め、一目散で自らの席へと向かう。やがて全員が着席を済ませたところで、教壇に立つ一人の男性が自己紹介を始める。

「君達のクラスの担任となった、黄川田学(きかわだ まなぶ)だ。何か困った事があったら、いつでも相談してくれ」

 生徒達の目前に現れたのは、自分達と同年代だと思われても不思議でないくらいに、とても若々しい風貌を見せる男性教師であった。黄川田と名乗る彼は自己紹介を終えると、一旦ここにいる生徒達の面構えを確認し、手持ちの出席簿を広げてから、もう一度生徒達へと目線を移す。

「どうやら全員揃ってるようだな。それじゃあこれから名前を呼ぶから、大きな声で返事をするように…………」

 その時一年五組の教室では、次々に生徒の名前を呼ぶ黄川田の声と、それに応じて明るく返事をする生徒達の声が響いた。窓の外では暖かく穏やかな風と鳥の鳴き声が、彼らの入学を祝福していた――――。

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