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にじのかなたに  作者: 星 陽友
第一章 春
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四月 一

 その日の大空を染め上げていたのは、澄み切った青色のみであった。そこには雲で描かれる白い模様は、一切存在しない。唯一存在する太陽からは穏やかな陽の光が地面へと注がれてはいるものの、未だに外の空気はひんやりと冷え切っている。

 大入町(おおいりまち)の春の始まりは、大抵こういった天候が一般的といえる。冬の間大量に積もった雪が今でも残っており、たとえ暦の上では季節の入れ替わりが済んだとしても、この町ではそれはまだまだ先の話なのだ。


「間もなく一番線に電車が参ります。白線の内側にお下がりください」

 その時構内のアナウンスが、駅全体に響き渡った。

 大入町の市街地の脇には幅広い河川が流れており、市街地と対岸の地区との間には混凝土製の橋が架けられている。対岸地区の一角には在来線の駅が存在し、河川に沿ってその線路が敷かれている。

 その線路上を進む在来線が、この時も定刻通りに駅のホームで停車した。通勤や通学の時間帯からはまだ程遠い事もあり、乗降客は数える程度であった。

 その中から降車する乗客の一人が、ホーム上に両足を揃えたところで、深く息を吸い込む。

「やっと着いたっ。意外と長旅だったなぁっ」

 若々しい少年の声を発したその人物は、思い切り背伸びをしながらそう語り、目前の改札口を通り過ぎる。

 そのまま外へと足を運ぶと、付近に立ち並ぶ建物と広がる青空が、少年を温かく歓迎してくれた。

「とってもいい天気だ。予報が当たっててよかったぁ」

 雲一つなく青一色に染まった空を見上げ、ほっと胸を撫で下ろす少年。

 そこから彼は更に道路沿いを進んでいき、現在地と市街地を繋ぐ橋に差し掛かったところで一旦立ち止まり、目前に広がる街並みを静かに眺める。何もかもが穏やかな空気に包まれながら、時の流れをゆっくりと進ませていく。

「久しぶりに来たけど、全然変わってないや。どれも懐かしいなぁ……」

 その時少年は周囲の景色に視線を向けていきながら、目前の橋上を少しずつ進み始めた――――。



「…………うう…さ、寒いよぉ…………」

 その時凍えた声でそう呟き、すぐさま自らの吐息で両手を温める少女の姿があった。今とは違う夏の季節に見られる、新緑の木の葉のような色をしたショートヘアと瞳が映える少女だ。どうやら吐息だけでは不十分らしく、今度は全身を小刻みに振るわせて、体温の上昇を図っている。

「……もう、どうしてこんなに寒いんだろう……季節はとっくに春を迎えたはずなのに……」

 あまりの肌寒さに耐えきれず、思わずそんな愚痴まで漏らしてしまう少女。

 するとその時彼女の背後から、カランコロンというベルの音がその場に響き渡った。それと同時に開かれた扉の向こうから、別の少女の声が聞こえてくる。こちらはこれからの季節にぴったりな、桜の花弁のような色をしたセミロングと瞳がよく映える。

「大丈夫?何だか相当寒そうにしていたけど……」

 どうやら先程の緑の少女の行動から、彼女を心配して体調を確認しようとしたようだ。そんな彼女に対し、外にいる緑の少女は笑顔で返答した。

「大丈夫だよ!こんなのもういつもの事だし」

「ごめんなさいね。本当は私が出かけるべきなんだけど、色々忙しくて……それに…………」

 そう言ってますます心配そうな表情を浮かべる桜の少女。そんな彼女を元気づけようと、緑の少女はもう一度力強く語り掛ける。

「だ、か、ら!それくらいで落ち込んじゃだめだよ、お姉ちゃん(、、、、、)!お姉ちゃんは今年から受験生。変なところで体調を崩したりなんかしたら、全てが台無しになっちゃうでしょ?だから私も妹として、全力でお姉ちゃんのサポートがしたいんだ!それに……」

 その時周辺の冷え切った空気を一瞬で暖めてみせるかのように、満面の笑みを浮かべて言葉を付け加える。

「もうすぐ私もお姉ちゃんの後輩になるんだもん!頼れる後輩としても、尊敬する大先輩のサポートがしたかったんだ!」

 自らの思いを素直に届けようと、先程より更に明るく語り続けた緑の少女。それを聞いた桜の少女の表情からは、心配そうな部分は既に消失していた。

「…………分かったわ!」

 そして彼女は目前で指示を待つ妹に、改めて頼み事を伝える。

「それじゃあ頼んだわね!買ってほしい物はこのメモに書いてあるから」

 そう言うと彼女は取り出した一枚のメモを、目前の妹へと手渡す。それを受け取った彼女は腰のポケットにメモを入れ、目前の姉に向かって敬礼のポーズをとる。

「それでは行ってきます、桜香(おうか)先輩!」

「宜しくね、頼れる後輩の若葉(わかば)ちゃん!」

 互いに笑顔で見つめ合い、その後姉からの依頼を受けた緑の少女は、未だ雪の残る歩道の上を駆けていった。

 その姿を見送った桜の少女は、外に出た直後の妹と同様に、自らの吐息で両手を温める。

「……ううっ、た…確かに……まだまだ外は寒いわね……」

 そう言うと彼女は屋内へと入り込み、玄関の扉をしっかりと閉める。その時建物に掲げられた「喫茶 れいんぼう」と書かれた看板の、すぐ下の扉に備え付けられたベルの音が、この時も休まず響き渡った…………。


 …………二人の少女が言葉を交わしていた建物のすぐ脇には、一本の商店街が続いている。古くから続く老舗から最近建てられた新店まで、様々な店舗が軒を連ねている。そのすぐ傍を通る歩道から見上げた位置には、店舗から伸びた庇が繋がっており、冬の積雪を防ぐ工夫がなされている。

 その時そんな歩道の上を、買い物袋を片手に進む少女の姿があった。つい先程姉からの依頼を受けて出発した、若葉という名の少女だ。現在は姉である桜香から受け取ったメモを見つめながら、そこに書かれた品物とそれを販売している店の名前を、まるでパズルを解くような感覚で、声に出しながら繋ぎ合わせていく。

「えーっと…これがこのお店で、これがあのお店、っと…………」

 この行動を繰り返す途中、彼女は一軒の店の前を通過しようとしていた。

 すると突然店の奥から、何者かの声が彼女の歩みを停止させる。

「こんにちは若葉ちゃん」

「あっ、こんにちは!」

 いきなり呼び止められても、若葉は少しも驚く事はなく、むしろ当たり前のように明るい声で挨拶の言葉を返す。

 その時店の奥から彼女を呼び止めたのは、一人の年老いた男性であった。随分と親しげな表情を浮かべながら、若葉の元へと近づいてくる。対する若葉も彼を怪しむような一切ない事から、二人が互いに相手の存在を熟知している事が窺える。

「今日はお使いかね?君の持ち物から考えると」

「はい!お姉ちゃんに頼まれまして」

 この時も若葉ははっきりとした明るい声で、老人の質問に返答した。面倒に思う素振りを一切見せず話す彼女に、老人は深く感心する。

「本当に若葉ちゃんは偉い子だね。この春から高校生になるって前に聞いたけど、これからはきっと忙しい日が続くはずじゃろう。それでもちゃんとお家のお手伝いをするなんて……」

「いやいや、当然の事をしてるだけですよ。お家の手伝いをするのは、家族の一員として当たり前の事ですしね。それにこれからはお姉ちゃんの方が忙しくなってきますから、私がしっかりサポートしてあげたいんです」

 それを聞いた老人は、先程以上に深く感心する。

「いやぁ素晴らしいのぅ、若いっていうのは。君達のこれからが楽しみじゃ」

 さすがにこれ程まで褒め称えられると、これまで平気だったはずの若葉も照れ臭くなり、頬を赤らめながら後頭部を掻く。

 するとその時、彼女は大事な依頼を任せれていた事を思い出した。

「…………あっそうだ!お買い物っ!」

 若葉はここで、姉から遣いを頼まれていた事を思い出し、その場で暫く慌てふためく。

「だ、大丈夫かい?若葉ちゃん……」

 目前の少女の急変を目の当たりにし、心配そうに声をかける老人。とここで若葉の動揺がようやく治まり、大分息を切らしながら返答する。

「ご…ごめんなさい……お姉ちゃんから……お遣いを……頼まれてたんです…………だからもう……い…行かなきゃ……」

「おお、そ、それはすまんかったのぅ……」

 彼女の急ぎの用事を邪魔してしまい、素直に謝罪の言葉を述べる老人。それに対し若葉は首を横に振り、謝罪は不要であるという思いを彼に伝える。その頃にはある程度、呼吸の乱れも解消されていた。

「い、いいえ。悪いのは私の方ですよ。それじゃ私、行きますね!」

 若葉はそう言い残すと、すぐさま商店街の歩道を小走りで駆け始めていった。それを見た老人は軽く手を振って、去っていく彼女を見送る。

「気をつけてなぁ!」

 その時彼からかなり離れた場所にいた若葉は、大きく手を振って老人の見送りに答えた…………。


 …………一方その頃桜香はというと、彼女は屋内に設置された大型テーブルの拭き掃除を行っていた。

 彼女や妹である若葉が住むこの建物の内部は、かなり開けたスペースとなっていた。入り口の扉を開くと何台ものテーブルと、数脚の木製椅子が組となって用意されている。また扉のすぐ脇のレジから建物の奥へと続く、数人が座れる長さのカウンターも設置されている。

「妹が頑張っているのなら、私もこうして働かないと……」

 そんな独り言を呟きながら一通りのテーブル掃除を終了させ、ふーっと息を吐いて額の汗を拭う桜香。その時拭き終えたテーブルの面は輝く程綺麗になっており、彼女の見つめる表情もしっかりと映し出されていた。

 その時だった。カウンターを挟んだ場所にあるもう一つの扉が開かれ、そこから現れた二人の人物が桜香の元へと近づいてきた。

「お疲れっ、モモ(ねえ)!」

「お疲れ様です、桜香お姉さん」

 その時目前の彼女に労いの言葉を送り届けたのは、桜香や外出中の若葉よりも年下と思われる少年と少女だった。少年の方は鮮やかな紅葉のような色をしたショートヘアと瞳が目立ち、少女の方は澄み切った青空のような色をしたロングヘアと瞳が印象的である。先程の言葉から、どうやら二人とも桜香や若葉の弟妹にあたる存在のようだ。

「どうしたの?橙太(とうた)、それに美空(みそら)まで…………」

 二人の突然の接近を疑問に思い、彼らに尋ねてみる。すると橙太と呼ばれた少年は両手を後頭部で組みながら明るい笑みを浮かべ、美空と呼ばれた少女も両手を身体の前面で組み優しく微笑む。

「実はさっきの二人の話、僕達も偶然聞いたんだ。モモ姉の為に頑張るミド(ねえ)の姿が、とっても羨ましく思ってさ」

「そこで決めたんです。私達も若葉お姉さんのように、桜香お姉さんのお手伝いがしようって」

 橙太と美空はそう答えると、互いの顔を見つめ合い、改めて満面の笑みを浮かべる。そんな二人の様子を目の当たりにした桜香も、心底嬉しそうな表情を浮かべていた。

「橙太ぁ、美空ぁ…………分かったわ、そんなにお手伝いがしたいのなら……」

 その時桜香は若葉と同様に、やる気に満ちた弟妹に指示を送った。

「それじゃあ二人にも、お店のお掃除を手伝ってもらおうかしら。橙太には床の雑巾がけを、美空には箒で掃き掃除をお願いするわね!」

「はいっ!」

 姉からの指示に嫌がる素振りを一切示さず、むしろ「お任せあれ」と言わんばかりに元気よく返事する橙太と美空。その直後二人は先程の扉から店の奥へと舞い戻り、掃除の準備に取り掛かろうとしていた。

 やがて二人の姿が見えなくなると、一人残された桜香は思い切り背伸びを行って、その後すぐに傍らの布巾に手を伸ばした。

「さてと、皆が手伝ってくれるからって怠けちゃ駄目よね。私もお姉ちゃんとして、しっかりお店の手伝いをしないと……」

 そう言って姉としての責任を改めて自覚しながら。

 その時だった。

「!」

 その時入り口に備えられたベルの音が鳴り響き、扉がゆっくりと開かれたのだ。

(可笑しいわね。今はまだ準備中のはずなのに…………)

 そんな疑問が頭を過った桜香だったが、すぐにその考えを吹き飛ばした。

(駄目駄目、せっかく来てくれたお客さんだもの。ここで追い返すなんて出来ないわ!)

 店の人間としての在り方を心の中で再確認し、桜香は不機嫌な素振りを一切示さず、満面の笑みで客人を出迎えようとした。

「いらっしゃいま……」

 そのまま歓迎の挨拶とともに、彼女はわざわざこの店に立ち寄った客人がどのような人物なのかを、しっかり確認しようと視線を向ける。

「こんにちは」

 目前の店員に挨拶を返したその人物の正体を知ったその時、桜香は驚愕せざるを得なかった。なぜならその人物は…………、


「……き……君は…………!」



「…………ただいまぁ」

 その時再び店の扉がベルの音とともに開かれ、随分と疲れた表情を漂わせる若葉が店内に舞い戻った。彼女のその両手には、大量の食材が詰め込まれた買い物袋が掲げられていた。

「町の人とつい立ち話してたら、こんなに時間が経っちゃって。遅くなってホントゴメンね……」

 荒らげた息遣いとともに謝罪の言葉を述べながら、若葉はゆっくりと店の扉を閉める。そんな彼女を温かく迎え入れようとする、何者かの優しい言葉が彼女に贈られた。

「おかえり、若葉」

「ええ、ただい…………え?」

 その時若葉は大きな違和感を感じた。先程自らに向けられた言葉は、明らかに聞き覚えのある声色だった。しかしそれは明らかに、自らの家族の声色ではない。

(この声……まさか…………!?)

 自らの記憶に存在する様々な“声”を思い浮かべる若葉。結果その中から、たった一人脳裏に浮かんだとある人物の声色を、先程の言葉と照らし合わせる。そしてまるで答え合わせを行うかのように、今度は声の発信源へと視線を向け、その人物の名前を呼んでみる。若葉とその人物ならよく理解しているはずの、たった一つの呼び方で…………。


「く……クロちゃん…………?」

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